Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

リエージュワッフル
Liège Waffle
粒砂糖が生地の中で溶ける、リエージュのワッフル
発酵菓子 / ベルギー

柔らかな発酵生地に、硬い糖粒とキャラメル色の面が同居する。ベルギー東部のリエージュワッフルは、ブリオッシュに近い厚い生地へ、大粒のパールシュガーを混ぜて焼く菓子です。液体を型いっぱいへ流すブリュッセル型と違い、丸みのある一個を板で挟むため、外周は四隅まで届かず、不規則な縁も残ります。
生地へ溶かす糖と、粒で残す糖
卵やバターを含む生地をこね、酵母で膨らませます。リエージュのラ・ストレーム愛好団体のルセット(材料の配合と作り方)は、段階的に仕込み、バターなどを加えて再び休ませてから、最後にパールシュガーを混ぜます。型の大きさに応じて分け、さらに膨らませてから焼く順序です。
生地を作る糖と、粒を残す糖では役割が違います。熱い上下の板が格子を刻み、糖の一部は溶けて色づく一方、残る粒は柔らかな中へ硬い点を作ります。グラニュー糖を同じ重さ入れるだけでは、同じ粒の組織にはなりません。量だけでなく、粒の大きさと入れる時点が、内側と表面の違いを作ります。
24穴などの型はありますが、寸法や重量は製造者の製品ごとに異なり、格子数が名の絶対条件ではありません。一般に軽い生地で整った長方形になるブリュッセル型と比べると、格子があるかより、生地の硬さと内部の糖粒に、構造の違いがあります。
司教の注文へ、料理人が応えたという話
リエージュ観光局が伝える由来は、18世紀の領主司教が、新しい甘くておいしいものを料理人へ求めたという筋です。料理人はブリオッシュ状の生地へ砂糖のかけらを加えて焼き、注文に応えたといいます。豊かな発酵生地と糖粒という今の特徴を、宮廷の発明の場面へ重ねた物語です。
観光局は、昔はシナモンを香らせ、後に近隣エスベイ地方の甜菜糖から作るパールシュガーを使ったとも説明します。料理人の名や当日の注文書は伝わらず、今の糖粒入り生地を18世紀へそのまま移すことはできません。
1893年の氷砂糖と、1920年代のパールシュガー
料理史研究者ピエール・ルクレールがルセットと新聞を対照した調査では、古い名付きの例は、19世紀末のブリュッセルの職人レオン・ロティのルセットです。1893年1月のフランスの製菓雑誌にも転載され、乳、バター、酵母の厚い生地に、シナモンと氷砂糖を合わせます。氷砂糖の粒を生地へ入れる工夫は、後のパールシュガーとは材料の形が異なります。
彼によれば、熱と湿気に耐えるパールシュガーは1920年代に現れます。1932年のヴェルヴィエのルセット集は、粒糖入りのブリオッシュ状を「狩りのワッフル」と呼び、「リエージュ型」には結晶糖を使います。さらにガストン・クレマンのほぼ同じルセットも、1938年の「大きなワッフル」から、1959年には「リエージュ型」へ名前を変えました。甘い発酵生地に入れる糖の姿と「リエージュ型」という名が、別々の歩みを経て重なりました。
19世紀のリエージュで、大きなワッフルは聖ニコラウス祭や年末の菓子でもありました。ルクレールは同時季に食べる氷砂糖入りブリオッシュとの関係を指摘し、甘く濃い発酵生地が鉄板へ移ったと解釈します。年末に食べた甘いパンと鉄板の菓子を結ぶ解釈です。
工房から十月の市、街角の一個へ
ゴフリノは、1928年ごろからの家業を基盤とする製造の歩みを公開しています。これは名を持つ工房と商品の継続をたどる近現代の記録です。現在も糖粒型やシナモン風味などが並び、同じ町の名の中に香りの幅があります。
町の道端、10月の市、喫茶店では、温かくも冷たくも食べられます。果物やクリームを皿へ添えるばかりでなく、生地そのものが甘い一個を手に取る食べ方です。その内側に、発酵したパンの柔らかさ、残る粒、板に接して焼けた糖という三つの状態が重なります。
用語解説
- レオン・ロティ
- 19世紀末にリエージュ型のルセットを発表したブリュッセルの菓子職人・著者。
- ガストン・クレマン
- 20世紀ベルギーの料理人・料理著者。新聞などでルセットを紹介した。
- ヴェルヴィエ
- ベルギー東部の都市。地域の製菓ルセット集が残る。
- 聖ニコラウス祭
- 12月初め、子どもへ贈り物や菓子を与える習慣のある聖人の祝日。
- パールシュガー
- 砂糖を粒状にまとめた製菓材料。生地の中で一部の粒を残す用途にも使う。
- ブリオッシュ
- 卵やバターを豊かに含み、酵母で発酵させるパン生地。
- リエージュ
- ベルギーのワロン地域にある都市。
- ラ・ストレーム
- リエージュのワッフルを伝える愛好団体。観光局がそのルセットを紹介する。
- ピエール・ルクレール
- ベルギーの料理史研究者。ワッフルの歴史と技法を比較する。







