Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

バタータルト
Butter tart
小さなパイの器に、バターと砂糖の濃い中心
タルト / カナダ

薄いパイの縁が軽く割れ、内側にはバター、砂糖、卵の柔らかな甘味が残ります。カナダのバタータルトは、手のひらに収まる小さな器に中身を注いで焼く菓子です。具を入れないか、レーズンや木の実を加えるか。中心を流れるほど柔らかくするか、形を保たせるか。その好みも含めて、家庭と地域で語り継がれます。
一枚の円を、小さな器へ
土台には、小麦粉へ冷たいバターなどの油脂を散らし、冷たい水分や卵を加えてまとめるパイ生地を使います。まとまった生地を冷やし、薄く延ばして丸く抜き、マフィン型などのくぼみへ押し沿わせます。
一枚の円を深いくぼみに収めるため、縁には折り目やひだができます。端から短い切れ目を入れ、重ねてカップにする方法もあります。底と側面を薄く整えた器は、中身を受け止めながら、噛むと軽く割れる殻になります。
糖と卵を、どこまで固めるか
フィリングは、卵に砂糖、バターなどを合わせます。褐色の砂糖とコーンシロップを使うもの、メープルシロップを併用するものがあり、糖の選択が香りや粘りに現れます。少量の塩や酢を加えると、濃い甘さの中に味の輪郭ができます。メープルは一つの仕立てで、すべてのバタータルトに欠かせない材料ではありません。
レーズンは湯で戻して水を切る方法があり、クルミやピーカンは刻んで加えます。具なしなら糖と卵のなめらかな部分が前へ出て、果実やナッツ入りなら噛み心地が加わります。糖と卵を主体にした柔らかな中身と、焼いた小さな器が、この菓子の骨格です。
フィリングは、加熱中に泡立つ余地を残して注ぎます。焼くと縁が金色になり、卵が中身をまとめますが、中心には柔らかさを残します。焼き上がりを型の中で休ませることも大切で、熱い糖液と壊れやすい生地が落ち着いてから取り出します。冷ます時間はルセット(材料の配合と作り方)によって異なり、完全に冷ましてから外す作り方もあります。
カランツを使った一九〇〇年のルセット
オンタリオ州バリーのロイヤル・ヴィクトリア病院の女性支援会が一九〇〇年に刊行した料理書には、マクレオド夫人の「Filling for Tarts」があります。シムコー郡公文書館所蔵本の八十八ページの短いルセットは、砂糖一カップ、バター二分の一カップ、卵二個、カランツ一カップを混ぜて器へ詰めるものです。シロップ、メープル、ピーカンはなく、早い印刷例には干し果実が使われていました。
寄稿したのはメアリー・エセル・マクレオド。料理書には当時の慣習で夫の名による「マルコム・マクレオド夫人」と載りました。発明者とは分かりませんが、病院を支える地域の料理書に、干し果実入りの一皿を寄せた人の名と配合が残ります。
一九〇八年のトロントの読者投稿料理書には「バタータルト」の名で、砂糖、バター、卵、カランツにバニラと塩を加える型が現れます。一九一一年の農家向け料理書には六つの型が集まりました。名前が定着する間にも、家庭の配合は複数あったのです。
砂糖パイ、ピーカンパイとの重なり
バタータルト、ケベックのタルト・オ・シュクル、米国のピーカンパイには、甘い詰め物をパイの器で焼く共通点があります。いまの代表的なルセットを比べると、バタータルトは手のひらに収まる一人分の器へ卵・砂糖・バターを注ぎ、具なしやレーズン入りを選べます。ケベックの砂糖パイには褐色砂糖、メープルシロップ、クリームを使う型があります。ピーカンパイは大きな一台にピーカンをたっぷり入れる型が典型です。
バタータルトにもピーカンやメープルを加える型があり、砂糖パイにも卵を使う型があります。違いは単一材料より、器の大きさ、甘味の組み立て、木の実の量と盛り方です。発明の順序や直接の系譜までは定まっていません。
店を巡り、好みを語る
バタータルトは、配合を一つにそろえるよりも、具材や中身の柔らかさを語り合う菓子として受け継がれています。オンタリオ州ミッドランドのバタータルト祭りでは、地元の店を巡るだけでなく、家庭の焼き手と職業の作り手が「伝統型」と自由な材料を使う型に分かれて競います。審査は見た目の焼き色や皮の厚さ、中身と器の釣り合い、味を比べ、客も審査後のタルトを味わえます。二〇一九年にはカナダ郵便が各地の菓子を集めた「スイート・カナダ」の切手にも選びました。家庭の料理書に載った小さなタルトが、地域を訪ねる楽しみと、国を表す食の記憶の両方を担っています。
用語解説
- マクレオド夫人
- 一九〇〇年の『ロイヤル・ヴィクトリア料理書』へタルトの詰め物を寄せた女性。シムコー郡公文書館は、国勢調査と死亡記事からメアリー・エセル・マクレオドと同定しています。
- オンタリオ
- カナダ中東部の州。早い料理書記録やバタータルトの祭りが残ります。
- カランツ
- 製菓では、小粒の干しブドウを指す名称です。
- コーンシロップ
- トウモロコシ澱粉由来の糖液です。
- ピーカン
- 北米原産のクルミ科の種実。タルトの具にも用います。
- フィリング
- パイやタルトの中へ入れる詰め物です。







