Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

キーライムパイ
Key Lime Pie
小さなライムの酸味を練乳で受け止める、フロリダ・キーズのパイ
パイ / アメリカ

ライムの酸味と加糖練乳の甘さを、砕いたクラッカーの台が支えます。米国フロリダ・キーズを代表するキーライムパイは、卵黄、果汁、保存乳から作る淡い中身の菓子です。小さく丸いキーライムは、一般的なペルシアンライムとは別系統。果肉は黄緑で酸が強く、特有の香りを持ちます。練乳へ混ぜた中身が鮮やかな緑ではなく淡い黄色になる理由も、果実と卵黄の色にあります。鮮やかな緑色よりも、乳と柑橘を合わせる構造にその特徴があります。
先に炊くカードではなく、台へ流して焼く
焼く型の基本は、加糖練乳と卵黄をなめらかに混ぜ、果汁を加え、グラハムクラッカーの台へ流す順序です。果汁の酸が乳のたんぱく質へ作用して粘度を変え、卵黄は加熱で組織を支えます。レモンカードを鍋で先に炊いてから詰めるタルトとは、工程が違います。練乳は糖と乳の固形分を同時に加えるため、無糖の牛乳へ同量では替えられません。
台は、粉とバターを折り重ねたパイの層でなく、細かな焼き菓子の粒をまとめたものです。上にはホイップクリームを載せる型と、メレンゲの型があります。余る卵白をメレンゲへ使えますが、全てに必須の仕上げではありません。
島で生乳を得にくかった時代、保存しやすい練乳は菓子作りを支えました。キーライムの果樹も今は地元の畑だけではありません。1926年の強いハリケーンで島の商業植栽の多くが失われ、産業規模には戻らず、現在の商業生産は主としてメキシコやブラジルにあります。「キーズのパイ」という名は、すべての果実が島産であるという表示ではありません。古い非加熱のルセット(材料の配合と作り方)も語られますが、酸でとろみが付くことと加熱の働きは同じではありません。現在の焼くルセットは、炉で焼き、少し冷ましてから冷蔵します。
「アント・サリー」は誰なのか
カリー家に関わる「アント・サリー」が作ったというキーズの伝承があります。地元史家トム・ハンブライトは漁師の甘味を彼女が整えた可能性を挙げ、食文化著述家デイヴィッド・スローンは彼女を使用人でなくカリーの息子の妻サラと見ます。人物像も発明での役割も確定していません。
スローンが語る漁師の甘味は、数日の漁へ携えた練乳とライム、乾いたキューバ風パンを、カップの中で合わせるものです。保存乳を使い、硬くなったパンを崩して湿らせるため、本人も現代の焼くパイよりプディング状だった可能性を挙げます。海上の食料が屋敷の菓子になったという筋はありますが、その移行の当時のルセットが明らかになっているわけではありません。
1931年の広告説へ、1926年の献立が投げる問い
菓子研究者ステラ・パークスが注目したのは、ニューヨークの練乳会社が1931年に広めた「マジック・レモン・クリーム・パイ」です。柑橘果汁、練乳、卵という構成が近く、地域のライムへ置き換えられたのではないかという説です。果物が島へ来た時代ではなく、保存乳を使う特定のルセットがどこで広まったかを問います。
反論するスローンは、1926年1月27日の『キーウェスト・シティズン』に載る、グリーン・ランタン・ティールームの「ライムパイ10セント」を挙げます。1931年より早い名前ですが、献立だけでは、練乳の有無も卵を焼いたかどうかもわかりません。
彼が併せて紹介する1939年8月25日の『マイアミ・ヘラルド』のブラックウェル家のルセットには、卵、ライム果汁、練乳、焼いた皮、メレンゲがそろい、半世紀以上家族で使ったとの説明もあります。ただし、印刷されたのは1939年で、半世紀前の原稿が出たのとは異なります。1926年の献立は売られた名、1939年のルセットは材料と作り方、家の回想は継承を示します。いずれも単独で発明者を決めません。
州のパイに選ばれる
フロリダ州は2006年の法律で公式の州のパイに指定し、同年7月1日に施行しました。二十世紀半ばにはイスラモラーダのファーン・インでも評判の一切れとして供され、島を訪れる人へ広まりました。州の指定は、この地域の名物が公式の象徴になった節目です。
レモンの近縁型と、凍らせた一切れ
現在イーグル・ブランドが公開する「マジック・レモン・メレンゲ・パイ」は、卵黄へレモンの皮、加糖練乳、果汁を合わせ、焼いた台かグラハムクラッカーの台へ流して焼き、卵白のメレンゲを載せて再び焼きます。ライムとレモンは別の果実でも、果汁、保存乳、卵で作る近い構成を比べられます。
キーズのカーミットの店には、切ったパイへ棒を付け、凍らせてチョコレートで覆う品もあります。クラッカーと酸味のある乳の中身に、冷たいチョコレートの表面が重なります。皿のパイから手に持つ一切れへ、名物の変奏はトッピングだけでなく、温度と食べる形まで変えています。
用語解説
- フロリダ・キーズ
- 米国フロリダ州南端から連なる島々。
- 加糖練乳
- 乳へ糖を加えて濃縮した保存性のある乳製品。
- グラハムクラッカー
- 全粒小麦を用いる米国のクラッカー。砕いてパイの台にもする。
- メレンゲ
- 卵白と糖を泡立てたもの。
- ウィリアム・カリー
- 19世紀キーウェストの実業家。キーライムパイの起源伝承にその家が登場する。
- サリー
- カリー家に関係するパイの作り手として地元伝承に現れる女性。発明者と確定しているわけではない。
- ステラ・パークス
- 米国の菓子職人・著述家。
- イーグル・ブランド
- 加糖練乳と、それを使う家庭向けルセットを扱うブランド。
- カーミット・カーペンター
- キーウェストでキーライムの菓子を扱う店の作り手。
- トム・ハンブライト
- キーウェストの地元史家。漁師の甘味とサリー伝承を検討した。
- デイヴィッド・スローン
- キーライムパイの起源を調べ、カリー家のサリーの人物像を提案する著述家。







