Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

ピーカンパイ
Pecan Pie
ピーカンナッツを甘いフィリングに沈める、米国のパイ
パイ / アメリカ

半割りの実を並べた表面の下に、卵と糖液の滑らかな層が続きます。ピーカンパイは、ピーカンナッツ、卵、砂糖、バターなどの詰め物を、パイの器へ流して焼くアメリカの菓子です。南部を代表する一台で、感謝祭の食卓にも登場します。現在はコーンシロップがよく使われますが、古い料理書には、牛乳のカスタードから糖液を使う型への変化が残っています。
実の名は先住民の言葉、パイは地域の料理書へ
ピーカンは北米原産のクルミ科の木の実です。英語の pecan は、ミシシッピ流域のフランス語 pacane を通じ、イリノイ語の pakani へ遡るとされます。アルゴンキン語族の、堅い実を割ることに関係する語で、実を利用してきた人々の言葉がフランス語と英語へ入った経路を残します。パイの成立よりも前から続く、材料の名の歴史です。
一八八六年の『ハーパーズ・バザー』と『テキサス・シフティングズ』には、ピーカンパイの印刷されたルセット(材料の配合と作り方)があり、初期には牛乳と卵を使うカスタード型が見られました。一九一六年のテキサスの型も、砂糖で作るシロップに牛乳を合わせます。
コーンシロップ入りは、一九二八年のヴィックスバーグの園芸団体の料理書に一例、一九三〇年のグリーンヴィルの料理書に二例が載ります。カロの自社年表が「ピーカンパイが生まれた」時期とする一九三〇年代より、地域の印刷物のルセットは早いのです。コーンシロップ、糖、卵、バニラ、実という組合せを宣伝で広める仕事と、最初に菓子を作ることの間には違いがあります。
ミシシッピの地域料理書にも、家庭で作るこのパイが繰り返し載りました。南ミシシッピ大学の料理書調査では、収集したルセットの中で最も多い菓子でした。家庭と地域団体の工夫にメーカーの宣伝も重なり、南部の菓子、感謝祭のパイとして広がります。二〇一三年には、テキサス州の公式のパイに指定されました。
卵と糖液のパイに、木の実を重ねる
ピーカンパイは、乳のカスタード型だけでなく、チェス・パイ、シュガー・パイ、糖蜜のパイといった、卵と糖、油脂で中身をまとめる菓子の系譜でも考えられます。ピーカンを加えると、なめらかな甘い層に、粒と薄い皮の歯触りが重なります。独立した一人の発明というより、既にあった卵のパイへ、手に入る実と糖液を合わせる家庭の改作が重なったものです。
中へ刻む実と、上へ並べる実
このパイではナッツを粉に挽き込むより、粒や半割りの姿を生かします。刻んだ実は滑らかな詰め物の中へ散り、半割りは表面の模様と大きな歯応えを作ります。
中へ混ぜる実を先に軽くローストし、少量の塩を振る方法もあります。上に置く実はパイの焼成でも熱を受けるため、内外で火の入り方が変わります。油分の多い実を香ばしくしつつ焦がさないことが、二つの部分の違いを整えます。
器を冷やし、卵の層を落ち着かせる
外皮は粉へ冷たい油脂を切り混ぜ、氷水を少量ずつ加えてまとめます。油脂の細かな塊を残した生地を冷やし、延ばして型へ敷きます。縁を整えて再び冷やすと、油脂が締まり、焼成時の縮みも落ち着きます。
器を空焼きしてから詰めるルセットもあります。たとえばキング・アーサーの基本のルセットでは、敷紙に重石を載せて外皮を短時間焼き、重石を外して冷まします。卵、濃色と淡色のコーンシロップ、砂糖、溶かしバター、バニラを合わせ、刻んだピーカンを混ぜてから流し込み、上へ半割りの実を並べます。
詰め物の形を作るのは、糖液を飴になるまで煮切ることではなく、卵のタンパク質が熱で固まる働きです。糖と油脂を含む液を卵のつながりがまとめるため、皮を焼く熱と、中身を過度に固めない熱を両立させます。本焼きでは詰め物が膨らみ、中心が固まってくるところまで火を入れます。冷めると中央は少し沈み、熱いうちには柔らかかった中身も切り分けられる状態へ落ち着きます。焼き色だけでなく、中心の揺れ方と冷却後の固まりを見込んで焼く菓子です。
褐色糖の型と、小さなチーズの器
コーンシロップは現在よく使われますが、糖の選択には幅があります。ブラウンシュガーを主にして牛乳、卵、少量の粉と酢を加える型では、コーンシロップを使いません。刻んだ実を中へ、半割りを上へ使う仕立てを保ちながら、褐色糖の香りと乳を含む中身を作ります。
一台のパイを小さくした近縁の菓子に、ピーカン・タッシーズがあります。クリームチーズ、バター、粉を合わせた甘くない生地を小さなカップ状にし、ブラウンシュガー、卵、バター、ナッツの詰め物を入れて焼きます。単に直径を縮めるだけでなく、器にもチーズの風味と柔らかさを持たせた仕立てです。チョコレートを加えるピーカンパイも作られています。
糖とシロップの割合、実の刻み方、アイスクリームやホイップクリームを添えるかどうかにも、家庭の好みが残ります。大きなパイを分けるときも、小さなタッシーを一つつまむときも、なめらかな卵の層と、噛んで砕ける実が一緒に口へ入ります。
用語解説
- ピーカン
- 北米原産のクルミ科の木とその実。ペカンとも呼ばれる。
- コーンシロップ
- トウモロコシでんぷんを原料とする糖液。
- 空焼き
- 詰め物を入れる前に、生地だけを焼いておく工程。
- カスタード
- 卵を含む乳などの液体を加熱し、とろみや固まりを付けたもの。
- ピーカン・タッシーズ
- 小さな器にピーカン入りの甘い詰め物を焼く菓子。tassieはスコットランド語で小さなカップを意味する。







