Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

エンサイマーダ
Ensaïmada
薄く伸ばした生地とラードを、長い渦へ巻き込む
発酵菓子 / スペイン・マヨルカ島

豚の脂を塗った薄い膜を紐へ巻き、その紐をさらに渦にします。マヨルカ島のエンサイマーダは、二段階の巻き方と長い発酵を持つ菓子です。名のもとになったサイムは豚の脂。風味を与えるだけでなく、膜の間の層にもなります。同じ名は海を渡り、チーズを載せるフィリピンのパンや、プエルトリコの「マヨルカ」へも育ちました。
サイムを広げた膜を、紐から渦へ
生地の材料は強い小麦粉、水、砂糖、卵、発酵種、そしてサイムと呼ぶ豚の脂です。このラードが名前のもとになりました。薄く伸ばした生地の膜へ塗って巻くため、油脂は風味と層の両方を担います。
ラードは室温で軟らかくし、生地に広げやすい状態にします。こねた生地を薄く延ばして全面へ脂を塗り、さらに薄い膜になるまで伸ばします。膜を端から巻いて長い紐にし、それを時計回りに二周以上の渦に置きます。一つの塊を円い型へ詰めるのでなく、膜を巻いた紐をさらに巻く、二段階の成形が特徴です。
成形後の十二時間が、渦を膨らませる
地理的表示で保護される「エンサイマーダ・デ・マヨルカ」の仕様では、成形後に少なくとも十二時間発酵させます。渦はその間に膨らみ、隣り合う生地の間隔を埋めます。
焼くと生地の水分が蒸気になり、その一部を油脂の膜が留めて層の間を広げます。表面では水分が速く蒸発して薄くもろい皮になり、内側には発酵による気泡と、巻いた膜の層が残ります。折り込みパイと似た層はあっても、層の作り方と長い発酵を伴う点に独自性があります。
二つの保護対象と、島のさまざまな詰め物
保護される型は、詰め物のないものと、カベージョ・デ・アンヘル入りの二つです。「天使の髪」は、かぼちゃの繊維を砂糖で煮た詰め物。薄く伸ばした生地へ細長く置いてから巻くので、焼き上がった中に甘い果肉の筋が続きます。粉砂糖を振るかどうかは任意です。
島には生クリーム、カスタード、チョコレート入りや、あんずを載せたものもあります。謝肉祭のタジャーダスはソブラサーダと砂糖漬けのかぼちゃを載せ、甘い生地へ豚肉の塩味と香辛料を合わせます。これらは島の菓子文化に含まれますが、地理的表示が定める二種類とは区別されます。
一六四二年と一六四八年の修道院の記録
「エンサイマーダ・デ・マヨルカ」の仕様書には、パルマのサンタ・エリサベ修道院の一六四二年、一六四八年の製造記録が挙げられています。これらは島の菓子の歴史を伝える一方、アラブ人の発明説や、改宗者が豚脂を加えたという物語を立証する記録ではありません。誰がいつサイムを使い始めたかは未確定です。
十九世紀には、ルートヴィヒ・ザルヴァトール大公が、朝食や間食でチョコレートと食べる習慣を記しました。島で育った渦巻きは、のちに移住者とともに海を渡り、別の土地の食卓にも定着していきます。
一人の朝食、大きな祝い、八角形の箱
島で朝食や間食に選ばれるのは、一人で食べられる小さな型です。カフェ・コン・レチェや、温かなチョコレートに浸して食べることもあります。大きな型は祝いのデザートとなり、家族や人の集まる食卓へ運ばれます。同じ渦でも、小さな一個を手に取る場と、一台を分ける場があります。
持ち帰る一台を収めるのは、特徴的な八角形の厚紙の箱です。空港でも見かけるその箱が、薄い菓子を旅の土産へ変えます。生クリームや果実を載せた島の変奏と、日常の脂の香る渦巻きは、食べる時と持ち運び方にも違いを持っています。
マヨルカからサン・ペドロへ
アルゼンチンのサン・ペドロでは、移民の家庭で受け継いだ菓子が町の名物へ育ちました。ブエノスアイレス州の文化紹介が転機に挙げるのは一九五一年。二五歳で渡った菓子職人フアン・プッチが当地の菓子店で働きながら作り、商業的に知られるようになったと伝えます。故郷で店を開く資金を貯めるつもりだった職人の菓子が、新しい故郷の味になったのです。
二〇二三年の市の記録には、マヨルカの団体による全国エンサイマーダ祭と、他のバレアレス系団体の踊り、料理、工芸などを組み合わせる催しが残ります。菓子は店の一品であるとともに、移住者の文化を町で分かち合う祭の名にもなっています。
チーズを載せる祝い、粉砂糖のサンドイッチ
フィリピンのエンサイマーダは、チーズを載せる柔らかな菓子パンとして独自に育っています。バターや卵を使う豊かな生地に、糖とチーズの甘塩っぱい味を重ねます。マロロスの祝い向けの大きな型には、練乳、ケソ・デ・ボラ、塩漬け卵を載せるものもあり、日常の小さな型とは飾り方が違います。
プエルトリコでは「マヨルカ」の名で、粉砂糖をたっぷり振った渦巻きパンが親しまれます。卵黄や乳、ラードまたはバターを使う配合があり、切ってバターを塗り、焼き付けて食べたり、サンドイッチにしたりもします。同じ島名と渦巻きを受け継ぎながら、土地ごとに皮の軽さ、パンの柔らかさ、仕上げの味が変わっています。
用語解説
- サイム
- マヨルカで豚の脂を指す語。この菓子に使うラードが名前のもとです。
- 発酵種
- 粉と水などを発酵させた種。保護仕様では湿った圧搾酵母を用いて作るものを定めており、乳酸菌だけによる自然種に限定されません。
- カベージョ・デ・アンヘル
- 直訳は「天使の髪」。かぼちゃの繊維を糖で煮た詰め物。
- ソブラサーダ
- バレアレス諸島に伝わる、豚肉とパプリカなどの柔らかい腸詰め。
- ルートヴィヒ・ザルヴァトール大公
- 十九世紀にバレアレス諸島の暮らしを調査し、菓子の食べ方も記録したオーストリアの大公。
- カフェ・コン・レチェ
- コーヒーに乳を合わせた飲み物。島では小型のエンサイマーダを浸す食べ方がある。
- フアン・プッチ
- マヨルカ出身の菓子職人。1951年のアルゼンチン移住とサン・ペドロでの商業的普及が、州の文化資料に記される。
- サン・ペドロ
- アルゼンチン、ブエノスアイレス州の町。エンサイマーダが移民家庭から地元の名物、祭の主題へ広がった。
- ケソ・デ・ボラ
- 球形のエダム系チーズ。フィリピンでは祝いの菓子パンの仕上げにも使います。







