Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

パステル・デ・ナタ
Pastel de nata
薄いパイの器に卵のクリームを焼くポルトガルの一口
タルト / ポルトガル

薄い層が砕ける縁と、卵のクリームへ焼き付く褐色の斑。ポルトガルのパステル・デ・ナタは、折り込み生地の器と中身を、強い熱で同時に焼く小さなタルトです。一個はパステル、複数ならパステイス。シナモンや粉糖を振って食べることもあります。表の色は後載せのカラメル板でなく、クリームそのものが受けた熱の跡です。
渦巻きの一切れを、小さな器へ
小麦粉と水の生地へ油脂を包み、休ませて折り込み、薄くのばして巻きます。輪切りの一切れを型へ入れ、ぬらした指で底から側面へ広げれば、巻いた層が外周へ開きます。平たい一枚を抜いて敷くタルトとは、層の線も異なります。
伝統食品資料の型は直径約7センチ。縁を高く立ち上げた深いナタンや、一口大の小型もあり、同じクリームと生地が背の高さと食べる大きさを変えます。
乳と粉を先に炊き、卵は最後に
卵黄、乳、糖のクリームには、小麦粉やでんぷんで濃度を整える型があります。リスボンの観光ホテル学校は、小麦粉とコーンフラワーを少量の冷乳で溶き、残りの熱い乳を少しずつ加えて炊きます。火から外し、糖、水、レモン皮、シナモンを煮たシロップを混ぜ、最後に全卵と卵黄を入れます。粉を炊く段階を先に済ませ、卵入りの液を煮立てない順です。
生地の器を満たし、同校の作り方では300〜350度で焼きます。薄い縁を焼きながら中身を固め、表へ濃い焼き色を作る高温です。
ベレンの1834年、1837年、1879年
リスボン西部の店が守るパステイス・デ・ベレンは、固有の菓子の名です。自店の来歴は、1834年の修道院閉鎖時、ジェロニモス修道院関係者が近くの砂糖精製所に併設された店で菓子を売り、1837年から製造を始めたと伝えます。配合は今も職人が秘密として継ぎます。
創業者ドミンゴス・ラファエル・アルヴェスは、1837年に修道院の菓子職人を雇ったといいます。さらに1879年、会社がルセット(材料の配合と作り方)を購入したという来歴があり、職人の雇用から配合の権利の取得までは、四十年余りの隔たりがあります。
創業150年の1987年、マリア・イレーネ・シルヴァが訪ねた工房では、職人エンリケとルイス・ラモスが秘伝を継ぎ、調合室には鍵を掛けていました。古い生地延ばし機に加え、需要に応じた電気炉と日曜祝日の薪炉を使い分けます。配合の秘密を守りながらも、道具と設備は仕事の量に応じて変わっていたのです。
別の修道院には、どんな皮があったか
オディヴェラスの最後の修道女の手控えを伝える菓子には、クリーム、卵黄、糖、花水、シナモンを合わせる型があります。1999年に刊行されたそのルセットは皮を詳しく記さず、折り込み生地だったかは定かではありません。2001年の自治体刊行物には、折り込みより練り生地に近い皮も残ります。同じ卵のクリームを包んでも、皮まで一様だったわけではないのです。
食文化研究者ヴィルジリオ・ノゲイロ・ゴメスによれば、エヴォラのサンタ・クララ修道院の1729年手稿には、クリーム、卵黄、糖を折り込み生地の小型へ入れる「パステリニョス・デ・ナタ」があります。クリーム、卵黄、糖を使う小型菓子は、ベレンに限らず、異なる土地の修道院にも伝わっていました。
近縁のボン・ボカードは、レモンを利かせた卵クリームを、甘い練り生地へ入れます。似た中身でも、器の歯切れの違いが別の菓子の個性になります。
マカオでは、乳とクリームの選び方が変わる
マカオの葡撻も、薄くのばして巻いた皮を切り、型へ広げ、乳、卵、生クリームの中身を焼きます。文化遺産資料には、店ごとの配合と焼き方の差が記され、軽い外皮、柔らかい中心、焼き斑の組合せが土地の名物へ育ちました。
英国出身のアンドリュー・ストウは1989年、コロアンに店を開き、ポルトガルで味わったナタから着想し、英国風の要素を加えた独自の作り方を生み出したと伝えます。1990年代後半には香港や台湾へ展開し、別経路では台湾KFCが1998年にマカオの瑪嘉烈蛋撻の独占代理を取得しました。ポルトガルの小さな器は、店、乳の配合、販売網を替えながら、海の向こうにも広がっています。
用語解説
- ヴィルジリオ・ノゲイロ・ゴメス
- ポルトガルの食文化と古い料理書を研究する著者。
- ドミンゴス・ラファエル・アルヴェス
- ベレンの菓子工房の創業史に現れる製糖所の所有者・菓子製造者。
- マリア・イレーネ・シルヴァ
- 1987年の工房紹介記事を執筆した著者。
- エンリケ/ルイス・ラモス
- 同記事が当時の秘伝を継ぐ製菓職人として紹介する二人。
- 折り込み生地
- 生地と油脂を交互の層にして延ばす生地。焼くと薄い層が重なる外皮になります。
- ベレン
- リスボン西部の地区。ジェロニモス修道院や、1837年からの製造を伝えるパステイス・デ・ベレンの店があります。
- ナタン
- Natão。通常より高さを増したパステル・デ・ナタの型。
- ボン・ボカード
- Bom Bocado。甘い練り生地の器に、レモンで香りを付けた卵のクリームを入れる近縁の菓子。
- 葡撻
- マカオなどで使われるポルトガル式エッグタルトの呼称。
- アンドリュー・ストウ
- 英国出身の薬剤師・製作者。1989年にマカオでロード・ストウズ・ベーカリーを開き、独自のエッグタルトを作りました。







