Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

サントノーレ
Saint-Honoré
パイの土台、小さなシュー、クリームを組み立てる
ケーキ / フランス

乾いたパイ、軽いシュー、薄い飴、柔らかなクリーム。サントノーレは、異なる食感を円い一台の中に集めたパリの菓子です。平らな土台の縁に小さなシューを飴で留め、中央へクリームを絞ります。その姿を支えてきたのは、柔らかい材料を華やかに盛る技術と、乾いた生地を湿らせずに食卓へ届ける工夫でした。
ブリオッシュから乾いた土台へ
十九世紀パリ、サントノーレ通りのシブーストの店では、初めはクリームを詰めたブリオッシュを作っていたと伝わります。柔らかな生地は、中身の水分で早く湿ってしまいます。店で働いたオーギュスト・ジュリアンと兄弟による改作として伝わるのが、平らなパイやブリゼの底に、シューを組み合わせる形でした。乾いた底と空洞のある小菓子が、クリームを支える一台へ変わります。
その来歴には、ボルドーの「フラン・スイス」も登場します。ジュリアンがトゥールーズとボルドーを旅し、持ち帰った菓子をシブーストの店で作り、通りの名を付けたというものです。ラカムの製菓書が伝える一八四〇年と、農業省などが紹介する一八四七年があり、成立年は一つに定まりません。旅先の菓子と、クリームで湿りにくい土台への工夫が、現在の姿をめぐる二つの手掛かりです。
通り名に響く職人の守護聖人
菓子の名は、店のあったサントノーレ通りに由来すると伝わります。同じ名を持つ聖オノレはパン職人・菓子職人の守護聖人で、その姿を描く版画はパリ市博物館にも収蔵されています。町の地名と職人の信仰が響き合う名です。
一個ずつのシューで輪を作る
平らな土台を焼くとき、外周へシュー生地の輪を絞って一緒に火を通す型があります。たとえばシェフ・フィリップのチョコレート型は、サブレの円盤へシュー生地を絞り、冷ました輪に、別に焼いて中身を詰めた小シューの底を飴で貼り付けます。下には一続きの焼いた輪、その上には一個ずつの小さな空洞が並ぶ二段の構造です。パイなどの平らな土台へ小シューを直接留める現代型もあり、同じ外形でも底の組立ては変わります。一個ずつ焼いたシューは、クリームを詰め、飴を使って留める仕立てが知られます。大きな一台の輪郭が、小菓子を並べる手仕事によって作られます。
小さなシューの上に飴をつけると、表面には艶と薄い硬さが生まれます。中のクリーム、乾いた皮、飴の殻は、それぞれ違う温度と工程で用意するもの。組み立てた後は湿気やクリームの水分で食感が変わるため、仕上げの時機までが仕事になります。
現代の型には、土台をヘーゼルナッツ入りの甘い生地へ替えたり、中央をシャンティイにしたりするものもあります。そのため大きな形を美しく組み立てるだけでなく、乾いた部分と湿った部分をいつ接触させるかも品質に関わります。
クリームを保たせる卵白とゼラチン
クリームも、季節と販売の場に応じて変わってきました。十九世紀の製菓書には、生クリームが夏に保ちにくいため卵白で支える工夫や、店頭販売のためゼラチンを加える工夫が記されます。シブーストという店に結び付く名は、季節や販売時間に応じて変わってきたクリームを包む呼称でもあります。
中央のシブーストクリームは、卵と乳を炊いたカスタードにメレンゲを合わせるものです。ホイップした生クリームだけのシャンティイとは、空気を含ませる材料が異なります。
カスタードへイタリアンメレンゲを合わせるルセット(材料の配合と作り方)の一つは、ゼラチンも加えて保形させます。卵黄側へ熱い牛乳の三分の一を混ぜてから鍋へ戻し、沸騰後も二〜三分混ぜ、火を止めてバターと戻したゼラチンを合わせます。
メレンゲは、糖液が百十度になったところで卵白を泡立て始め、百二十一度で細く注ぐ方式です。先に完成した泡を長く置かず、糖液の温度と泡立てを並行して進めます。混合時は三分の一をカスタードへしっかり混ぜ、残りをへらで折り込みます。
この配合は完成後すぐに絞って冷やす指定です。カスタードを炊く、糖液で泡を作る、双方を混ぜて成形するという段階が続き、冷えてから再び山を作る工程とは異なります。
中央へ絞る折り重なる輪郭
クリームを入れる袋の先端には、切れ目の入ったサントノーレ用の口金を使うことがあります。中央へ扇のような折り重なりを絞れる形です。十九世紀末の型に残る中央のシャンティイと、メレンゲを合わせたシブーストでは、同じような輪郭を絞っても泡の由来が異なります。周囲の小シューの間を埋め、中央へ折り重ねると、平らな底の上に柔らかな起伏が生まれます。クリームを詰める時機は、初期のブリオッシュの湿りやすさから続く、仕上がりの問題でもあります。
雲形の土台と植物性の組立て
ピュラトスの公開する現代型は、同じ名の中に異なる組立てを並べています。ヘーゼルナッツ入りの甘い土台に、プラリネのクリームを詰めたシューとバニラのクリームを合わせるものもあれば、雲形に切った折り込み生地にシャンティイを絞るものもあります。大きな丸い底だけが、現在の形ではありません。
同社はさらに、油脂とクリームを植物性の材料へ替えた型も紹介します。これは同社の再構成例ですが、シューの外形、硬い飴、柔らかなクリームという組合せを残しながら、原材料を組み替える方向を示しています。クリームの名前、底の生地、シューの中身の三つを見ると、外見の近い一台の違いが分かります。
用語解説
- ラカム
- 19世紀フランスの菓子職人・製菓書著者。ジュリアンの旅と1840年の沿革を記した。
- エルヴェ・ティス
- 料理の仕組みと歴史資料を研究するフランスの研究者。製菓書に現れるクリームの変遷を検討した。
- ブリゼ生地
- 粉へ油脂などを混ぜてまとめる、タルトの底などに用いる生地。
- シブースト
- カスタードにメレンゲを合わせたクリーム。また、その名に結びつくパリの菓子職人。
- オーギュスト・ジュリアン
- シブーストの店で働き、独立後に菓子の土台と外周を改めたと伝わる職人。
- 聖オノレ
- パン職人・菓子職人の守護聖人。名を持つ通りに菓子店があった。
- サントノーレ口金
- 片側に切れ目を持つ絞り口。中央のクリームに折り重なる輪郭を作る。
- シャンティイ
- 砂糖や香りを加えたホイップクリーム。
- イタリアンメレンゲ
- 泡立てた卵白へ熱い糖液を注いで作るメレンゲ。
- ピュラトス
- 製パン・製菓材料を扱い、職人向けの作品例とルセットを公開する事業者。
- プラリネ
- ナッツと砂糖を加熱し、砕くなどして作る製菓素材。







