Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

ケイジャーダ・デ・シントラ
Queijada de Sintra
紙のような薄皮に、チーズとシナモンの温かな香り
タルト / ポルトガル・シントラ

直径約五センチの浅い丸。ぱりっとした薄皮の中へ、フレッシュチーズ、卵、砂糖、小麦粉、シナモンの詰め物が収まります。ケイジャーダ・デ・シントラは、ポルトガルのシントラで受け継がれる菓子です。六個を細長く紙で包む土産の姿には、チーズを菓子へ変え、持ち運んで贈る土地の暮らしが残っています。
チーズの名と、地代の菓子
ケイジャーダの名は、ポルトガル語でチーズを表す queijo(ケイジョ)に由来します。辞書が挙げるのは、乳、卵、チーズ、糖、小麦の生地による菓子です。ただし、他地域の同名菓子にはチーズを使わない型もあり、シントラの薄皮とフレッシュチーズの組合せが、すべてのケイジャーダを定義するわけではありません。
シントラでは、一二二七年から一五八五年にかけて、地代などをケイジャーダで支払った記録が伝わります。菓子が経済生活の中でも価値を持った来歴です。ただし、この中世の記録から、現在の直径や薄皮、砂糖と卵の割合まで同じだったとはいえません。
十八世紀半ば頃まで家庭で作られ、その後、専門の作り手と工房による製造が広がります。マリア・サパがランニョラスで仕事を始めたとされる一七五六年は、その節目の一つ。一日に二〇ダースを作ったとも伝えられます。
十九世紀には製造と販売がさらに広がり、サパ、グレゴリオ、ピリキータなどの工房が受け継ぎます。二十世紀には博覧会などでも受賞しました。支払いに使われる品から、専門職人の製品、評判を得る土産へと、その役割も広がりました。
休ませた硬い生地を、薄い壁にする
外皮は、小麦粉と水を中心に、バターを加える型もある生地で作ります。伝統的な作り方の一つでは、前日に硬めの生地を仕込み、乾いた布の上に湿らせた布を重ねて覆っておきます。休ませた生地を非常に薄くのばし、直径6センチほどの円に抜きます。周囲にハサミで小さな切込みを入れてから型へ収めると、浅い器の形に沿わせやすくなります。
小麦粉と水だけで皮の生地を作る家庭向けの型では、よくこねて約1ミリまでのばし、円く切ってバターを塗った小型へ敷き、少し乾かしてから中身を入れます。いずれも、折り込みパイのように油脂と生地を層にして高く膨らませるものではなく、薄い壁で中身を支え、焼いて軽い歯切れを作る皮です。
内側の「ミオロ」を合わせる
シントラでは、中身を「ミオロ」と呼びます。熟成した硬いチーズを溶かすのではなく、フレッシュチーズを細かくし、砂糖、卵黄、少量の小麦粉、シナモンを合わせます。無塩のチーズを使う配合がある一方、塩抜きしたチーズを用いる作り方もあります。
家庭向けのルセット(材料の配合と作り方)の一例では、チーズ500グラムに砂糖300グラム、小麦粉40グラム、卵黄4個を合わせます。チーズと卵黄、砂糖をよく混ぜてから粉とシナモンを加え、型へ詰めすぎないように分け入れて焼きます。冷ましてから型を外すと、薄い皮と、柔らかさを残して固まった中身が一つになります。
同じチーズ、砂糖、卵、粉、シナモンでも、割合や混ぜ方は作り手ごとに異なります。チーズは菓子の製造を支える重要な材料で、その供給を調整する組織を設けようとしたこともありました。シナモンの香りの奥に残る乳の味と、薄い皮の歯切れが、この小さな菓子を形作っています。
六個の包みが、文学の中でもほどける
伝統的な包みは六個一組です。二個ずつ、広い面を向かい合わせ、小さな紙を間に挟んでくっつくのを防ぎます。それを紙で包んだ細長い形は、シントラの土産菓子の姿としてもおなじみです。
エッサ・デ・ケイロースの小説『マイア家の人々』にも、紙に包んだシントラのケイジャーダが登場します。登場人物が挨拶しようとしたはずみに包みがほどけ、菓子が床へ転がり落ちる場面です。名物を持ち帰り、人に渡すという身近な習慣が、文学の一場面にも生きています。
土地を越え、平戸で作り替えられる薄皮の菓子
贈り物として運ばれてきた薄皮の菓子は、遠い土地でも作り替える対象になります。ケイジャーダは、日本の南蛮菓子「けさちいな」との関係でも語られます。現在の平戸では、古い菓子図鑑の「けさちいな」を出発点に、薄皮と中身という構成をタルト生地とクリームチーズへ置き換える、再解釈の試みも行われています。土地の材料を組み替えながら、皮で甘い中身を支える菓子を新たに作る仕事です。
用語解説
- フレッシュチーズ
- 熟成させず、水分を多く残した若いチーズ。
- ミオロ
- 内側や芯などを表すポルトガル語。ここでは菓子の中身を指す。
- マリア・サパ
- 18世紀のシントラで、ケイジャーダの専門製造の発展と結び付けられる作り手。
- エッサ・デ・ケイロース
- 19世紀ポルトガルの小説家。『マイア家の人々』などを著した。
- けさちいな
- 日本の古い記録に見える南蛮菓子の名。現在も復元や再解釈の対象になっている。







