Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

アプフェルシュトゥルーデル
Apfelstrudel
薄く伸ばした生地でりんごを巻く中欧の菓子
焼き菓子 / オーストリア

透けるほど薄く引いた生地が、リンゴの厚い層を幾重にも包みます。オーストリアのアプフェルシュトゥルーデルは、果汁を受けるパン粉と薄皮を組み合わせ、果実を巻いて焼く菓子です。ドイツ語の Apfel はリンゴ、Strudel は水の渦。巻いた断面にもその名が重なります。薄さだけを追うのでなく、果実の重みと汁をどう支えるかに、製法の要点があります。
薄く引いた一枚が層になる
引き生地は、小麦粉、水、油、塩などをこね、休ませてから手で薄く広げます。伝統食品登録の配合例では、小麦粉300グラムに油30グラム、水150グラム、塩三グラムを使います。表面に油を塗って覆い、少なくとも三十分休ませた後、粉を振った布の上で軽くのばし、手の甲で中心から外へ引きます。休ませることで伸ばしやすくなった生地を、透けるほど薄くしても破らないことが要点です。
生地の中へバターを繰り返し折り込むパイとは、層の作り方が異なります。引き生地では、広げた面に溶かしバターを塗り、巻くことで重なりを作ります。折込みパイ生地を使う型もあり、手で一枚に引く生地とは異なる層と食感になります。
果汁を受け止めるパン粉
詰め物の基本は、薄く切った酸味のあるリンゴ、レーズン、糖、シナモン、炒めたパン粉です。果肉のしっかりした酸味のあるリンゴは、Strudlerという通称でも呼ばれます。これは今日、一つの品種だけの名ではなく、シュトゥルーデルに向くリンゴの呼び名としても用いられます。
パン粉は油脂で炒めて香ばしさをつけるとともに、焼成中に出る果汁を受け止めます。果実を薄い生地へ直接置く場合と違い、汁と皮の間に固形分の層が入ります。バターで炒めたパン粉へ挽いたヘーゼルナッツを加える型もあり、オーストリア政府観光局のルセット(材料の配合と作り方)はその一例です。ヘーゼルナッツを加えず、炒めたパン粉を使う型もあります。
糖の量はリンゴの酸味に合わせて調整します。レモン汁や皮、ラム酒に漬けたレーズンを使う型もあります。材料を並べるだけでなく、果肉の硬さ、酸味、出る汁の量を生地の薄さと釣り合わせる設計です。
布で巻き、両端を閉じる
具を全面に広げず、生地の一部にパン粉と果実を置き、空いた面に溶かしバターを塗ります。厚い縁を切り落とし、左右の端を閉じて、布を持ち上げながら巻きます。布を使えば、薄い膜だけを指で引っ張らずに、具の重みごと移動できます。
巻き終わりを下にして天板へ移し、表面にもバターを塗って焼きます。側面と両端を閉じるのは、果汁や果実が出る経路を減らすためです。パイ生地を使うルセットでは中央に具を置いて両側から包み、表面には卵を塗るなど、巻き方も仕上げも変わります。見た目の艶だけでなく、どの生地を選んだかが工程に現れます。
乳入りの記録からリンゴ入りへ
シュトゥルーデルという菓子群の名は、一六二九年の手書き料理書までさかのぼります。オーストリアの伝統食品登録が挙げる一六九六年の匿名の『Koch-Puech』には、乳やクリームを用いるミルヒラームシュトゥルーデルが残り、一六九九年の『Granat-Apffel』にも乳入りの型があります。古い記録のすべてがリンゴ入りだったわけではありません。
十八世紀にはリンゴ、米、チーズ、ナッツ、野菜などを巻くルセットが並びます。一八二七年刊のアンナ・ドルンの料理書『Neuestes Universal- oder Großes Wiener-Kochbuch』には、引き生地のリンゴ入りが記されています。乳入りの記録から百年以上後、巻く菓子の一つとしてリンゴ入りが確認できるのであって、この年を菓子の誕生年とは呼べません。
女帝マリア・テレジア(一七一七〜一七八〇年)が宮廷でシュトゥルーデルを広めたという伝承もあります。リンゴ入りの考案者だったことを示す同時代の献立やルセットは知られておらず、宮廷での普及の物語として伝わっています。
中東からの複数の道筋
極薄の生地をめぐっては、中東方面につながる二つの伝播説があります。北アフリカからイベリア半島へ渡ったムーア人の薄皮菓子がフランスなどへ進む筋と、オスマン帝国の拡大に伴ってバルカン、ハンガリーを経由する筋です。後者の地域では、ハンガリー語で rétes と呼ぶ引き生地の菓子も作られてきました。一六九九年の料理書には「スペインの生地」と呼ぶ用例もあったと、オーストリアの伝統食品登録に記されています。
ただし各地を一つの同じ作り方が順に移った経路までは確定していません。バクラヴァのように薄皮を重ねる菓子と、具を置いて巻くシュトゥルーデルでは成形が異なります。薄皮を扱う技術の広がりは見えても、現代のリンゴ入りを一人が持ち込んだとする一本道の系譜は描けないのです。
ウィーンの酸味、ザルツブルクの温かい乳
古いウィーン風の型では、リンゴの詰め物にサワークリームを加えます。ザルツブルク風には供する前に温かい乳をかける型があり、アルプス地方には練り生地やトプフェン入りの生地を使うものもあります。粉砂糖を振るだけでなく、泡立てたクリームやバニラソース、アイスクリームを添える食べ方も見られます。
一方、トプフェンシュトゥルーデルはフレッシュチーズを詰め、ミルヒラームシュトゥルーデルはパンや卵、クリームなどの詰め物と乳のかけ汁を用います。詰め物によって、巻いた皮の中に収まる味も固まり方も変わります。中欧各地の祝祭や日常に広がったシュトゥルーデルの一族の中で、果実を主役にするものがアプフェルシュトゥルーデルです。
ブラジル南部で続く二つの席
大西洋を渡ったシュトゥルーデルは、ブラジル南部のドイツ系移民文化の中でも作られています。リオグランデ・ド・スル州のノヴァ・ペトローポリスは、ドイツ系の食文化を伝える町の菓子としてアプフェルシュトゥルーデルを挙げます。サンタカタリーナ州ポメローデでも、シュトゥルーデルは移民から受け継いだ料理を出す食堂や観光の食卓に並びます。これらは、ウィーンの宮廷菓子という一つの場面だけでは収まらない、移住先での定着を示す例です。
同じ州のサン・マルチーニョでは、植民地風のカフェの献立に、リンゴと凝乳チーズを合わせたシュトゥルーデルが載ります。リンゴだけを薄皮で包む型に比べ、酸味のある果実へ乳の中身を加える地域の一例です。
家族の祝いに残ったリンゴの包み
祝日の家族の味としても、リンゴ入りは受け継がれています。アフヴァ・パソウ=ホイットマンの家では、秋の祝日シムハット・トーラーに、リンゴと米を詰めたものを焼いてきました。母から教わったルセットは、皮ごとすりおろして汁を絞ったリンゴと、下ゆでした米をパイ生地で巻くものです。家族がニューヨーク、メンフィス、イスラエルへと暮らしを移しても、祝日の食卓に残りました。ガリツィアとの結びつきは家族の推測として語られています。
また、ウクライナから米国カンザス州へ移住したエスター・スタインバーグの家には、リンゴに缶詰のパイナップルを合わせたルセットが伝わります。手で引く生地を食卓いっぱいに広げる技術とともに教えられ、後代にダフ・ゴールドマンが公開した型ではフィロ生地を使います。果実は先に煮詰めて一晩冷やし、薄皮の間には油脂とパン粉を重ねます。果実を組み合わせた家族の詰め物が、市販の薄皮を使う工程にも受け継がれています。
用語解説
- レテシュ/rétes
- ハンガリー語で薄い生地を巻く菓子。伝播説ではオーストリアとの接点として挙げられる。
- バクラヴァ
- 薄い生地を重ねて焼く西アジア周辺の菓子。形の類似は直接の祖先関係の証明ではない。
- 引き生地
- こねて休ませた生地を手で薄く引き広げるもの。折込み油脂による層とは製法が異なります。
- 折込みパイ生地/Blätterteig
- 生地と油脂を重ね、折って延ばし、多数の層を作る生地。
- トプフェン
- オーストリアなどで用いる、クワルク系のフレッシュチーズの呼び名。
- ノヴァ・ペトローポリス
- ブラジル南部リオグランデ・ド・スル州のドイツ系移民文化を伝える町。
- ポメローデ
- ブラジル南部サンタカタリーナ州の町。移民料理の一つとしてシュトゥルーデルが親しまれる。
- 凝乳チーズ
- 乳を凝固させて作る柔らかいチーズ。サン・マルチーニョの献立ではリンゴと合わせる。
- アンナ・ドルン
- 一八二七年のウィーンの料理書で、引き生地のリンゴ入りを紹介した料理書著者。
- マリア・テレジア
- 十八世紀のハプスブルク家の君主。宮廷での普及伝承に名が登場するが、リンゴ入りの考案者と確認されたわけではない。
- アフヴァ・パソウ=ホイットマン
- 米国からイスラエルへ移った家族のリンゴと米の祝日菓子を記録した伝承者。
- エスター・スタインバーグ
- ウクライナから米国へ移住し、リンゴとパイナップルの詰め物と引き生地の技術を家族へ伝えた作り手。
- ダフ・ゴールドマン
- 米国の菓子職人。曾祖母エスターの家族伝承をもとにしたルセットを公開した。
- シムハット・トーラー
- トーラーの年ごとの朗読を終え、再び読み始めることを祝うユダヤ教の祝日。
- フィロ
- 非常に薄く延ばされた生地。油脂とパン粉を挟んで数枚を重ね、詰め物を巻く型がある。
- ハプスブルク君主国
- オーストリアを中心に中欧の諸地域を含んだハプスブルク家の支配領域。







