Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

マリトッツォ
Maritozzo
柔らかなパンを開いて、生クリームをたっぷり
発酵菓子 / イタリア・ローマなど

深い切れ目に白い生クリームを詰める姿で知られるマリトッツォ。しかしイタリアのローマの甘い発酵パンを指すこの名は、干しブドウや松の実入り、砂糖をまぶす編みパンも含みます。クリーム入りの型はマリトッツォ・コン・ラ・パンナ。焼いたパンを冷まして器にする仕事と、油や果実を生地へ入れる仕事には、それぞれの歴史があります。
オリーブ油を生地へ吸わせる
基本の生地は粉、卵、糖、乳、油脂などをこねて発酵させ、丸や楕円に焼きます。製菓シェフのファブリツィオ・フィオラーニの型は、酵母、水、粉の前生地を先に発酵させ、本生地へ加える方法です。弾力が出てからオリーブ油を少しずつ吸収させ、塩、干しブドウ、松の実を混ぜます。蜂蜜、オレンジ皮、バニラで香らせ、発酵後に一晩冷蔵し、翌日分けて再び発酵させます。
焼いて冷ましたパンへ横から切れ目を入れ、糖を加えず泡立てた生クリームを詰め、平らに整え、最後に粉糖を振ります。甘さを乳だけへ集めず、パンと仕上げへ分ける型です。油脂を使うパンでも、全てがバターの多い一配合のブリオッシュというわけではありません。
四旬節の菱形は、1833年の詩にもある
四旬節のクアレジマーレには、油、松の実、干しブドウ、蜂蜜の型があります。辞書トレッカーニにも、ローマの四旬節のマリトッツォとして載るパンです。節制の期間の菓子と、後から豊かな生クリームを詰める現在の型には、材料と食べる場の違いがあります。
ジュゼッペ・ジョアキーノ・ベッリの1833年4月4日のソネット『La quaresima』では、語り手が四旬節に毎日買い、普段は取らない夕食にまで食べると軽妙に語ります。作者の注は、菱形のパンで、粉、油、糖、ときに砂糖漬け果実やアニス、干しブドウを含み、断食期のローマのカフェで朝晩食べたと説明します。現代の大きな白いクリーム層は、この記述には現れません。
「夫」の名と、指輪の贈り物
名はローマ方言の「夫」、marito へ結びつきます。観光機関が伝える話では、若い男性が婚約者へ贈り、中へ指輪や小さな宝石を隠しました。糖でハートを飾るという話もあり、名と恋人の贈答が重なります。
トレッカーニが「おそらく」とする婚礼由来は、恋人へ贈る習慣を説明する伝承です。一方、1833年の詩に登場するのは断食期に買う日常のパン。同じ名の周りに、贈答と四旬節という異なる食べ方が重なっています。
クリームを詰めず、編み目に糖をまとう
プーリアの料理講師ヌンツィア・ベッローモが伝えるバーリ型は、乳とバターの生地をひもへして三つ編みにし、発酵させて焼きます。熱いうちに水を塗って粒糖を付け、切り開くクリーム工程はありません。甘い部分は中央の乳でなく、編み目の表面にあります。
シチリアのキアラがアグリジェントのパン屋の味へ近づけた型も編みパンですが、粉、水、糖、酵母、少量のラードで作り、焼きたてに乳と糖を付けます。似た形でも、バーリの乳とバターとは、生地の液体と油脂が違います。
細長い生地へ、果実と香りを入れる
ロマーニャで祖母とパン屋へ通った記憶を持つ『ラ・ペニゾラ・デル・グスト』の作り手は、乳、卵、バターへ干しブドウを混ぜ、細長く焼き、温かいうちに水や乳を塗って粒糖をまぶします。こちらも生地の果実と表面の糖が中心です。
マルケの案内は、砂糖漬けオレンジの香る朝食やおやつのパンとします。アブルッツォ出身のフランチェスカの家族型は、干しブドウ、アニス、レモン皮、オリーブ油を使い、楕円へ焼いて糖液と粒糖を付けます。生クリームを詰めない地域の具体例にも、別の香りの配分があります。
カフェのパンから、食事の具へ
ローマではコーヒーと朝食に食べ、ロショーリのカフェも朝食やブランチに用意します。チョコレートやジャムの甘い型だけでなく、肉、魚、野菜を詰めるマリトッツォ・サラートもあります。焼いたパンを切って中身を支える形は、食事にも使えます。
福岡の店が写真から作った一個
アマムダコタンの平子良太は2021年のラジオ取材で、感染症流行期に午前へ集中する客を午後へ分散するため、目玉商品を考えたと語ります。ローマ旅行者の写真を手掛かりに、好みのブリオッシュと生クリームを合わせて売ると、Instagramで反響が起きました。旅の写真を手掛かりにした地方のパン店の一品が、画像を通じて評判を広げた経緯です。
同じ2021年、山崎製パンは6月からの全国発売を発表しました。オレンジ皮のブリオッシュへ、柑橘風味のホイップを挟む品です。日本で流通した白い姿には、柑橘の香りをパンとクリームの両方へ配する工夫も加わりました。
用語解説
- 平子良太
- 福岡のパン店アマムダコタンのオーナーシェフ。日本での商品化と販売の経緯を取材に答えた。
- ロマーニャ/マルケ/アブルッツォ
- イタリア中部から北中部にかけての地域・州名。
- アグリジェント
- シチリア島南部の町。
- ラード
- 豚の脂肪から作る油脂。
- アニス
- 種子などを香りづけに使う香草。
- フランチェスカ/キアラ
- それぞれアブルッツォとシチリアの体験をもとに、家庭のルセット(材料の配合と作り方)を公開する作り手。
- コン・ラ・パンナ
- イタリア語で「クリーム入り」。パン名と生クリームを詰めた型を区別する呼び方。
- 前生地
- 酵母、粉、水などの一部を先に混ぜて発酵させ、本生地へ加えるもの。
- ファブリツィオ・フィオラーニ
- 前生地とオリーブ油を使うマリトッツォのルセットを公開する製菓シェフ。
- 四旬節/クアレジマーレ
- 四旬節は復活祭前の節制の期間。クアレジマーレはこの時期に結びつく食品などを表す語で、ローマでは油で作るマリトッツォの呼称にもなる。
- ジュゼッペ・ジョアキーノ・ベッリ
- 19世紀のローマ方言詩人。1833年の詩と注にマリトッツォを記した。
- ヌンツィア・ベッローモ
- プーリアの食文化を伝える料理講師。バーリの編みパン型のマリトッツィを伝える。
- マリトッツォ・サラート
- 塩味の具を使う食事向けの展開。







