Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

ケサーダ・パシエガ
Quesada pasiega
凝乳を薄く焼く、パス地方の乳の菓子
デザート / スペイン・カンタブリア

濃く焼けた表面を切ると、乳の細かな粒を含んだ柔らかな中身が現れます。ケサーダ・パシエガは、スペイン北部カンタブリアのパス地方で作る、凝乳、卵、砂糖、バター、小麦粉などの焼き菓子です。皮を別に敷かず、低く広げた生地そのものを取り分けます。牛乳をいったんチーズへ固め、それをもう一度ほぐす仕事が、この一枚のきめを作ります。
牧草地の乳を、祖母たちと菓子にする
パス地方の暮らしには、牧草地、牛の飼育、乳を加工する仕事があります。チーズとバターは家庭の食物であるとともに、他の土地へ運び売る品でもありました。この乳の暮らしから育った菓子が、ケサーダとソバオです。バターと卵を豊かに使って膨らむソバオに対し、ケサーダの軸は凝乳です。
二〇二二年の地域料理集に回想を寄せたマリア・エレナは、母方の祖父母がともにパス地方の出身でした。子どものころ薬局で凝乳酵素を買い、牛を手で搾り、祖母やおばたちと生地をこね、薪の調理台へ魚用の浅い型を入れてゆっくり焼いたといいます。乳搾りから温かな一枚を分けるまで、連続した家庭の仕事でした。
一九九九年の郷土研究には、砂糖より蜂蜜を用い、パンを焼いた後の薪窯で焼く型も残っています。蜂蜜で甘みを付け、パンの余熱で焼くことも、乳の菓子を家庭の窯仕事へ組み込む方法でした。
古い「ケサーダ」と、パス地方の名
Quesada はスペイン語の queso、チーズからできた語で、pasiega はパス地方を指します。一四二三年には、チーズを固めたものと粉を合わせた食物が「ケサーダ」と呼ばれていました。古くからある名前ですが、「パシエガ」を伴う現在の地方菓子の誕生を示す年ではありません。
手でほぐす凝乳、残しておく小さな粒
主役となるのは、牛乳を凝固させた新鮮なチーズです。牛乳へ凝乳酵素を加えて固め、乳清を除いて作ります。余分な乳清をよく切る型もあれば、少し残して柔らかな生地にする家庭の型もあります。どちらも、乳をいったん固めたものをほぐし、卵や砂糖と合わせて、焼き菓子へ作り替える工程です。
手で混ぜるときは、指の間でチーズを細かく崩します。粉や卵、砂糖がなじんだ後も、チーズの小さな粒を残す仕立てがあります。滑らかに溶かしたクリームだけで固めるのとは異なる、凝乳の細かな感触が生まれます。
卵を砂糖と溶かしバターに合わせ、別にほぐしたチーズへレモンの皮とシナモンを混ぜてから、一つにまとめる方法もあります。最後に粉を少しずつ加え、生地全体へなじませます。小麦粉は、パンのような膨らみを作る主役というより、乳と卵の生地を一枚へまとめるための材料です。
浅い器で焼き色を付ける
生地は、バターを塗った浅い耐熱の器へ広げます。厚さを2〜3センチほどまでに抑える型があり、焼き上がりがさらに薄い仕立ても見られます。高いケーキではなく、表面の焼き色と、内側に残る乳の柔らかさを一切れで味わう形です。
焼き方には、200度で約30分とするルセット(材料の配合と作り方)も、140度ほどの低温で1時間半以上かける家庭のルセットもあります。生地の水分、器、厚さに応じて火を通し、表面は金色から褐色へ、内側は固まりながらも乾かしすぎないところへ仕上げます。温かいままでも、冷ましてからでも食べられます。
焼いた器をそのまま食卓へ出し、取り分ける食べ方もあります。皮を別に敷かないので、底と縁にも同じ乳の生地が続き、焼けた外側から柔らかな中心へ、きめが緩やかに変わります。
ヨーグルトと、クリーム状の変奏
凝乳の粒を残す一枚に対し、現代のルセットには、フレッシュチーズをヨーグルトに替え、牛乳を加えるもの、小麦粉をコーンスターチに替えるものなどがあります。シナモンを加えない型もあり、乳製品と香りの組合せには幅があります。
よりクリーム状に組み替える型では、柔らかなチーズに生クリームと卵を合わせ、コーンスターチと膨張剤を加えて濾し、丸型で低めの温度で焼きます。ラズベリージャムを添える仕立てもあります。凝乳の粒を残した低い一枚から、より均質で柔らかな生地へ。同じ乳の菓子を、材料と混ぜ方によって作り替える展開です。
用語解説
- 凝乳
- 牛乳などのたんぱく質を固めたもの。
- 凝乳酵素
- 乳のたんぱく質を凝固させ、チーズなどを作るために用いる酵素。
- 乳清
- 乳を固めた際に分離する液体。ホエーともいう。
- パス地方
- カンタブリアのパス川流域などに広がる、牧畜文化をもつ地域。
- ソバオ
- 同地方の、バターと卵を豊かに使う焼き菓子。
- マリア・エレナ
- 2022年の地域料理集に子どものころのケサーダ作りを寄せた語り手。生年と回想の正確な年は資料に記されない。
- コーンスターチ
- トウモロコシのでんぷん。生地やクリームをまとめるために用いる。







