伏見の酒造業と造り方。産地の盛衰、月の桂のにごり酒、月桂冠の技術
伏見は豊富な水を得られる酒の産地ですが、水があればいつの時代も繁栄したわけではありません。酒造の統制、販売先、輸送の条件によって産業の規模は変わり、近代以降には製法の研究も進みました。
同じ伏見の日本酒でも、泡を残す酒、長く熟成させる酒、一年を通して造る酒では、製造で管理することが違います。増田德兵衞商店「月の桂」の発泡性にごり酒と、月桂冠の四季醸造・融米造りを例に、米が酒になる仕組みと、それぞれの技術が何を変えたのかを見ていきます。
江戸時代には酒造家が減り、近代の鉄道が市場を広げた
伏見の酒造業は、秀吉と家康の城下町や、その後の港町の発展とともに基礎を築きました。京都市の歴史解説によると、酒造株の制度ができた1657年には83軒の酒造家がありました。しかし、幕府の酒造制限もあって幕末には苦境に陥ります。[4]
京都市の文化遺産調査は、1833年の酒造家を27軒とし、京都市中での販売権や、江戸向けの輸送で後れを取ったことを衰退の要因に挙げています。港があることと、遠くの大消費地へ有利に売れることは同じではありません。水を得やすい土地であっても、販売や流通の条件が産業を左右しました。[46]
1868年の戦災後、1889年に東海道本線が全通すると東京市場への進出が進みました。京都市は、1908年に陸軍第16師団が置かれる頃には生産も増加したと説明しています。江戸期から近代へ続く伏見の酒は、同じ需要、同じ輸送手段のまま造られてきたものではありません。[4]
仕込む道具、容器を作る道具、出荷の道具が残る
酒造りの仕事は、もろみを発酵させる工程だけではありません。月桂冠が所蔵する文化財「伏見の酒造用具」には、米を蒸すなどの醸造用具に加え、桶・樽を作る道具や出荷用具が含まれます。原料を扱い、容器を準備し、できた酒を送り出すまでを、一つの産業として担っていました。[39]
現在の大倉記念館は1909年の酒蔵を改装した史料館で、木桶や酒樽、櫂などを展示しています。酒蔵街の見どころでは、甑や小さな手桶がどの工程に使われたかも紹介しています。ここからは、米が酒になる仕組みと、後に開発された醸造法の違いを見ていきます。[37・38]
米を糖に変える麹と、糖をアルコールに変える酵母
日本酒造りで働く麹菌と酵母は、別の微生物です。麹菌を蒸米に育てた米麹は、デンプンを糖に分解する酵素を供給します。その糖を使ってアルコールを造るのが酵母です。米に酵母を加えるだけでは、デンプンを十分に利用できません。[29]
酵母を増やした酒母に、蒸米、麹、水を加えて仕込んだものが「もろみ」です。その中で、糖を造る糖化とアルコール発酵が同時に進むことを「並行複発酵」と呼びます。発酵後にもろみを搾ると、酒と酒粕に分かれます。[29]
精米も、その前段にある重要な仕事です。米の外側にはタンパク質や脂肪などが比較的多く、削る程度が香味に関わります。「精米歩合60%」は60%を削った意味ではなく、玄米の重さの60%が白米として残っているという表示です。よく磨いた米ほど吸水が速くなるため、洗米・浸漬にも細かな調整が必要になります。[10]
月の桂のにごり酒は、瓶の中の発酵で泡が生まれる
1675年創業の増田德兵衞商店は、厳冬期の仕込みと手造りを重視する蔵です。蔵の沿革によると、十三代目が1964年に発泡性のあるにごり酒を開発し、翌1965年には磁器の甕で純米大吟醸の長期熟成を始めました。[8・23]
現在のにごり酒の商品説明では、泡は瓶内二次発酵によって生まれるとされています。瓶に入れたあとも発酵が進み、そこで生じた二酸化炭素が発泡になります。にごり酒は、もろみを目の粗い布やふるいでこした酒です。にごりが残る搾り方と、この商品の泡を生む瓶内発酵は、別の工程に関わります。[23・29・35]
月の桂はこの商品について、甘すぎないドライな味わいを目指すと説明しています。購入時は発泡の有無に加えて保存温度と開栓方法を確認する必要があります。甕で熟成させる古酒は、瓶内発酵の泡を楽しむにごり酒とは別の製法で、貯蔵時間と容器によって酒を熟成させる取り組みです。[23]
月桂冠の四季醸造は、冬以外にも仕込める環境を造った
月桂冠は1961年に、年間を通して酒を造る四季醸造システムを完成させました。米を蒸す、麹を造る、もろみを搾るといった作業の機械化・連続化に、温度、湿度、微生物の管理を組み合わせ、一年を通して醸造するための生産設備です。[9]
季節の気温に左右される条件を蔵の内部で管理すれば、冬以外にも同じ工程を組めます。月桂冠は、この仕組みが杜氏や蔵人の後継者不足への対応にもなり、日本と気候の異なる米国での酒造りにも応用されたと説明しています。酒造りに必要な環境を設備で再現することで、仕込みの季節と場所を広げた技術です。[9]
融米造りは、もろみを均一にして測定しやすくする
月桂冠が開発した「融米造り」は、米のデンプンを酵素で液状化してから仕込む醸造法です。発酵の初めからもろみを均一にかき混ぜやすくなり、成分や温度を連続して測定し、発酵の状態を管理できるようになりました。同社は1980年頃に研究を始め、1984年に学会で成果を発表しています。[9]
米が粒の状態で残るもろみを扱う方法から、攪拌と測定を行いやすい仕込みへと工程を組み直しています。制御には熟練者の判断も取り入れ、酵母の生育に合わせて調整します。四季醸造が「いつ造れるか」を変えたのに対し、融米造りは「どのように仕込み、発酵を管理するか」に関わる技術です。[9]
銘柄と製法を分けると、商品を比べやすい
購入時に確認できるのは、個々の商品の製法、精米歩合、アルコール分、保存条件などです。蔵全体の技術史は背景として読み、瓶内発酵や長期熟成といった商品の説明と照らし合わせると、具体的な違いを比べられます。酒を比較して買える場所は大手筋・納屋町・竜馬通りの買い物案内、水と発酵の関係は伏見の水にまとめています。
参考資料
- 京都市・京の名水
- 京都市・京都の文化遺産総合調査報告書 第4章
- 京都市・指定登録文化財「伏見の酒造用具」
- 国立科学博物館HITNET・月桂冠大倉記念館の産業技術史資料
- 京都市内博物館施設連絡協議会・月桂冠大倉記念館
- 農林水産省・おいしい日本酒は、おいしいお米から
- 月桂冠・米から酒へ
- 月の桂・CONCEPT
- 月の桂・にごり酒
- 兵庫酒造組合連合会・日本酒について
- 月桂冠・酒造技術の革新
アイキャッチ図版:パレード伏見洋菓子店。



