Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

ザルツブルガー・ノッケルン
Salzburger Nockerl
三つの卵の峰が、焼きたての器から立ち上がる
デザート / オーストリア・ザルツブルク

白い粉砂糖を頂に載せた三つの峰を、ふくらんだまま食卓へ運ぶ。ザルツブルガー・ノッケルは、卵の泡を器の中で焼くザルツブルクの甘味です。金色の薄い焼き面を開くと、柔らかく空気を含む内側が現れます。雪山を思わせる今日の形の陰には、同じ土地の名を持ちながら、煮たり、バターで返し焼きしたりした別のノッケルの歴史があります。
三つの峰を支える、卵とわずかな粉
主な材料は卵、砂糖、少量の小麦粉です。卵黄と卵白を分け、白を砂糖と泡立ててから卵黄を加え、粉をふるい入れます。泡を潰さず、均一なクリーム状の生地へまとめることが大切です。乳をたくさん含む液体を蒸し固めるのでなく、泡の量そのものを焼き上がりの高さへつなげます。
ザルツブルクの地域配合には、卵三個に粉10グラムという型もあります。一方、卵白を卵黄より多く使い、ラム酒やバニラを添える型もあります。どちらも大量の粉で固い骨格を作るより、卵の気泡を少量の粉と熱で支え、軽い中心を残す組み立てです。
温めた器から、そのまま食卓へ
器にはバターを塗り、先に温めておきます。生地ができたらカードやスプーンで大きくすくい、三つの尖った塊として並べます。一つずつ焼いて後から積むのではなく、同じ器の中で隣り合う峰にするため、柔らかい生地を手早く置く作業が姿を決めます。
炉で短く焼くと、泡の中の気体が膨らみ、表面に焼き色が付きます。焼き上がりに粉砂糖を振り、すぐ供します。冷めると気体の体積が減り、ふくらみが下がるので、作り置いたケーキと同じように長く待たせる菓子ではありません。器の中に立つ峰は、その瞬間の食べ心地を示します。
粉砂糖だけでなく、ジャムやバニラソースを添えることもあります。ふわりとした卵の生地に果実の酸味を合わせれば、淡い甘さに輪郭ができます。大きな一皿は食後に数人で分けることも多く、焼きたての温かさと空気を、一緒に食卓へ届ける形です。薄い焼き面を開いた瞬間、三つの峰の中から柔らかな卵の香りが広がります。
宮廷の家族に結び付いた物語
町には、大司教ヴォルフ・ディートリヒと伴侶サロメ・アルトに由来を結び付ける物語もあります。サロメがミラベルの館の厨房で、二人と子どもたちのために菓子を作ったという筋です。オーストリアの伝統食品目録は、実際の成立は解明されていないとし、伝説として紹介しています。現在の炉で焼く泡の菓子が、そのまま十七世紀の宮廷にあったという証拠にはできません。
ノッケルという名は、甘い食後の菓子に限らず、スープに入れる塊などにも使われます。古い料理書で地名と名を見つけても、卵白の峰を炉で焼く今の姿とは、材料の扱いや火入れが異なることがあるのです。
煮るシュー生地と、焼く泡生地
食文化史家ロタール・コルマーらの調査では、マリア・アンナ・ノイデッカーの『ボヘミアのバイエルン女料理人』一八一六年第三版に「ザルツブルガー・ノッケン」が現れます。ただしこれは小さくすくったシュー生地を熱いクリームの中で煮る料理。卵白の峰を炉で焼く今の型とは材料の扱いも火入れも違います。
ルセット(材料の配合と作り方)を泡生地の系譜へたどると、バイエルン宮廷料理人ヨハン・ロッテンヘーファーがミュンヘンで一八五八年の型に行き着きます。卵を使う軽い型でも、当時はバターが今より多い。ノイデッカーの煮るシュー生地とロッテンヘーファーの泡を焼く型は、同じ地名を冠しながら並走していました。料理書では十九世紀中頃に Nocken と Nockerl が併記され、後に小さな塊を示す後者が主になります。名前を残したまま、煮る塊から焼く泡へと、異なる作り方が共存したのです。
三つの峰は町を囲む山々に重ねられますが、どの三山を指すかは説明によって異なります。1897年のマリー・フォン・ロキタンスキーの料理書には、ピラミッド形の生地を澄ましバターで返しながら焼く型が載ります。
炉で焼く簡潔な方法が広まりました。1938年のオペレッタ『ザルツブルクのシーズン』にも歌われ、柔らかく甘い名物として知られるようになります。古い名前を残しながら、道具と火の使い方を変えてきた菓子です。
用語解説
- ノッケル
- 生地をすくって作る塊や団子を表すオーストリアの呼び名。ザルツブルガー・ノッケルでは大きな泡生地の峰を作る。
- カード
- 柔らかな生地を分けたり移したりする、板状の製菓道具。
- マリー・フォン・ロキタンスキー
- 十九世紀末にオーストリア料理の書物を著した人物。
- 澄ましバター
- バターから水分や乳の固形分を除き、脂肪を中心にしたもの。
- ヴォルフ・ディートリヒ、サロメ・アルト
- ザルツブルクの宮廷の由来物語に登場する大司教とその伴侶。
- ハッガー
- 一七一八年の『ザルツブルク料理書』の著者。菓子の初出とする公的目録の説明に専門調査から異論がある。本文では初出年に採らない。
- マリア・アンナ・ノイデッカー
- 一八一六年版の料理書に、煮る型の「ザルツブルガー・ノッケン」を載せた料理人。
- ヨハン・ロッテンヘーファー
- バイエルン宮廷の料理人。一八五八年の泡生地のルセットが現代型の系譜として挙げられる。
- シュー生地
- 粉を液体と加熱し、卵を合わせる生地。







