Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

マカロン
Macaron
二枚合わせのパリ型と、地方に残る一枚の形
砂糖菓子 / フランス

アーモンド、糖、卵白という三つの材料から、割れた一枚も、滑らかな二枚のサンドも生まれます。マカロンはフランスの広い焼き菓子名です。今日のパリ型ではガナッシュやクリームを挟みますが、地方には紙に付けて売る一枚焼きや、輪形もあります。殻の薄さだけでなく、木の実の挽き方、水分、泡をどこまで混ぜるかが、形を作り分けます。
パリ型は、泡を残すだけではできない
アーモンド粉と粉糖をメレンゲへ合わせ、同じ大きさの円へ絞って焼きます。滑らかな上面と、底の周囲のひだ、ピエが目印です。平らな面を内へ向けて二枚を合わせるので、殻の寸法をそろえます。
混合のマカロナージュでは、泡を全くつぶさず残すのでなく、絞った先端が生地へ戻る流動性を作ります。つやが出て、上から落とす帯がなじむ状態まで混ぜるのが、キングアーサー製菓学校のルセット(材料の配合と作り方)です。硬すぎれば尖った絞り跡が残ります。
生の卵白と糖を泡立てるフレンチ法、熱い糖液を卵白へ注ぐイタリアン法では、糖を入れる順と泡の作り方が違います。同校には両方のルセットがあります。アーモンド粉と粉糖を同量に混ぜるものは、タン・プール・タンと呼ばれます。これは二つの粉の関係を表す語で、生地全体を半分ずつにする意味ではありません。卵白と糖液も加わるため、全てのマカロンが同じ配合になるわけではないのです。
焼く前は乾かし、挟んだ後はなじませる
絞った後は、表面が指に付かなくなるまで乾かします。同校の型では30分以上が目安です。湿度次第で2時間以上になる場合もあり、目的は表面の皮膜を作ることです。焼いた殻は完全に冷ましてから、ガナッシュ、バタークリーム、ジャムなどを挟みます。殻へ色、フィリングへ酸味や苦みを配する仕立てもあります。
組立後には、冷蔵で24〜48時間なじませる工程を設けます。殻が少し柔らかくなり、中身と味がなじむ時間です。同じ「休ませる」でも、焼く前の乾燥とは逆に、食べる状態へ層をなじませる仕事になります。
麺と菓子をまたいだ言葉
フランス語 macaron は、南イタリア語 maccarone を意味を変えて借り、16世紀にはアーモンドの小さな丸い菓子を表しました。アカデミー・フランセーズの定義にも、アーモンド、卵白、糖で作る、表面に軽い割れ目のある丸や楕円が残っています。
言語学者ダン・ジュラフスキーは、同系語が粉の麺とアーモンドの菓子の両方に使われた経緯を説明します。さらに古い語源には、アラビア語の菓子名、ギリシア語の葬礼の粥、イタリア方言の「砕く」などが競合し、合意した一説はありません。マカロニに近い言葉でも、今の二枚型が麺から直接生まれたという筋ではありません。
花の水を卵白へ替える、古い粉砕の工夫
ジュラフスキーが対照する17世紀イングランドのルセットは、アーモンドを薔薇水ですり、糖、卵白、麝香を加え、オブラートに焼いて、冷めた炉で再び乾かします。1651年のラ・ヴァレンヌは、花の水でなく卵白でアーモンドを潤しました。すりつぶす水分と香りを、何で与えるかの違いです。
カレームの1815年の料理書にはヘーゼルナッツの型もあります。煎って皮を取り、冷まして卵白ですり、糖と合わせ、小さな試し焼きで広がりと炉の熱を確かめます。濡れた手で丸めて紙へ置くほか、オリーブ形やピスタチオを刺す飾りもあります。現代と同じ工程ではなくても、粉砕、水分、流動性、焼成を調整する仕事は、華やかな二枚型の前にもありました。
二枚型と、パリの店の歴史
フランス農業省は1830年代に中身を二枚で挟む型が現れたとします。一方、ラデュレは創業者の親族ピエール・デフォンテーヌへ、自店の二枚合わせの発想を帰します。二枚型にはマカロン・パリジャン、マカロン・ジェルベという呼び名もあり、一軒の店のルセットより広い歴史を持ちます。
さらに1533年、カトリーヌ・ド・メディシスが後のアンリ2世と結婚したとき、イタリアの職人がアーモンド、卵白、糖のルセットを伝えた、という王妃の物語もあります。婚姻の人物と年は具体的でも、その献立や職人の同時代記録が示された移入史ではなく、フランス各地の一枚と19世紀のサンドは、それぞれ異なる来歴を持っています。
一枚ごとに違う、地方のマカロン
ナンシーの一枚は、自然な焼き色と割れた上面を持ちます。革命後に修道院を離れたマリー=エリザベート・モルロとマルグリット・ガイヨが販売し、「スール・マカロン」と呼ばれました。フランス農業省は1793年からの販売とし、店は今も紙付きの一ダースを売ります。
サン=テミリオンのナディア・フェルミジェも、黄金色で割れた菓子を紙に付けて売り、ウルスラ会の修道女のルセットを継ぐと伝えます。修道女ブタンが特においしいルセットを持ったという町の話もありますが、原配合の記録が示された発明史ではありません。アミアンのジャン・トロニューの型は、アーモンド、糖、卵、蜂蜜を使う、厚く柔らかな一個です。サンドの殻とフィリングだけでは、この三都市の菓子を説明できません。
コルムリーでは中央に穴を開けた輪となり、穴を修道士のへそへ見立てる伝説があります。修道院を語る物語と、輪形の成立時期を示す記録も別です。
サン=ジャン=ド=リュズの、飾らない一枚
バスク地方のメゾン・アダムでは、バレンシア産のアーモンド、卵白、糖を合わせ、一枚で焼き上げます。軽く色づいた表面に柔らかな中心を残し、着色した二枚の間へ別の味を挟むパリ型とは違って、木の実の生地そのものが一個の菓子です。
店に伝わる由来は、1660年、サン=ジャン=ド=リュズでのルイ14世とスペイン王女マリー=テレーズの婚礼です。アダム家の先祖が菓子を宮廷へ届け、王母アンヌ・ドートリッシュがその繊細さを気に入ったといいます。市の婚礼と結び付いた家の伝承として、今の一枚にも王家の物語が添えられています。
このマカロンは「パレ・ガベア」、バスク語で「比類のないもの」とも呼ばれました。かつての店では白ワインとともに出され、ロシアからの亡命者、芸術家、ブルターニュの漁師たちも集まったと家は伝えます。金属缶や箱で贈る今日の姿の前には、人が腰を下ろして飲む店の菓子でもありました。
小型、厚い中身、日本の香り
スイスのシュプリングリーは、小型サンドのルクセンブルゲルリを作ります。同社は1950年代、ルクセンブルク出身の若い職人がルセットを持ち込んだとし、クリームやガナッシュを展開しています。日本でピエール・エルメ・パリが販売した限定型は、玉露、柚子、山椒、生姜を中身の香りへ使いました。
韓国のトゥンカロンは厚いクリームを挟み、餅やサツマイモの味の店もあります。殻を小さくする、詰め物を厚くする、香りの素材を替える。同じ二枚の間にも、寸法、量、風味という別の変化が重なっています。
用語解説
- ダン・ジュラフスキー
- 言語学者。食べ物の名前と料理史の史料を対照した解説を著す。 ラ・ヴァレンヌ:17世紀フランスの料理書著者。1651年刊『フランスの料理人』にもマカロンルセットを収める。 オブラート/麝香:前者は菓子の下敷きにも使う薄い食用のシート、後者は古いルセットに使われた芳香物。
- カレーム
- 十九世紀のフランスの料理人・菓子職人。ナッツのマカロンのルセットも著す。
- ピエール・デフォンテーヌ
- ラデュレが、自家の二枚合わせマカロンの由来に挙げる人物。
- コルムリー
- フランスのトゥーレーヌ地方にある町。穴あきの輪形のマカロンで知られる。
- マカロナージュ
- 粉類とメレンゲを合わせ、絞りに適した流動性へ調整する工程。
- タン・プール・タン
- ここでは粉糖とアーモンド粉の同量混合物。卵白などを含む生地全体の比率とは異なる。
- ルイ14世/マリー=テレーズ/アンヌ・ドートリッシュ
- 1660年の婚礼をめぐるアダム家の伝承に登場する、フランス王、妃、王母。
- メゾン・アダム
- サン=ジャン=ド=リュズの製菓店。一枚焼きのマカロンを看板とする。
- アンリ2世
- カトリーヌ・ド・メディシスの夫でフランス王。1533年の婚礼をめぐる移入伝承に登場する。
- シュプリングリー
- スイスの製菓店。小型のルクセンブルゲルリを販売する。
- ピエ
- フランス語で「足」。パリ型の殻の底周囲にできるひだ状の部分。
- フレンチ/イタリアン・メレンゲ
- 前者は卵白と糖を泡立て、後者は熱い糖液を卵白へ注いで泡立てる型。
- ガナッシュ
- チョコレートとクリームなどを合わせて乳化させたクリーム。
- マリー=エリザベート・モルロ/マルグリット・ガイヨ
- 革命後のナンシーでマカロンを販売した修道女。「スール・マカロン」と呼ばれた。
- ナディア・フェルミジェ
- サン=テミリオンのマカロン製作者。修道女由来と伝えるルセットを引き継いでいる。
- ジャン・トロニュー
- アミアンで1872年から続く製菓店の名。蜂蜜を用いる当地のマカロンを販売する。
- カトリーヌ・ド・メディシス
- 16世紀のフランス王妃。イタリアからのマカロン移入伝承に登場する。
- トゥンカロン
- 韓国語の「太い」とマカロンを結び付けた呼び名。厚いフィリングを挟む二枚型。
- ルクセンブルゲルリ
- スイスのシュプリングリーによる小型の二枚合わせマカロンの商品名。







