Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

リゴー・ヤンチ
Rigó Jancsi
二枚のココア生地に、厚いチョコレートクリーム
トルテ / ハンガリー

二枚の薄いココア生地の間へ、厚いチョコレートのホイップクリームを挟みます。ハンガリーのリゴー・ヤンチは、軽い乳の泡を中心にする角形の菓子です。薄い生地と上掛けが、厚い中身を上下から支えます。生地、クリーム、被覆にカカオを配る三つの硬さが、音楽家の名を持つ一切れを作ります。
高さの四分の三を占めるクリーム
この菓子では、スポンジよりもクリームの厚さが目立ちます。高さ約7〜8センチのうち、四分の三が詰め物という型もあります。二枚のスポンジは、大きなクリームの層を上下から支えます。
生地は、卵黄と砂糖を泡立て、卵白も別に泡立てて合わせ、ココアと小麦粉を混ぜる方法があります。溶かしたバターを卵黄の側へ加える型もあります。最初に少量の卵白の泡で卵黄を緩め、残りの泡と粉をやさしく混ぜると、密度の違う材料がなじみます。天板へ長方形に広げて焼き、冷まして二枚の同じ大きさの生地を用意します。
熱すぎず冷たすぎないチョコレートを、乳の泡へ
中心は、泡立てた生クリームへ、溶かしたチョコレートを合わせたものです。粉糖を加え、少量のホイップクリームでチョコレートを緩めてから、残りの泡を混ぜる方法があります。
チョコレートが熱すぎると、クリームが緩んで形を保ちにくくなります。反対に、冷えすぎると、冷たい泡の中で粒になって固まります。地域の伝統食品調査が示す目安は38〜40度、菓子職人の公開ルセット(材料の配合と作り方)には40〜45度という例もあります。溶けたチョコレートをなめらかに分散させ、冷える力でクリームに切り分けられる腰を持たせます。
ココアと砂糖をホイップクリームへ加えるルセットもあります。ラムやバニラで香りを付け、ゼラチンで硬さを補う型もあり、チョコレートを溶かして合わせる方法とは、組み立て方が異なります。
上の一枚を区切ってから、柔らかな層へ載せる
下のスポンジへ四角い枠を置き、クリームを厚く、平らに詰めます。もう一枚のスポンジにはチョコレートを薄く流し、表面が固まってきたら、温めた包丁で一個分ずつ区切ります。これをクリームの上へ移し、上面の区切りに沿って切り分けます。
上掛けの硬い膜を、完成した厚いクリームごと力で押し切ると、側面がつぶれてしまいます。上の生地を先に切る、あるいは半分ほど切り目を入れる順番が、まっすぐな断面を作ります。5センチ前後の角形が代表的ですが、同じ構成を大きなトルテに仕立てる型もあります。
上掛けにも違いがあります。溶かしたダークチョコレートを使う型のほか、粉糖、卵白、ココア、少量のバターとラムを混ぜて塗るルセットがあります。側面の乳の泡と、上面の薄い膜が、同じ菓子の中で食感を変えます。
トリエステ市の食文化案内が示すリゴヤンチには、杏ジャムも使います。ジャムを薄く塗るのは上側になる生地で、その上へチョコレートをかけ、先に五センチ角へ切り分けます。もう一枚にチョコレート入りのホイップクリームを塗り、用意した上面の角形を並べる方法です。ジャムはすべての型には入りませんが、この地域型ではカカオと乳へ果実の酸味を重ねます。
パリの音楽家と公妃、港町の喫茶室
名の由来は、19世紀末から20世紀初めに活動したロマのヴァイオリン奏者、リゴー・ヤンチです。アメリカ出身のクララ・ウォードは、ベルギーのシメイ公の妻でしたが、音楽家との関係で当時大きな話題になりました。菓子はこの二人の恋に結び付けて語り継がれています。
ハンガリー国立デジタル文書館が伝える筋では、一八九六年、クララが夫のシメイ公とパリのレストラン・パイヤールで食事中、ヤンチがヴァイオリンを弾いていました。二人の関係が評判になると、ヤンチがブダペストの菓子店で恋人のためにチョコレート菓子を用意させ、職人が彼の名をつけたといいます。別の語り方では、音楽家自身が職人と一緒に菓子を考えたとされます。注文した話と一緒に考えた話のどちらも、恋愛を菓子の誕生へ結ぶ伝承です。最初のルセットや販売時期は確定していません。その名を持つ菓子は、ブダペストの菓子店やホテルの喫茶室に根付き、週末や祝いの食卓へ持ち帰る一品になりました。
アドリア海の港町リエカにも、この菓子の記憶が残ります。ホテル・コンティネンタルの喫茶室とリゴー・ヤンチの結び付きは、ハンガリー商業・飲食博物館の展覧会でも紹介されました。音楽家の名は、国境をまたぐ喫茶文化の中でも生きています。
用語解説
- リゴー・ヤンチ
- ロマのヴァイオリン奏者。菓子の名前の由来となった人物。1858〜1927年。
- クララ・ウォード
- アメリカ出身の富裕な家庭の女性。ベルギーのシメイ公妃となり、後にリゴー・ヤンチと結婚した。
- ロマ
- ヨーロッパなどに暮らす人々。音楽家として活動してきた人々も多い。
- ゼラチン
- たんぱく質から作られる凝固材料。
- トルテ
- 中欧などで用いられる、大型のケーキの呼称。







