Sweetlore世界のお菓子図鑑(534)

カターイフ
Qatayef
焼く、包む、仕上げる
揚げ菓子 / パレスチナ・レバント・エジプトなど

カターイフ(Qatayef、قطايف)は、片面だけを焼いた丸い生地にナッツやチーズ、クリームなどを詰める、中東の菓子である。レバントやエジプトで親しまれ、とりわけラマダーンの街角には、生地を焼く店や屋台が現れる。2つ折りにした半月形が代表的だが、小さな生地の口を一部だけ開けてクリームを見せるものもある。
パンケーキのように見える皮には、裏と表で別の役割がある。鉄板に接した面には焼き色が付き、上側には気泡の穴が残る。焼いていない上面を内側にして折り、縁をつまんで接合する。両面を同じように焼く菓子とは違い、片面焼きが、後から餡を包む構造に結び付いている。
焼く、包む、仕上げる
生地には小麦粉、水、酵母などを使い、セモリナや牛乳を加えるルセット(材料の配合と作り方)もある。流せる硬さの生地を温めた鉄板へ丸く落とすと、上面に泡が開き、やがて表面が乾く。裏返して焼くのではなく、この段階で取り上げ、乾燥を防ぐため布などで覆う。包むまでに柔らかさを保つことが、皮の扱いに関わる。
ナッツ餡にはクルミやアーモンド、ピスタチオなどを使い、砂糖やシナモンを混ぜる。チーズ餡の場合は、塩気が強ければ水に浸して塩を抜く方法がある。餡は皮の中央に置き、半分に折って縁をしっかり閉じる。閉じた後に油や澄ましバターで揚げるもの、油脂を塗ってオーブンで焼くものがあり、甘いシロップと合わせて仕上げる。
小型のカターイフ・アサフィーリでは、縁を全部閉じず、開いた部分にクリームを詰め、ピスタチオなどを付けるものが知られる。皮を焼いた後の再加熱を省くものもあるため、一般的な半月形の揚げ菓子と同じ工程では説明できない。ここで「そのまま食べる」とは、皮の生地が生であるという意味ではない。
中世の料理書にある名
カターイフの名が確認できる早い文献の1つに、10世紀の料理書編纂者イブン・サイヤール・アルワッラークの『キターブ・アッタビーフ』がある。後世の料理文化の研究では、13世紀のアンダルスとマグリブの料理書にも、発酵した生地と乳を使い、円形のくぼみを持つ釉薬付きの土の鍋で焼く作り方が記されていると紹介される。現在の平らな金属板とは違う道具でも、丸い薄皮を揃えて作ろうとする工程があった。
詩に描かれた、内側に隠れた甘さ
カターイフは中世のアラビア語詩にも登場する。12世紀から13世紀に生きたダマスクスの詩人イブン・ウナインは、クナーファがカターイフへ、自分の甘さは外に見えるのに、お前の魅力は折り畳まれている、と語り掛ける詩を作った。菓子の構造の違いが、そのまま優劣を競う言葉遊びになる。外から餡が見えないカターイフは、詩の中でも、内側に甘さを隠す菓子だった。
1511年のラマダーンには、カイロの歴史家イブン・イヤースが、砂糖の値上がりで高くなった菓子を嘆き、市場監督官へ価格を下げてほしいと詩で訴えている。そこにもカターイフとクナーファの名が並ぶ。こうした料理書や詩に現れる具体的な姿から、甘い詰め物の薄皮が、人々の食卓や楽しみに結び付いていたことが分かる。

『Liber de ferculis』のドイツ語訳写本に伝わる「Chataiff」の項目(15世紀前半、バイエルン州立図書館、Cgm 415、f.4r)。現在の菓子写真ではなく、菓子の名がヨーロッパの料理文献にも伝わったことを示す文字史料である。 元画像/写本書誌/Public Domain。
名前をめぐる言葉と宮廷の伝承
アラビア語料理史を研究するダニエル・ニューマンは、カターイフを、眠る時に体へ掛ける覆いを意味したカティーファ(qaṭīfa、قطيفة)の複数形と説明する。薄い皮で中身を覆う菓子を、布の覆いに重ねる読み方である。一方、エジプトには、柔らかい肌触りをビロードの布になぞらえたという説や、客が菓子を次々に「摘み取った」ことに名を結び付ける話も伝わる。
エジプトの文化省傘下の文化誌が紹介する伝承では、ウマイヤ朝のカリフ、スライマーン・イブン・アブドゥルマリクがヒジュラ暦98年のラマダーンにこの菓子を食べ、大いに気に入ったという。別の筋では、ファーティマ朝の宮廷で料理人が腕を競い、1人がナッツ入りの小さな菓子を美しく盛ったところ、客が互いに取り合うほど好評だったため、摘み取る動作から名が付いたとされる。どちらも後世に語り継がれた由来話であり、特定の宮廷での発明を立証する同時代の記録ではない。柔らかさや包み形、手で取る楽しみを、言葉と王朝の物語へ結び付けた伝承として読むことができる。
家で仕上げる季節の菓子
ラマダーンには、焼いた皮だけを店で買い、家へ持ち帰って好みの餡を詰める習慣がある。製造のすべてを店へ任せるのでも、すべてを家で行うのでもなく、鉄板で次々と皮を焼く職人と、家で餡を用意する人が工程を分け合う。パレスチナのアルビーレの菓子職人への2019年の取材でも、店で作られた丸い皮が、家庭でナッツやチーズを詰め、揚げたり焼いたりするために買われていた。
同じ菓子でも、餡と仕上げに幅がある。シリアには平らなままナッツやシナモン、シロップなどを掛けるシーラートと呼ばれるものがあり、現代にはチョコレートなどを使うものもある。カターイフを1つの餡に固定すると、皮を共有しながら展開するこれらの違いが見えなくなる。
用語解説
- ダニエル・ニューマン
- アラビア語と中世料理史の研究者。料理書の翻訳とルセットの再現を行う。
- カティーファ
- 体へ掛ける覆いなどを表すアラビア語。ニューマンはカターイフの単数形として説明する。
- スライマーン・イブン・アブドゥルマリク
- ウマイヤ朝のカリフ。カターイフを気に入ったという由来話の登場人物。
- ウマイヤ朝
- ダマスクスを中心に支配したイスラーム王朝。
- ファーティマ朝
- 北アフリカからエジプトを支配したイスラーム王朝。カターイフの宮廷伝承に登場する。
- クナーファ
- 細い生地などを使う中東の菓子。中世の詩ではカターイフと対比される。
- イブン・ウナイン
- 1154–1232年に生きたダマスクスの詩人。菓子同士の掛け合いを詩にした。
- イブン・イヤース
- カイロの歴史家。1511年の菓子価格をめぐる訴えを詩に残した。
- ラマダーン
- イスラーム暦の第9月。カターイフは日没後の食卓で親しまれる。
- レバント
- 東地中海沿岸の地域を指す呼称。パレスチナ、レバノン、シリア、ヨルダンなどが含まれる。
- セモリナ
- 粒の粗い小麦の挽き粉。カターイフの生地に加えるものがある。
- カターイフ・アサフィーリ
- 小型のカターイフの一種。口を一部開けてクリームを詰めるものが知られる。
- シーラート
- 平らなまま供するシリアのカターイフの一種として紹介される名称。
- イブン・サイヤール・アルワッラーク
- 10世紀のアラビア語料理書の編纂者。
- キターブ・アッタビーフ
- 「料理の書」を意味する題名。ここではアルワッラークの料理書を指す。
- マグリブ
- 北西アフリカの地域を指す呼称。







