Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

オヴォシュ・モーレシュ
Ovos moles de Aveiro
薄い白の貝殻に、卵黄と砂糖の黄金色を閉じ込める
デザート / ポルトガル・アヴェイロ

白い貝を割ると、濃い黄色から橙色の卵のクリームが現れる。ポルトガルのアヴェイロのオヴォシュ・モーレシュは、卵黄と砂糖を主役にする菓子です。魚、貝、樽をかたどる薄皮入りもあれば、木や磁器の小樽からすくうものもあります。名の意味は「柔らかい卵」。乳やバターを使わずに、卵黄と煮詰めた糖液で柔らかさを作ります。
糖液を冷ましてから、再び火へ
卵黄を卵白から丁寧に分ける一方、砂糖と水を別鍋で煮詰めます。所定の濃さへ達した糖液を冷まして卵黄を合わせ、再び加熱します。木の匙は円を描かず、手前と奥へ動かし、鍋底が見える濃度まで練ります。糖液の濃さ、卵とのなじみ、火入れをそろえ、粗い糖や卵の粒が残らない中身へ仕上げるのです。
形の中へ収まる粘りと、舌で広がるクリーム状の柔らかさを両立させるため、加熱後の冷却も欠かせません。伝統的には約24時間、温湿度と移り香を整えた場所で休ませます。加熱した卵黄と糖の中身を急速冷却機へ移し、15〜18度まで冷やしてからなじませ直す方法では、一晩の休ませを省けます。薄皮へ入れるのは、十分に冷えて落ち着いた中身です。
潟の漁業と木々を、白い皮へ写す
粉、水、植物性油脂で作るオスティアは、くぼみを持つ薄いウエハースです。冷めたクリームを入れ、上下を貼り合わせて押さえ、はさみなどで周囲をまっすぐ切り分けます。詰めた後にケーキのように焼くのでなく、必要に応じて乾燥させます。中身の水分を受けた皮はしなやかになり、口でほどけて卵へつながります。
魚や貝のほか、クルミ、栗、ドングリ、籠もあります。漁業と塩作りの潟、周辺の木々や暮らしまで、小さな形の中へ入ります。無被覆の白い皮と、糖液を塗って乾かし、より不透明な白さにする仕上げもあります。
チョコレートの一個と、葉巻箱の六個
チョコレートで覆う型は「オヴォシュ・モーレシュ・プレトシュ」。2015年のEU仕様変更申請に載る職人シルヴィナ・ライムンドの回想では、祭りの注文を受け、一個ずつ手でチョコレートを塗り、贈り物にしました。ロザリーナ・ジェズースは、葉巻形の六個を空の葉巻箱へ詰めて売ったと語ります。申請書には1928年の菓子書の図にもチョコレート型があると記され、近年だけの創作ではありません。
地理的表示保護の名称「オヴォシュ・モーレシュ・デ・アヴェイロ」は2009年に登録されました。チョコレート型を保護仕様に加える変更は2013年に申請され、2015年9月に承認されます。古い菓子の記憶と、認証品として作れるようにする手続は、それぞれの時を持ちます。第二次世界大戦中に途絶えたという説もありますが、中断の年と事情は明らかではありません。
食べ終えた後に残る小樽
木や磁器の小樽には、へらや絞り袋で中身だけを詰めます。木樽の絵は、潟のモリセイロの舟、塩田、灯台。磁器なら白地に青い装飾が添わります。19世紀の販売女性の石版画にも樽が見え、20世紀初めには板を組むものから木を旋削するものへ変わりました。容器の作りも、名物の歴史の一部です。
修道院の材料が、町と旅へ続く
アヴェイロのドミニコ会女子修道院、ジェズース修道院を中心とする製菓の伝統には、土地から納められる卵と、王室から与えられたマデイラ島の砂糖という背景があります。そこで学んだ女性が町へ製法を伝えたと語られ、豊かな卵黄と糖は家庭や菓子店へ受け継がれました。
修道院の閉鎖生活は、最後の修道女が亡くなった1874年まで続きました。1882年に建物はドミニコ会第三会へ渡り、サンタ・ジョアナ学校になります。1910年にはその共同体が解散し、翌1911年に博物館が置かれました。一方、菓子は駅で旅人にも売られる名物になります。エッサ・デ・ケイロースの小説『マイア家の人々』にも、アヴェイロの小樽が登場します。すくうための小樽と、一口で食べる白い貝。駅で買う旅の菓子にも、卵黄を火にかける町の仕事と、潟の暮らしを写す形が残っています。
用語解説
- オスティア
- 粉と水などから作る薄い皮。聖餐用の聖餅と同系の語で、菓子を包む食用の外皮にも使う。
- シルヴィナ・ライムンド、ロザリーナ・ジェズース
- EUの2015年仕様変更申請に回想が引かれた菓子職人。チョコレート型の手仕事・贈答と葉巻箱の利用を伝える。
- モリセイロ
- アヴェイロの潟で水草などを運ぶために使われた舟。小樽の装飾にも描かれる。
- エッサ・デ・ケイロース
- 十九世紀ポルトガルの小説家。『マイア家の人々』などにこの菓子が登場する。
- 地理的表示保護(IGP)
- 地域との結びつきを持つ食品の名称を、製品仕様とともに保護するEUの制度。







