伏見の水と酒造り。地下水の水質、米の吸水、川と治水の役割

伏見が酒どころになった条件の一つは、桃山丘陵のふもとで地下水を得られることです。酒造りには仕込み水だけでなく、米を洗い、吸水させ、器具を洗う水も要ります。量を確保できることに加え、水に溶けた成分が発酵や米の溶け方に関わるため、水質も酒蔵にとって重要です。
御香宮神社の御香水は、この土地の地下水を知る場所です。古い社伝には湧水の由緒があり、現在の水は復元後の井戸からくみ上げられています。街の西南には船運に使われた水路もあります。地下水と川は、醸造と輸送をそれぞれ支えました。
御香水は1982年に復元された
御香宮の社伝は、862年に境内から香りのよい水が湧き、飲んだ人の病が癒えたため、清和天皇から「御香宮」の名を賜ったと伝えます。香りや病の治癒は信仰の由緒に属する話で、現在の水質や医学的な効能を示すものではありません。[16]
その水は明治以降に涸れ、1982年に復元されました。神社の説明によると、現在は地下150メートルからくみ上げており、水温は年間を通して17度前後です。1985年には環境庁の名水百選に選ばれました。[16・26]
環境省は御香宮周辺を、桃山丘陵から西南へ流れる地下水に恵まれた場所と説明しています。採水時の扱いは神社の現地案内に従ってください。[26]

「中硬水」は水に含まれる何を表すのか
水の硬度は、主にカルシウムとマグネシウムの濃度から算出する値です。伏見酒造組合は、地域の酒造用水をカリウムやカルシウムなどを含む中硬水と紹介しています。一方、硬度は水に含まれる全成分を表す指標ではありません。カリウムなど、硬度の計算に含まれない成分もあります。[18・28]
酒造用水に溶けた無機成分は、微生物の生育や酵素反応を促したり抑えたりします。酒類総合研究所が2024年に公表した小仕込み試験では、硬度が同程度の水でも、できた酒の成分や醸造中の変化が同じにはなりませんでした。井戸の深さや地層によって水質も異なるため、「伏見の水は中硬水だから、この味になる」と硬度だけで結論を出すことはできません。[28]
この研究の対象は各地の酒造用水です。伏見の個々の井戸の成分を知るには、それぞれの水質分析が必要になります。
米に吸わせる水の量も、仕込みの条件になる
米は、洗って表面の糠を落としたあと、水に浸して吸水させます。浸す時間は、米の品種、作柄、硬さ、精米の程度によって変わります。よく磨いた米は吸水が速いため、秒単位で時間を調整する場合もあります。水は単に米をぬらすのではなく、次に蒸し上げる米の状態を整えるために使われます。[10]
米を蒸すと、デンプンが麹の酵素によって分解されやすい状態に変わります。蒸米の一部は麹造りへ、残りはもろみの仕込みへ使われます。仕込みでは、麹の酵素が米のデンプンを糖に変え、酵母がその糖からアルコールを造ります。水質だけでなく、吸水、蒸し、麹、酵母、発酵温度までが酒造りの条件です。[10・29]
伏見酒造組合には「一升の酒に八升の水」という説明があります。これは、製品になる酒の量より多くの水が製造に必要だという目安です。洗米や洗浄にも使うことを考えると、酒蔵に豊富な水が必要な理由が分かります。[18]
巨椋池と宇治川は、工事によって関係を変えた
伏見の南には、かつて広い巨椋池がありました。京都府の地形解説によると、三川が集まる一方で下流の山崎付近は狭く、水が排出されにくい条件のもとにできた浅い池です。秀吉の時代には、水運や交通、治水のために宇治川を伏見側へ迂回させる工事が行われました。[56]
さらに1900〜1903年の淀川改修で川との関係が変わり、池の水質が悪化したと説明されています。1933〜1941年の干拓で水面は農地となりました。水を利用できることと、水を滞らせず排出できることは、どちらもこの低地で暮らすための条件でした。[55・56]
干拓地の農業は、土地から水を抜く施設の維持とともに成り立っています。農林水産省の2019年の事例集は、巨椋池の排水機場と排水路の改修によって、農地とともに住宅地・道路・公共施設の浸水被害を軽減したことを紹介しています。もとが池だった土地では、農業と暮らしの両方が排水の設備に支えられています。[64]
酒蔵の事務所や閘門にも、水害への備えがある
南浜町の伏見夢百衆は、1919年に完成した月桂冠の旧本店です。宇治川の氾濫に備えて道路より約1メートル高く造られ、入口の石段や石囲いにその構造が残ります。川に近い立地の利便性と、浸水への備えが一つの建物に表れています。[7]
1929年に造られた三栖閘門も、治水と交通の両立に関わります。宇治川の堤防工事で船の通行が妨げられるため、二つのゲートの間の水位を調整して船を通す設備が設けられました。近代の伏見では、運河、インクライン、鉄道との違いを説明しています。[32・36]
酒造りの地下水と、船が通った水路は用途が違う
御香宮から西へ大手筋を進み、南へ向かうと酒蔵街と濠川周辺の水辺に出ます。地下からくみ上げて醸造に使う水と、船で人や荷物を運ぶための水路は、伏見の産業を別の面から支えてきました。

月の桂の発泡性にごり酒と月桂冠の技術では醸造工程を、江戸の港町では水運と商業の発達を詳しく説明しています。
参考資料
- 御香宮神社・由緒
- 環境省・御香水
- 伏見酒造組合・水
- 酒類総合研究所・エヌリブ47号「水と清酒」
- 月桂冠・米から酒へ
- 農林水産省・おいしい日本酒は、おいしいお米から
- 京都府レッドデータブック2015 巨椋池
- 豊かな暮らしを支える巨椋池干拓地
- 伏見観光協会・伏見夢百衆
- 国土交通省淀川河川事務所・三栖閘門の歩み
- 国土交通省・三栖閘門 施設紹介
- 農林水産省・活力あふれる農村地域の発展事例から学ぶvol.6「巨椋池」
- 都名所図会(国文学研究資料館鵜飼文庫・1786年刊本)
アイキャッチ図版:パレード伏見洋菓子店。


