Sweetlore世界のお菓子図鑑(534)

メルス
Mersu・Mirsu
デーツ、油脂、香辛料を合わせた古代メソポタミアの菓子
砂糖菓子 / 古代メソポタミア・マリ(現在のシリア)など

メルス(Mersu/Mirsu/Mirisu)は、古代メソポタミアで作られた菓子です。デーツや油脂を使う食べ物として、粘土板に刻まれた納入書や供物の記録に現れます。現在のシリアにあった都市マリでは、デーツとナッツが王の食事のために集められ、メルスを作る人々には専用の呼び名もありました。
甘い果実と粉、油脂を合わせる菓子の仲間ですが、時代や用途によって材料は変わります。王宮の料理、神殿の供物、薬を飲んだ後の食べ物まで、この名はさまざまな場所に残りました。完全なルセット(材料の配合と作り方)は伝わっていません。けれども、何を使い、誰が作り、どこへ運んだかをたどると、古代の菓子づくりの仕事が見えてきます。

マリ王宮第106中庭の「王権授与」壁画。中央に王とイシュタル、周囲にヤシや、水の湧く器を持つ神々を描きます。前2千年紀初め、修復済み。ルーヴル美術館蔵(AO 19826)。写真:Marie-Lan Nguyen/Public Domain/原図、追加加工なし。
王の食事へ届くデーツとピスタチオ
前18世紀のマリは、ユーフラテス川中流域の都市でした。王ジムリ・リムの宮廷に関わる文書には、メルス用のデーツとピスタチオを受領した記録があります。『マリ王宮文書』第XI巻13番、ARM XI 13として刊行されたものです。
ジャン・ボテロの訳をもとにした英訳紹介では、その量はデーツ120リットル、ピスタチオ10リットルと示されています。用途は王の食事です。日付はキスキッス月14日、ジムリ・リムがアシュラッカを攻略した年の翌年と記されています。月日と王の事績で年を示す記録の形が、菓子の材料とともに残っています。
この数字は受領量を現代の容量へ換算したものです。出来上がる菓子の個数や、1回分の配合比は書かれていません。デーツとピスタチオの組み合わせは、王の食事を準備するための1つの具体例です。
粉、油脂、香辛料を混ぜる菓子
アッカド語のメルスには、ミルス、ミリスなどの語形があります。シュメール語の表記にはNINDA.I.DE.Aが用いられます。NINDAはパンなど穀物を使う食べ物に関わる語で、この菓子も古代のパンの広い仲間に位置づけられました。
メルスの名は、液体へ混ぜ入れる動作を表すmarāsuという語と結びつけて説明されています。粉と油脂の組み合わせに、デーツなどの甘い材料を加える作り方がありました。マリとは異なる時代の記録には、精製した油とバター、デーツと油をメルス用に用意する例が見えます。
香りも甘い果実だけではありません。マリの材料記録には、クミンの類やコリアンダーなどがメルス用として記されています。後代の祭儀の記述では、蜂蜜やギーを添えるメルスも登場します。ギーは乳の脂肪分を取り出した油脂です。香辛料、果実、油脂の組み合わせは、今日の果実入りのケーキを連想させますが、ふくらんだスポンジ状の菓子だったかどうかは分かっていません。

材料支給、神々への供物、医療に関わる食事、籠の数量。メルスの名が現れる文脈をまとめた、出典付きの自社読解図です。原文献の画像ではありません。出典:シカゴ・アッシリア語辞典CAD M/2(1977)pp.108–109。図:Sweetlore。
メルスを作る人と、大きな器
マリでは、メルスを作る料理人を指すシャ・メルシ(ša mersi)という呼称が記録されています。宮廷の食事を支える仕事の中で、メルスづくりが名を持つ役割になっていたのです。
作り手に支給された器もあります。ナンビールと呼ばれる器で、40シラ、30シラ、5シラという容量の違うものが挙げられています。シラは古代メソポタミアの容量単位です。これらは材料を合わせたり加熱したりする器だった可能性があると考えられています。

マリのメルスの作り手へ支給されたナンビール容器の容量。棒の長さは40・30・5シラの比率を表します。出典:Elizabeth Rosemary Ellison, 博士論文(1978)vol.1, p.127。図:Sweetlore(出典付き読解図)。
マリの王の食事を集計した記録では、メルスは大量の食物を用意する時にも現れます。日々の食卓だけでなく、人々を集める大きな食事を準備する仕事にも関わっていました。材料の受領、器の支給、作り手の呼称が、それぞれ王宮の文書に残っています。

マリ王宮77室から出土したテラコッタ製の食品型。ヤギと、牛を襲うライオンを表す。ルーヴル美術館蔵AO 18902、前18世紀。メルス専用と確認された型ではありません。 写真:Marie-Lan Nguyen / パブリックドメイン / 原図、改変なし。
王宮の前から続く、供物としての歴史
メルスに結びつく食べ物は、マリより古い前3千年紀末の記録にも現れます。ウル第三王朝時代のウルでは、NINDA.I.DE.Aが神殿の門への供物に数えられ、粉とギーを使う品として記されています。甘い果実を中心にしたマリの受領書からだけでは見えない、穀物と油脂の菓子の姿です。

前2600年頃の「ウルのスタンダード」平和面。上段に杯を持つ人々と楽人、中・下段に家畜や品物を運ぶ人々が見えます。ウル王墓PG779出土、大英博物館蔵(ME 121201)。メルス供物の記録があるウル第三王朝より古い宴席図像です。写真:Geni/歪み補正・トリミング:LeastCommonAncestor/CC BY-SA 3.0/原図、追加加工なし。
後代にもメルスは供物として使われました。古代の祭儀文書には、メルスと蜂蜜、ギーを供物台へ置く場面があり、古バビロニア時代からさらに下った時代まで、この名をたどれます。王の食事用と神々への供物用が、メルスの長い歴史の中に共存しています。
前1750年頃のニップルの供物一覧では、粉に加え、デーツ、ギー、クリーム、干しぶどう、りんご、いちじくが、メルス用として挙げられます。デーツは一般のものと、現在のバーレーンに当たるディルムンのものが書き分けられています。供える器は、黄金の皿1枚と通常の皿2枚です。果実の種類と産地、乳の油脂、供物を盛る器まで、マリとは異なる1つの取り合わせが伝わります。

ニップル出土の「宴席場面の石板」、前2700–2500年頃。杯を持って座る人物を石膏アラバスターに刻みます。上記のメルス供物一覧より約750–950年古い、同じ都市の別時代の図像です。メトロポリタン美術館蔵(59.41.10)。写真:The Metropolitan Museum of Art/Public Domain・原図、改変なし。
語彙文書には、ニップルのメルス、フルサグカランマのメルスといった都市名を伴う呼び方もあります。別の後代の記録には、デーツやエンマー小麦を「英雄のメルス」のために用いる例が残ります。小麦や果実、油脂に関わる記録にも、都市名を伴う呼び名にも、同じ名で呼ばれた食べ物の幅が表れています。これらの都市名を伴う呼称が、どのような配合の違いを表すかは分かっていません。


メルスの語義と用例をまとめる現代の学術辞書追補eSAD M、pp.46–47(2025年3月27日更新)。46頁にニップル、フルサグカランマなどの呼称、47頁にデーツやエンマー小麦を「英雄のメルス」に用いる記録が見えます。帰属:Supplement to the Akkadian Dictionaries project/ライプツィヒ大学。原PDF/CC BY-SA 3.0。該当部分をトリミング。
10籠の菓子と、薬の後の一口
メルスは、数量や容器とともに記録される食べ物でもありました。古バビロニア時代のシッパルの文書には、10籠のメルスが挙げられ、「白いメルス」という表現もあります。デーツの濃い褐色だけを、この菓子全体の色として想像することはできません。
医学文書には、薬を飲んだ後にバターと一緒に食べるメルスも見えます。祭儀の供物にも治療に関わる食事にも用いられたことから、古代の食べ物が今日のデザートと同じ区分には収まらないことが分かります。
前3千年紀末にも名をたどれるメルスは、古い時代の記録が残る菓子の1つです。発明された時点や完全な調理手順が記されていないため、「世界最古のお菓子」や、現存最古の完全な菓子のルセットとまでは確定できません。
現代の台所で作るメルス
今日の復元には、デーツとナッツを合わせて丸めるものも、小麦の生地で包んで焼くものもあります。2018年のBiblical Archaeology Reviewの試作は、煮たデーツにピスタチオを混ぜ、小麦粉、バター、乳の生地で包んでオーブンで焼く変奏です。
古代の文書が伝える材料を出発点にしながら、成形や加熱の手順は現代の作り手が補っています。
用語解説
- マリ
- ユーフラテス川中流域にあった古代都市。現在のシリアに位置し、王宮から多数の文書が出土しました。
- ジムリ・リム
- 前18世紀のマリ王。メルス用の材料を記した文書が、その治世に属します。
- ジャン・ボテロ
- 古代メソポタミアの食文化や文書を研究したアッシリア学者。
- アッカド語
- 古代メソポタミアで用いられ、楔形文字で記された言語。
- NINDA.I.DE.A
- 古代の文書でメルスに対応させられるシュメール語表記。
- ギー
- 乳から分離した脂肪を中心とする油脂。
- シャ・メルシ(ša mersi)
- マリの文書に現れる、メルスを作る料理人の呼称。
- ナンビール
- マリでメルスの作り手へ支給された器の呼び名。
- シラ
- 古代メソポタミアで用いられた容量単位。
- ニップル
- 古代メソポタミアの都市。都市名を伴うメルスの呼び方が語彙文書に残ります。
- フルサグカランマ
- 古代メソポタミアの地名。語彙文書でメルスに関わる表現に現れます。
- エンマー小麦
- 古くから西アジアなどで栽培された小麦の一種。
- ルセット
- 材料の配合と作り方。







