Sweetlore世界のお菓子図鑑(534)

アヌシャブール
Anoush Abour・Anushabur
小麦と干し果実で新年と降誕祭を祝う
デザート / アルメニアの共同体・ディアスポラ

アヌシャブール(Anoush Abour、Anushabur、անուշապուր)は、小麦を水でゆっくり煮て、干し果実や木の実で仕上げるアルメニアの甘い料理だ。アヌシュ(anush)は「甘い」、アプール(apur)は「スープ」を意味する。匙を入れると、やわらかく膨らんだ粒の間を、とろみのある煮汁が満たしている。英語ではクリスマス・プディングとも呼ばれるが、その姿は器からすくって食べる甘い粥に近い。
干し杏やレーズンの甘さ、木の実の歯ざわり、ざくろの酸味を受け止めるのは、小麦そのものの味わいである。新年から降誕祭にかけて作られ、家族や友人に分けられるこの一皿には、豊かな年を迎えたいという願いと、離れて暮らす人びとの故郷の記憶が重なる。
粒を残しながら、とろみを引き出す
材料となるゴルゴド(gorgod)は、米国のアルメニア教会に伝わるルセット(材料の配合と作り方)では、外皮を除いた小麦の粒を指す。小麦粉のように一度に水となじませるのではなく、粒の内部まで時間をかけて水を含ませる。
ミシガン州の聖ヨハネ・アルメニア教会の料理書に収められた作り方では、小麦を短く沸騰させ、一晩置く。翌日に弱火で1時間半から2時間ほど煮ると、粒はやわらかくなり、煮汁にもとろみが生まれる。砂糖を加えるのはその後だ。白い粒が残る粥状の土台に、干し果実と木の実を加えて仕上げる。
新年のアヌシャブールの作り方には、煮た小麦の鍋を毛布に包んで一晩置き、粒を大きく膨らませるものもある。翌日に少量の小麦粉、砂糖、レーズン、木の実、ローズウォーターなどを加えて再び煮る。器へ移してシナモンを散らすこの作り方は、イスタンブールやギュムリの祝祭食に触れたアルメニアの方言研究にも記録されている。
煮る時間と休ませる時間の組合せには、家庭の違いがある。アルメニア系米国人キャサリン・ガリアーノが祖母から受け継いだ作り方では、初めに1時間煮てから5、6時間、あるいは一晩休ませる。翌朝には干し果実と砂糖を一緒に加えて煮詰め、最後にローズウォーターを混ぜる。仕上げの砕いたくるみとシナモンは、淡い粥の上に香りを重ねる。
白く仕上げる家、蜂蜜で甘くする土地
果実を加える時機は、見た目にも影響する。先の教会料理書の方法では、干し果実やピスタチオ、松の実を別鍋で煮て、汁を切り、冷ましてから小麦に混ぜる。果実の色が小麦へ移るのを抑え、真珠のような白さを残すための工夫だ。冷めるにつれて濃くなるので、必要に応じて糖液でのばす。
パルー地方に伝わるアヌシャブールには、別の甘さがある。1932年刊の同地方の生活誌をもとにした食文化記録では、外皮を除いた小麦にくるみ、アーモンド、レーズンを合わせ、蜂蜜で甘くする。蜂蜜に代えて、濃縮したぶどう果汁や、木の葉に付く甘い物質を集めたマンナを使うこともあった。小麦には、現在よく見られる砂糖と干し杏の組合せだけでなく、土地で得られる甘味も合わせてきたのである。
ロンドンのアルメニア文化団体が2020年の新年料理会に向けて公開したシルヴァ・ケオンジアンの作り方には、小麦粒のほか、精白した大麦(パール・バーリー)を使う選択もある。干し果実と木の実の種類や甘さも、作る人が選ぶ。この場合も穀粒を前日に煮て休ませ、翌日に果実を合わせる。
木の実を煮込むか、上から散らすかでも一口の印象は変わる。煮汁となじんだ実はやわらかく、食べる直前に添えた実には歯ざわりがある。さらに生のざくろを飾ると、淡い小麦に赤い粒が映え、干し果実とは異なるみずみずしさが加わる。
元日から降誕祭へ続く食卓
アヌシャブールの季節は、新年とアルメニアの降誕祭にまたがる。ガリアーノ家では、12月24日の家族の集まりとは別に、1月6日にアルメニアのクリスマスを祝う。大晦日からその1週間にアヌシャブールを作り、朝食にも食べるという。特別な日の甘味は、翌朝の食卓へも続いている。
1月6日は、キリストの誕生と洗礼を合わせて祝うアルメニア使徒教会の祭日だ。一方、エルサレムとベツレヘムのアルメニア共同体は旧暦に従い、現在の一般的な暦では1月18日の前夜祭から19日に降誕祭を迎える。ベツレヘム市のクリスマス冊子も、この小麦菓子をアルメニア共同体が故郷の祝祭を思い出す料理として紹介している。小麦には繁栄、甘く香る味には1年の幸福を託し、大切な人と分け合う。
イスタンブール出身のアルメニア人たちにとっては、大晦日の食後に並べる甘味でもある。シカゴのクナジアン家に伝わる語りでは、洪水を生き延びたノアの一行が、残った穀物や干し果実、木の実を持ち寄って一鍋にしたという。ざくろや杏、アーモンドの彩りには、洪水の後の虹を重ねる。この家では大晦日に作る一皿に、生き延びたことへの感謝を込める。
移住先で故郷の料理を作るディアスポラの営みは、年末年始だけに限らない。ペンシルヴェニア州の聖三位一体アルメニア教会は、2019年6月の「子ども時代のアルメニア料理を思い出す」集まりにアヌシャブールを用意するよう呼びかけた。日曜の典礼後、先人の料理を若い世代と味わう会である。年を改める一皿は、世代をつなぐ共通の味にもなる。
隣り合う穀物菓子
トルコのアシュレも、小麦、干し果実、木の実を一鍋にし、ノアの物語と結び付く甘味だ。アシュレがイスラム暦のムハッラム月の行事と深く関わるのに対し、アヌシャブールでは新年と降誕祭の食卓が大きな位置を占める。似た材料を使う甘味が、それぞれの共同体の暦に沿って作られ、分けられている。
用語解説
- ゴルゴド(gorgod)
- 小麦の加工穀粒。ここで扱う教会の作り方では外皮を除いた小麦を指す。
- アヌシュ(anush)
- アルメニア語で「甘い」を表す語。
- アプール(apur)
- アルメニア語で「スープ」を表す語。菓子名の後半を構成する。
- ルセット
- 材料の配合と作り方を記したもの。
- ディアスポラ
- 故郷を離れ、各地で暮らす人びとやその共同体。
- パール・バーリー
- 外皮を除いて磨いた大麦の粒。2020年に英国で公開されたアヌシャブールの一配合に使う。
- ノア
- 洪水の後に残った穀物などを皆で集めたという、本文に登場する伝承上の人物。
- キリスト
- アルメニア使徒教会では1月6日に誕生と洗礼を合わせて祝う。
- シルヴァ・ケオンジアン
- ロンドンのアルメニア文化団体の公開資料で、精白した大麦か小麦粒を使う新年のアヌシャブールの作り方を紹介した人。
- キャサリン・ガリアーノ
- 祖母のアヌシャブールの作り方と自家の祝祭習慣を公開したアルメニア系米国人。
- クナジアン家
- シカゴの家族。大晦日のアヌシャブールとノアの伝承を、マドレン・クナジアンが伝えている。
- マンナ
- 木の葉などに生じる甘い物質の総称。パルーの記録では蜂蜜に代わる甘味料として挙げられる。







