Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

セムラ
Semla
カルダモンのパンとアーモンド、クリームが知らせる季節
発酵菓子 / スウェーデン

切り取ったパンのふたを持ち上げると、白いホイップクリームの下にアーモンドの芯が隠れています。セムラは、スウェーデンの冬から春を彩る発酵パンの菓子。いまは手に持てる豪華な一個ですが、温かい乳の深皿で食べる古いヘートヴェッグも生きています。断食前の祝いをたどって隣国へ渡ると、ジャムを詰めるパンや、月曜日のシューという別の姿が現れます。
上等な粉のパンと「脂の火曜日」
セムラの名は、細かい小麦粉を意味するラテン語 simila(シミラ)に由来します。初めから現在のようにクリームを盛った菓子だったわけではなく、もとはパンを指す言葉でした。断食前の最後の三日は日曜、月曜、火曜の祝祭期で、最後の火曜をスウェーデンでは「脂の火曜日」 fettisdagen と呼びます。復活祭前の節制に入る前に、手に入る肉や脂を食べる日でした。白い小麦粉、糖、ホイップクリームが農村の普段の食材でなかったことも、昔の乳入りパンと現代の豪華な一個を分ける要因です。現在はクリスマス頃から復活祭まで売られる季節商品へ広がっています。
温かな乳の鉢に入るヘートヴェッグ
北方民族博物館は、温かい牛乳の深皿に供するヘートヴェッグを、十八世紀の上流階級の菓子に位置付けています。hetvägg の名はドイツ語の「熱い楔」に由来し、当時はキャラウェーで香りを付け、温かな乳の鉢に入れて食べました。スウェーデン王アドルフ・フレドリクが一七七一年の断食前火曜日にこれを食べ過ぎて死んだという逸話もあります。この晩の食卓には牡蠣、ロブスター、ザワークラウトなども並び、王は豪華な食事の後に発作を起こしたと博物館は説明しています。
乳製品メーカーのアーラのヘートヴェッグは、くり抜いたパンの中身を、牛乳、すりおろしたアーモンドペースト、アーモンドと混ぜて穴へ戻します。観光局の配合にはパンくずを戻す指定がなく、同じ名の詰め物にも差があります。アーラの仕立ては、ふたと粉糖まで仕上げてから深皿へ置き、供する段階で温かい牛乳を注ぎます。乳へシナモンを振ることもあり、生地に練る乳、詰め物の硬さを調整する乳、皿へ注ぐ乳を使い分けます。
パンの中のアーモンドから、白い層へ
十九世紀にはアーモンドペーストを詰める型が広がりました。乳に入れるパンには、レーズンや砂糖漬けの柑橘を加えることもあります。世紀の半ばにヘートヴェッグに代わって広まった「脂の火曜日のパン」という呼び名も、断食前の食卓との結び付きを残しています。セムラという呼び名が一般的になるのは一九〇〇年前後です。
クリームの置き方も変わりました。一九〇三年の『ヘンメッツ・コークブーク』では、アーモンドを糖とすりつぶし、濃く泡立てたクリームとパンの中身を合わせて詰めています。一九〇五年の『イドゥン』の料理書にも、クリームを芯へ混ぜる型があります。白いクリームが初めから独立した厚い層だったわけではありません。
一九三九年の『ヴァルダーグスマート・メド・ヘルグダーグスマーク』では、アーモンドの上へクリームを絞り、粉糖を振る仕立てが現れます。第一次世界大戦後にクリームが広まり、三〇年代から世紀半ばにかけて、パン、アーモンド、白い泡が重なる姿が定着していきました。戦時の配給が一九五一年まで続いたスウェーデンで、五〇年代の料理書には、温かな乳や冷たい乳のほか、コーヒーや紅茶と供する食べ方も並びます。温かな乳の料理と、喫茶の菓子が重なる時代でした。
二度の生地作りで育てるパン
二段階で生地を作る型では、最初に酵母、乳、粉などで種を作って膨らませ、後からバター、卵、カルダモンなどを加えて本生地をこねます。丸く分けた後にも再び発酵させるため、膨張剤で短時間に膨らむスコーンとは工程が異なります。柔らかなパンの層は、内側に詰めるアーモンドと泡立てたクリームを受け止める器になります。
スウェーデン観光局に掲載されたリサ・レムケのルセット(材料の配合と作り方)では、種生地を機械で約五分こね、室温で約三十分、倍の大きさにします。本生地の材料を加えて約十分こね、一個約七十グラムに分け、再び倍に膨らませてから焼きます。時間だけでなく膨らみの大きさも終了の目安です。
アーモンドの粒と白いクリーム
丸く焼いたパンの上部を切り、中心を少しくり抜いてアーモンドの詰め物を入れます。その上へホイップクリームを絞り、ふたを戻して粉糖を振ります。外から見えるクリームの下に、濃いアーモンドの芯が隠れています。
詰め物は、滑らかなペーストから粒の残るものまで作られます。アーモンドペーストへ、皮付きのローストアーモンドを粗く刻んで加え、乳で硬さを調整する例では、細かなペーストと粒の歯ざわりを同時に作ります。温かな乳に入れるヘートヴェッグではパンがさらに液を吸うため、手に持つ型とは食感の設計が変わります。
ふたをなくして包む二〇一五年のセムラ
ストックホルムのトッセベーゲリエットが二〇一五年に売り出したセムラップは、薄い小麦の生地でアーモンドペーストとクリームを巻く菓子です。料理家ミア・オーンも発売直前の一月一日にこの新作を紹介しています。丸パンの中をくり抜く代わりに、薄い生地を外から回して芯を包みます。
ふたと底を分けて食べる一個から、巻いた一個へ。パンの形を大きく変えても、アーモンドの濃さとホイップの軽さという組合せは引き継がれています。
フィンランドのジャム派とアーモンド派
フィンランドではラスキアイスプッラという名で親しまれます。乳製品会社Valioのルセットは、カルダモンを入れた発酵パンに、アーモンドペーストの薄切りまたはいちごジャムと、泡立てたクリームを詰めます。パンの上面には焼く前に粒状の砂糖や刻みアーモンドを散らすため、切り取ったふたにも歯ごたえが残ります。フィンランドの公的な国紹介も、アーモンド派とイチゴジャム派の好みが分かれることを伝えます。断食前にはソリ滑りをして食事を楽しみ、今も日曜と火曜に行事が続きます。同じ祝祭のパンに、二つの詰め物が並んでいます。
日曜の丸パン、月曜のシューと子どもの棒
ノルウェーでは、ファステラヴンの日曜日に、カルダモン入りの丸パンへ泡立てたクリームとジャムを詰めます。食品情報機関マートプラートの型は、アーモンドを使わずにジャムとクリームを重ねます。断食直前の祝いという点は共通しても、スウェーデンの火曜日と供する日がずれています。
アイスランドの「ボッルダーグル」は、復活祭前の火曜日に先立つ月曜日です。レイキャヴィーク市の多言語行事案内は、水とバターを炊くシュー生地、または酵母の生地で作る丸い菓子に、各種のクリームやジャムを詰めると説明します。子どもたちは紙などで飾った「パンの棒」を作り、親を軽くたたきながら、パンをおくれとねだります。シューの空洞を使う型は、発酵パンへアーモンドを詰めるスウェーデン型と、生地の仕組みから異なります。断食前の暦は似ていても、子どもの遊び、生地の膨らませ方、詰め物の三つに地域の姿が現れます。
ふたで先にひとすくい
食べ始め方も決まり一つではありません。スウェーデン観光局は、ふたを外して中身をすくう方法、手でそのまま食べる方法、フォークやスプーンを使う方法を紹介します。白いクリームが高く盛られた形では、先にふたを取ると、パン、アーモンド、クリームを少しずつ合わせやすくなります。温かな乳の深皿と、手に持てる一個とでは、道具と食べ進め方も変わります。
用語解説
- アドルフ・フレドリク
- 十八世紀のスウェーデン王。断食前の食事と死を結ぶ逸話で知られる。
- トッセベーゲリエット
- ストックホルムの菓子店。セムラップを発売した。
- ミア・オーン
- スウェーデンの製菓を扱う料理書著者。
- カルダモン
- ショウガ科植物の種子などを使う、清涼感のある香辛料。
- ヘートヴェッグ
- 温かい乳に浸して供する古い型。「熱い楔」を意味するドイツ語に由来する。
- 脂の火曜日
- 断食前の祝祭期の最後の火曜。スウェーデン語で fettisdagen。
- リサ・レムケ
- スウェーデンの料理人・料理書著者。観光局掲載のセムラルセットを担当する。







