Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

パネットーネ
Panettone
長く発酵させた生地に果実を散らすミラノの冬
発酵菓子 / イタリア

紙の筒から盛り上がる丸い頭を切ると、縦へ伸びた気泡の間に、干しぶどうと砂糖漬け柑橘が現れる。ミラノゆかりのパネットーネは、卵とバターを豊かに使うクリスマスの発酵菓子です。低く広がる型、ナッツの糖衣をまとう型もあり、大きな一台を贈り、分ける姿が土地を越えて広まっています。
軽さを作るのは、種と混ぜる順
リエヴィト・マードレは、粉と水を継ぎ、酵母と乳酸菌が働く状態を保つ自然発酵種です。酵母が気体を生み、乳酸菌も共存する種を継ぎながら、甘く油脂の多い生地へ使います。
最初の生地を十分に膨らませてから、新しい粉、糖、卵黄、バターを合わせます。材料の直後には緩く見える生地も、混ぜてなじませるうちに弾力と伸びを取り戻します。アルフォンソ・ペペは製造当日に種を三回継ぎ、バターと卵黄をなじませて数回に分けて加え、第一生地を三倍まで発酵させます。次の混捏も、先に粉でつなぎ、糖や油脂を段階的に入れ、薄く伸ばしても破れにくい生地へ育てます。
果実はその後です。戻した干しぶどうは水をよく切り、砂糖漬け柑橘とともに、つながった生地へ散らします。果実を抱えても軽い断面は、待つ時間だけでなく、加える順と、そのたびに生地を整える手仕事から生まれます。
丸めて切り、焼いたら逆さへ
分割した生地をピルラトゥーラで表面を張らせ、紙型へ入れます。型内でも十分に発酵させ、上面へ切り込むスカルパトゥーラを行います。十字を切り、中央へ少量のバターを置く型もあります。
高く柔らかな内部は、焼き上がりにも支えが必要です。ペペの製法は金属串を通してすぐ逆さに吊り、一晩冷まします。上へ伸びた生地を保ちながら熱を逃がすのです。紙型は焼成から冷却を支え、そのまま包みや箱へ入る姿にもつながります。
大きなパンの名へ重なる、二つの伝説
名はミラノ語のパナットンに由来します。アッカデミア・デッラ・クルスカは、もとの意味を「大きなパン」と結びつけ、個人名による説明を後から重なった物語とします。
トーニの伝説では、15世紀末のルドヴィーコ・スフォルツァの宴会で、見張り役の若い厨房の働き手が眠り、菓子を焦がします。残ったパン生地へバター、干しぶどう、砂糖漬け果実を加えて作り直すと、公爵に喜ばれ、毎年のクリスマスへ出すことになりました。
別の物語では、パン職人トーニの娘アダルジーサに恋した若者が、父の店へ入り、売れ行きの悪いパンを改めます。ウーゴ、またはウゲットと呼ばれるこの若者は、干しぶどう、糖、卵、砂糖漬け果実を加え、店と恋の行方を救うのです。人物の呼び名や細部には異伝があり、ミラノ語で干しぶどうを表すウゲッタとの響きの近さも指摘されます。宴会の失敗を救う話と、恋人の家業を救う話は別の伝説であり、どちらの主人公も史実の発明者と確認された人物ではありません。
1599年の十三個、1853年の卵なし生地
パヴィアのボッロメーオ学院では、1599年、クリスマスに学生へ渡す十三個の大きなパンのため、パン職人へバター、干しぶどう、香辛料を支給しました。背の高い現代型の完成ではなく、祝いのパンを豊かにして贈る記録です。
ジョヴァンニ・フェリーチェ・ルラスキの1853年第三版『新ミラノ経済料理人』の「パナトーニを作る生地」は、発酵種、粉、溶かしバター、糖、レーズンを挙げ、卵を記しません。大小に成形し、バターを塗った紙へ載せて暖所で発酵させ、膨らんでから十字を切って焼き、外国のワインと供します。紙と切り込みは、現代の高い形より前にもある仕事です。
1919年にミラノで工房を開いたアンジェロ・モッタは、より高く、柔らかく、干しぶどうの多い菓子へ改めました。店舗から工場へ生産が拡大し、20世紀には包んで贈る大きな一台が広く流通します。
工房の競争から、全国のクリスマスへ
モッタに続いて量産を進めたのが、ジョアッキーノ・アレマーニャです。1921年にメレニャーノのバールから始め、ミラノ中心部の店、次いで工場へと事業を広げました。戦後の経済成長期には、ミラノ近郊のコルナレードとナポリにも工場を開き、全国の店舗へ菓子を届けます。競合するモッタやパヴェージとの協力による高速道路の店も、旅先で買う機会を増やしました。
ミラノの祝い菓子は、都市の菓子店で選ぶ一台から、工場で包まれ各地の家庭へ届くクリスマスの品にもなります。1970年代には、モッタとアレマーニャがともに国営企業群IRIの食品持株会社SMEの支配下へ入りました。競争による拡大の後には、企業の統合も起きています。
一方、職人の工房も一台ずつ作り続けます。ミラノの商工会議所などが推進する「伝統的なミラノの職人製パネットーネ」の標章は、保存料を用いない新鮮な手作り品を掲げ、町のパン屋と菓子店を結んでいます。同じ大きなパンが、大量流通と町の工房という異なる売り場を持つのです。
低いピネローロと、二月の一片
ピエモンテのピネローロの型は低く広がり、ヘーゼルナッツとアーモンドの糖衣をかけます。中の果実に、表の薄い歯触りとナッツの香りが加わり、アスティやモスカートのワインを添える楽しみもあります。
ロンバルディアではクリスマスの残りを、2月3日の聖ビアジョの日に食べ、喉を守る聖人への祈りに結びつけます。セレーニョの教会の2025年の記録は、交差させたろうそくで喉を祝福した後、一片を袋に入れて配る様子を伝えます。モンツァの祭りにも振る舞いがあり、冬の祝いは別の日の共同体の集まりへ続きます。
海を渡る種と、土地の果実
ペルーのパネトンは、クリスマスの家庭の食卓や職場の贈物に登場します。リグーリア移民が伝えた低い果実パンに続き、20世紀半ばからミラノ風の高い型が広まり、工業生産で多くの家庭へ届きました。キヌア、地元のカカオ、乾燥ホオズキの変奏もあります。
ブラジルではイタリア移民家族の生地が広がり、バウドゥッコは1952年にイタリアから運んだ母種を継いでいます。果実型とともに、チョコレートを混ぜるショコトーネも親しまれます。
形と配合の両方が、名を支える
イタリアの2005年名称規定は、自然発酵種、丸い底、割れた上面、縦長の気泡を基本とします。2017年改正と合わせ、卵黄4%以上、バター由来乳脂肪16%以上、レーズンと砂糖漬け柑橘20%以上の下限があります。
付属書による算定では、卵黄と乳脂肪は分割直前の生地の乾燥重量から果実などを除いた部分が基準で、果実は生地全体の乾燥重量が基準です。一切れの栄養表示とは範囲が異なります。
果実なし、クリーム入り、チョコレート被覆にも名称の条件があります。果実を抜いても、ヴェローナのパンドーロへそのまま変わりません。八角星と均一な細かいきめ、バターとバニラの香りを持つ別の菓子だからです。果実や表面が変わっても、パネットーネには丸い豊かなパンを分け合う姿が続いています。
用語解説
- ジョヴァンニ・フェリーチェ・ルラスキ
- 十九世紀ミラノの料理人。『新ミラノ経済料理人』の著者。
- セレーニョ
- イタリアのロンバルディア州にある町。
- リエヴィト・マードレ
- 粉と水などを継いで保つ自然発酵種。パネットーネでは酵母と乳酸菌の働きが発酵や香りに関わる。
- 混捏
- 材料を混ぜてこね、生地へ均一に取り込み、弾力や伸びを整える工程。
- ピルラトゥーラ
- 生地を作業台で回すように丸め、表面を整える作業。
- スカルパトゥーラ
- 焼成前のパネットーネの上面へ切り込みを入れる作業。
- アルフォンソ・ペペ
- イタリアの菓子職人。自然発酵種を使い、段階的に生地を作るパネットーネの製法を公開している。
- トーニ
- パネットーネの起源伝説に登場する若い料理人・厨房の働き手。史実の発明者として確認された人物ではない。
- アンジェロ・モッタ
- 二十世紀のミラノの菓子製造者。一九一九年に工房を開き、背の高いパネットーネの普及に関わった。
- 聖ビアジョ
- キリスト教の聖人。イタリア北部では、冬の祭りとパネットーネを食べる習慣が結びついている。
- 乾燥重量
- 水分を除いて比べた重量。名称規定の原料比率を計算する基準に使われる。







