Sweetlore世界のお菓子図鑑(534)

ギャズ
Gaz
菓子の名になった、山地の甘味
砂糖菓子 / イラン・イスファハーン

ギャズ(Gaz)は、イランのイスファハーンを代表する白い糖菓です。卵白を合わせた糖の生地に、ピスタチオやアーモンドが入り、噛むと粘りと歯切れの両方があります。円盤形や一口大の切片に整え、小麦粉の中に入れて包むものも知られます。ヌガーに近い構造を持ちますが、その名をたどると、山地で採集される特別な甘味原料に行き着きます。
菓子の名になった、山地の甘味
伝統的な甘味原料ガズ・アンゴビン(gaz-angobin)は、イラン中部のハーンサール周辺などで得られるマンナです。マンナとは、植物の表面などで採集する甘い物質の呼称で、どれも同じ植物や成因を持つわけではありません。ギャズに結び付くガズ・アンゴビンでは、マメ科の低木アストラガルスと、その上で暮らす小さな昆虫との関係が重要です。
ガズ・アンゴビンは、植物から自然ににじむ樹液のように見えますが、実際には植物を吸汁する昆虫が排出した甘い物質が付着したものです。幼虫が出す柔らかな糸状の物質は、乾くと固まり、枝葉に残ります。かつては植物由来か昆虫由来かについて意見が分かれていました。1813年にイランを訪れたエドワード・フレデリックは、枝の上の甘い物質と小さな虫を観察し、昆虫によるものと考えました。
採集では、枝の下に受け皿を置き、枝を軽くたたいて落ちた粒を集め、ふるいで葉などを除きます。採集時期は夏の終わりから秋にかけてで、場所と天候によって異なります。甘味を得る作業は、栽培したサトウキビを搾る作業とは違い、植物と昆虫がともに存在する山地に依存しています。採集期の雨や強風も収量に影響します。19世紀のフレデリックの記録では、9月は3日おきに採集し、頻繁に採りすぎると昆虫が疲弊すると説明されています。生物と季節の状態に合わせて集める原料であり、菓子職人が原料を使えるのは、山地で甘味を採る人々の仕事があるからです。
採集した原料を、白い菓子へ
ガズ・アンゴビンは、枝から落としたままでは菓子に使えません。水へ溶かし、加熱して不純物を取り除く工程を経ます。伝統的な作り方の一例では、濾した液に卵白を加えてかき混ぜ、さらに濾し、砂糖を加えて練り状になるまで加熱します。そのあと、殻を除いたピスタチオやアーモンドを混ぜ、平たい円形や小さな切片に整えて冷まします。
白い生地の中でナッツは細かい粉に消えてしまわず、粒や断面として見えます。カシューナッツを挽いて糖と練るカジュ・カトリと比べると、ギャズは白い糖の生地とナッツが別の要素として残る菓子です。卵白を加えてかき混ぜる工程も、ナッツだけを糖で固めるブリットルとの違いになります。
円盤を小麦粉に埋めて箱に収める包装は、湿気の影響を抑え、菓子同士が付着するのを防ぐ方法として用いられてきました。個別に包む製品もあり、形と包装は職人や製造者によって異なります。
天然原料と、現代の製造
天然のガズ・アンゴビンは供給が限られます。現在のギャズには砂糖やグルコースシロップを用いるものもあり、すべての製品が同じ量の天然マンナを含むわけではありません。卵白、ナッツ、糖の白い生地という構成を保ちながら、糖源には違いがあります。
都市の名物を、よその町へ、訪問客へ
イスファハーンのギャズの由来は、サファヴィー朝期にさかのぼると地元の製造業側は説明しています。イラン側が世界知的所有権機関(WIPO)へ届け出た2018年の原産地名称の説明にも、この成立譚が記されています。一方、近隣のチャハールマハール・バフティヤーリー州にあるボルダージーには、カージャール朝期の市で売られていたハルヴァへナッツなどが加わり、ギャズになったという土地の語りがあります。都市名物としてのイスファハーンと、山地の原料に近い産地には、それぞれの菓子作りの記憶があるのです。
19世紀の医師ヤーコプ・エドゥアルト・ポラックは、1865年刊の著書で、マンナから作る平たい菓子にアーモンド、ピスタチオ、カルダモンを合わせる姿を記しています。粉とヤナギの花穂をまぶし、国内各地へ送っていたという記述もあります。粉や植物の花穂を伴って運ばれる、当時の菓子の姿が残っています。
20世紀初頭には、ギャズは産地を離れた町でも売られていました。1911年刊のU・マルコムの観察では、ヤズドの菓子店に、イスファハーンから送られた平たい円盤形のギャズが並んでいます。1923年刊のクララ・ライスの記録にも、粉を間に入れて円盤を箱詰めする姿が現れます。山地の原料は職人の釜を経て、運べる都市の名物になっていました。
ギャズは家庭でのもてなしにも関わりました。ライスが記したアルメニア人家庭の例では、専門の菓子職人を家へ呼んで作ることがありました。祝いの時期に客を迎えると、挨拶のあと、主人か女主人が円盤の1片を別の円盤へ打ち当て、割れたかけらを配ります。小さな円盤を1人分ずつ作る上等なものもありました。硬い円盤を客の前で分ける身振りは、工場の一口包装とは異なる、この菓子の食べ方を伝えています。
用語解説
- ヤーコプ・エドゥアルト・ポラック
- 19世紀にイランで働いたオーストリアの医師。1865年刊の著書に食物や菓子の観察を残しました。
- 花穂
- 小さな花が穂のように集まったもの。本文の古い記録にはヤナギの花穂が登場します。
- サファヴィー朝
- 16〜18世紀のイランの王朝。イスファハーンを都とした時期があります。
- カージャール朝
- 18世紀末〜20世紀初頭のイランの王朝。ボルダージーのギャズの成立譚に登場します。
- ボルダージー
- チャハールマハール・バフティヤーリー州の町。ギャズの産地として知られます。
- ハルヴァ
- 穀粉や種実、糖などから作る幅広い菓子の呼称。ボルダージーではギャズの前身を語る土地の伝承に現れます。
- 世界知的所有権機関(WIPO)
- 知的財産を扱う国際機関。原産地名称の国際登録を管理しています。
- U・マルコム
- 1911年刊『Children of Persia』の著者。ヤズドの菓子店のギャズにも触れています。
- クララ・ライス
- 1923年刊『Persian Women and Their Ways』の著者。菓子作りやギャズのもてなしを記録しました。
- ガズ・アンゴビン(gaz-angobin)
- 特定の低木と昆虫の関係によって得られる甘い物質。伝統的なギャズの原料です。
- マンナ
- 植物の表面などに見られる甘い物質の総称。原料となる植物や成因には違いがあります。
- ハーンサール
- イラン中部の町。ガズ・アンゴビンの産地として知られます。
- アストラガルス
- マメ科の植物群。本文ではマンナを生む昆虫の宿主となる低木を指します。
- エドワード・フレデリック
- 19世紀初頭にイランでマンナの採集と昆虫を観察した旅行者。
- ブリットル
- 糖を煮詰め、ナッツなどと固める、脆く割れる糖菓の一種。
- グルコースシロップ
- でんぷんの加水分解で得る糖のシロップ。単一のブドウ糖そのものとは区別します。







