Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

アップルパイ
Apple Pie
りんごを包む生地の形に、家庭の工夫が表れる
パイ / イギリス・アメリカ

焼いた皮の中でリンゴが柔らかくなり、香りと果汁がまとまる。アップルパイは、果実とそれを支える皮を、同時に焼き上げる菓子です。底と蓋で包むダブルクラスト、格子の蓋、そぼろの上掛けなどがあり、中身も生の切片から煮て裏ごしたものまでさまざまです。国ごとの姿の違いは、リンゴの選び方と、汁を含む詰め物を包む工夫から見えてきます。
リンゴは焼くと縮む
酸味が強く形の残るリンゴと、柔らかく煮崩れるリンゴでは、焼いた後の中身の密度が変わります。一品種で作るほか、風味と加熱後の状態の違う複数種を組み合わせる方法もあります。切片の大きさをそろえることも、火通りをそろえるための条件です。
生の果実を山高く詰めると、加熱でリンゴが縮み、先に形を保った蓋との間に空洞ができることがあります。詰め物を軽く前加熱すれば、あらかじめ収縮させて、完成時の高さを見込みやすくなります。生のまま詰める型では、果実の量と切り方、皮の火通りを合わせて調整します。青森県弘前市の店ごとのアップルパイも、甘味・酸味・シナモンの強さが異なります。産地の果実を使う菓子でも、品種と香りの選択は一つに定まりません。
底と蓋では、火の入り方が違う
米国式の生地では、冷たいバターやショートニングを粉へ混ぜ、液体を加えてまとめる方法がよく用いられます。バターの風味とショートニングの扱いやすさを組み合わせるルセット(材料の配合と作り方)もあります。折込みパイのように、規則的な油脂の層を何度も折って作るとは限りません。
底の生地は型の底面だけでなく側面も覆うため、蓋より大きくのばす必要があります。上下を同じ重さに分けないルセットには、この面積の差が関わります。詰め物の果汁で底が湿る一方、上面は先に焼き色がつくため、表面の褐色だけで全体の焼成を判断することはできません。
果汁が十分に煮立つこと、果実が狙った柔らかさになること、底の皮が焼けることは、それぞれ確認する対象です。上面だけが早く色づく場合は覆いを使います。粉やでんぷんで果汁をまとめる方法、底を先に焼く方法などもあり、型や詰め物に合わせて選ばれます。
香辛料、皮、乳の選択
シナモンを強く利かせるものだけでなく、リンゴと煮詰めたサイダーの香りを中心にする型もあります。白糖かブラウンシュガーか、皮をむくか残すかは、色や香り、果実の噛みごたえを変えます。皮つきの果実にブラウンシュガー、煮詰めたサイダー、少量のシナモンとクリームを合わせれば、皮の食感へ乳の丸い味も重なります。
高い縁を持つオランダの型
オランダのアッペルタールトには、甘い練り生地で深めの丸型の底と側面を覆い、リンゴをたっぷり詰める型があります。リンゴにはシナモン、砂糖、レーズンを合わせ、底へ振ったパン粉で果汁を受けます。残した生地を帯にして交差させる格子の蓋が、厚い果実の層を上から押さえます。泡立てたクリームを添える食べ方も親しまれています。
アッペルクライメルタールトでは、上面に油脂、小麦粉、砂糖のそぼろを散らします。そぼろは一枚につなげず、粒の大小を残して焼き色をつけます。下の器と上のそぼろを別の配合で作るルセットもあり、蓋を格子からそぼろへ替えるだけでも、最初に歯に触れる層が変わります。
中世の混合果実と、蓋を開ける古いルセット
一三八一年の英国の料理録にある「Tartys in Applis」は、リンゴにイチジク、レーズン、ナシを合わせ、香辛料とサフランを使います。十八世紀にサミュエル・ペッグが刊行した古い料理書の校訂集の付録に残る、刻んだ果実を生地の器で焼く短いルセットです。
オランダ語の『Een notabel boecxken van cokeryen』の「Appeltaerten」では、柔らかく煮崩れるリンゴの皮と芯を除き、詰めて同じ生地で蓋をします。焼けた後に蓋の中央を切り取り、中身を崩して香辛料やクリームを混ぜ、もう一度炉へ戻します。調味まで焼成の途中に組み込む順序は、最初にすべてを合わせる型とは大きく異なります。
一七九六年のアメリア・シモンズ『American Cookery』には、煮て裏ごしたリンゴへレモン皮、シナモン、メース、ローズウォーター、糖を加えるルセットがあります。厚い果実の切片だけでなく、なめらかな詰め物も古くから選択肢でした。
収穫期の果実だけを焼いたわけでもありません。十九世紀初めのニューイングランドでは、リンゴを樽に保管し、またパイ用に乾燥させました。保存果実を詰め物へ戻せば、秋の収穫が終わっても焼けます。米軍の料理書『The Army Cook』も、生リンゴのほか、乾燥させたリンゴや缶詰を並列の材料として挙げます。乾燥品には水分を戻す工程が入り、同じダブルクラストでも生の切片とは果実の状態から異なります。
外から来た菓子が、米国を表すまで
英国やオランダの果実パイの技術は入植地へ渡り、そこで育つリンゴ、保存できる果実、手に入りやすい豚脂などに合わせて変わりました。十九世紀末の米国の新聞では、パイ好きが家庭の規範と結びつけられる一方、一九〇二年には健康を損なう食べ物との批判もありました。
一八九五年の新聞は、移民がパイを好むかを「アメリカ化」の試金石のように扱っています。一九一八年のボストンの社説では、海外の兵士のパイへの郷愁が、自由や民主主義へと結びつけられました。「アップルパイのようにアメリカ的」という句が現れるのは、一九二四年のペンシルベニア州ゲティスバーグの紳士服広告です。英国流に対する米国流の服を売るため、移民の「アメリカ化」を測る家庭の菓子が、国を表す比喩にもなりました。
何を添え、何を入れるか
英国の一つのルセットでは温かいアップルパイにカスタード、冷ましたものに濃いクリームを添えます。乳のソースを皮と果実にかける食べ方です。米国ではアイスクリームを一すくい添える「ア・ラ・モード」もあります。熱いパイと冷たい乳の組み合わせは、チェダーを皮や中身へ練り込む次の型とも、乳を合わせる位置が違います。
チェダーを入れる、リンゴを使わない
甘い果実にチェダーの塩味を合わせる仕立てもあります。サリー・マッケニーのルセットは、冷たいバターを混ぜた皮へすりおろしたチェダーを折り込み、中のリンゴにも加えます。果実の甘さと酸味にチーズの塩味が加わる、甘味と塩味を重ねたパイです。
モック・アップルパイは、リンゴの代わりにクラッカーを詰める、名の上での近縁です。リトルトン博物館の再現ルセットでは、砕いたクラッカーへ水を吸わせ、リンゴ酢、糖、シナモン、ナツメグを合わせ、上下の皮で包みます。果実の酸味と香辛料の香り、柔らかい詰め物の感触を、別の材料で組み立てる菓子です。
用語解説
- クラスト
- パイの外側を作る生地、または焼き上がった皮。
- ダブルクラスト
- 底と蓋の両方をパイ生地で作る仕立て。
- ショートニング
- 生地の歯切れや扱いやすさを調整するために用いる固形油脂。
- サイダー
- 米国の製菓ではリンゴの搾り汁を指す。米国の菓子の文脈で、必ずしも発泡酒や炭酸飲料を意味しません。
- メース
- ナツメグの種子を包む仮種皮から作る香辛料。
- サミュエル・ペッグ
- 英国の古物研究者。中世の料理書『The Forme of Cury』と別の古い料理録を校訂・刊行した。
- サリー・マッケニー
- 米国の料理書著者・製菓家。チェダーを皮とリンゴへ加えるルセットを公開している。
- チェダー
- 英国に由来する硬質系のチーズ。すりおろして皮と詰め物へ加えるルセットがある。
- アメリア・シモンズ
- 一七九六年の米国の料理書『American Cookery』の著者。
- ア・ラ・モード
- 米国のパイの文脈では、焼いた一切れにアイスクリームを添える供し方。







