Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

タルトタタン
Tarte Tatin
りんごを下に、菓子生地を上に焼いて返す
タルト / フランス

つやのあるりんごは、焼いている間には型の底にあります。果実へ生地をかぶせ、最後に返す。タルトタタンの表面は、上下を逆にする工程から生まれます。煮詰まった果汁と糖、柔らかくなった果肉を表へ出す菓子には、フランス中部の宿で働いた二人の姉妹の名が残っています。
姉妹の宿と、三つの失敗談
十九世紀末、ソローニュのラモット=ブーヴロン駅前で、キャロリーヌとステファニーのタタン姉妹が営む宿は、熱いりんごタルトで知られるようになりました。誕生の伝説には、りんごを焦がしたので上から生地を載せた、生地を入れ忘れて後からかぶせた、誤って逆さに焼いた、という異なる筋があります。どれも失敗を名物へ変える話ですが、事故の細部が確かな同時代の記録で定まっているわけではありません。
1899年12月18日の『ル・ジュルナル』には、ガブリエル・アノトーによる「タタン嬢のタルト」の賛辞があります。ただし材料や反転の工程は書かれていません。1904年のシェール地理学会紀要になると、客がステファニー、愛称ファニーの熱いりんごタルトを名物と記します。姉妹の仕事と客の評判は伝わっても、どちらか一人を発明者に決める記録ではありません。
銅の器へ、下にも上にも火を当てる
姉妹の死後、一九二一年の新聞『ル・ロワール=エ=シェール』にポール・ベスナールが記したルセット(材料の配合と作り方)は、銅の器へ厚くバターを敷き、約一センチの砂糖、りんごの四つ割りを並べ、薄い練り生地で覆うものです。
器は炭火へ置き、上にも炭を載せる金属の覆い「野外炉」をかぶせます。上下から焼いてから皿をかぶせ、勢いよく返し、熱く供します。赤い筋のある黄レネット種を勧めながら、桃でもよいとする点は、りんごだけを使う今日の印象より幅があります。反転だけでなく、果肉と糖へどう熱を届かせるかまでがルセットの骨格でした。
秘訣を盗む庭師と、名の残らない料理人
パリのマキシムをめぐる逸話では、姉妹がルセットを教えないため、ルイ・ヴォーダブルが庭師を装って厨房を観察します。園芸ができず三日で解雇されても、秘訣は持ち帰ったという話です。本人ではなく菓子職人を送り込んだとする語り方もあります。しかし食文化史研究者ピエール・ルクレールは、姉妹の引退した1906年に、ヴォーダブルはまだ四歳ほどだったと指摘します。伝説の潜入と、献立に菓子が載った記録は重なりません。1952年にはマキシムの献立に名が現れ、町の名物が都市のレストランへ届いています。
反転の発想そのものにも、姉妹以前の話があります。ルクレールが挙げるマリー・スーションの手稿は、姉妹が近隣の伯爵家の、名の残らない料理人からルセットを得たと伝えます。1790年のパン職人の資格試験にある「返すトゥルト」はさらに古いものの、材料が分からず、現在のタタンと同じとは限りません。
宿の評判、料理人による継承、都市のレストランの献立。姉妹の名物はそうした人と店を通って広まり、失敗を名物へ変えたという物語も、後からその魅力を支えるようになりました。
糖を先に色づけるか、果実と一緒に煮るか
現在の作り方にも、火入れの順序に違いがあります。ソローニュの観光機関が伝える型は、バター、砂糖、りんごを並べて先にオーブンで焼き、次に直火で水分を整え、卵入りの練り生地を載せて再び焼きます。一方、キングアーサーの型は、砂糖を深い琥珀色にしてからバターなどを加え、果実を煮ます。
穏やかな沸騰を保ち、液の減り方と果肉の柔らかさを合わせます。火が弱いと液が煮詰まらず、強すぎれば果肉に火が通る前に水分を失います。カラメルの色だけでなく、りんごがどう柔らかくなっているかも、返した面の味と形に関わります。
底の並べ方が、完成した面になる
りんごは水分を失って体積を変えます。丸い面を下へ向け、外周から同心円に少し重ねて密に詰めると、その配置が返した面に現れます。薄い生の果実を最後に飾るタルトとは逆に、加熱する前の置き方が装飾を担います。
形を保つピンクレディーを勧めるキングアーサーに対し、ソローニュのルセットにはロイヤルガラやジョナゴールドが挙がります。酸味、果汁、煮崩れ方は品種で違い、同じ時間で仕上がるとは限りません。
生地も、粉へバターを散らす練り生地と、層を重ねる折り込みパイの両方があります。底がほろりと割れるか、何層にもほどけるかが変わります。煮たりんごを別の丸型へ移し、生地に蒸気抜きを切り、焼いた後45分待って返すのがキングアーサーの方法です。直火からオーブンまで同じ鍋で通す型とは、移し替えと待ち時間が異なります。温かい一片へ、クレーム・フレーシュやバニラアイスクリームを添えることもあります。
返す技法が、梨や野菜にも広がる
タタン式の反転は、りんごの外へも広がっています。洋梨を丸い側が底へ向くように置き、カラメルを合わせ、ココア入りの練り生地で覆う型では、返した面に白い梨の曲線が現れます。りんごの酸味とは異なる果実を、カカオの生地で支える仕立てです。
野菜にも使えます。アンディーヴを縦半分に切って糖とバターで色づけ、酢を加えて火を通し、型へ並べて生地で覆うタタンがあります。返してから生ハムを添えると、反転の技法は甘い食後の菓子から、野菜と肉の一皿へ移ります。共通するのは材料名より、底の並べ方を完成した表面へ変える仕事なのです。
名物を焼き続ける町
ラモット=ブーヴロンでは、タタンの祭りに合わせた墓前への献花や、保存団体の普及活動が続き、2023年からは職人の大会も開かれています。客を通じて評判を広めた姉妹と、土地で焼き続ける人々の仕事も、失敗の逸話とともにこの一台の歴史を作っています。
用語解説
- タタン姉妹
- ラモット=ブーヴロンで宿を営んだ、キャロリーヌとステファニー。菓子の名に残ります。
- ソローニュ
- フランス中部の地域。ラモット=ブーヴロンを含み、菓子の来歴に結びつきます。
- カラメル
- 糖を加熱して色と香りを付けたもの。果実と煮る際は水分量も変わります。
- ピンクレディー、ロイヤルガラ、ジョナゴールド
- タルトタタンのルセットに使われる、りんごの品種名・呼び名。
- クレーム・フレーシュ
- 発酵させた乳のクリーム。タタンに添えると、温かい果実に乳の風味と酸味が加わります。
- マキシム
- パリの飲食店。タルトタタンの普及をめぐる研究や逸話に登場します。
- ガブリエル・アノトー
- フランスの政治家・歴史家。1899年の新聞でタタン嬢のタルトを称賛した。
- ポール・ベスナール
- 1921年の新聞でタタンのルセットを記した人物。
- ルイ・ヴォーダブル
- マキシムの経営者。庭師に扮する逸話に登場するが、姉妹の引退年とは年齢が合わない。
- ピエール・ルクレール
- 料理史研究者。タタンの創製・普及をめぐる伝説を史料と照合した。
- マリー・スーション
- 姉妹が近隣の料理人からルセットを得たとする手稿を残した人物。
- アンディーヴ
- 白く巻いた葉を食べるチコリの一種。加熱して料理にも使う。
調査注記
1921年ルセットの確認経路はアンリ・デレタンの調査を通じたキリアン・ステンジェルの再録で、新聞原紙を今回実見したものではない。事故譚の初出はステンジェルが1927年の雑誌に結び付ける一方、ルクレールへの2018年取材は1979年の保存団体の宣伝文を挙げ、脚注には1976年の曖昧な言及もある。姉妹の名物が知られた時期と事故譚が広がった時期を区別し、単一の初出年に固定しない。







