Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

トンプース
Tompouce
ピンクの上蓋と、厚いカスタードの長方形
パイ / オランダ

薄い褐色のパイ、厚い淡黄色のクリーム、ピンクの上蓋。オランダやベルギーのトンプースは、二枚の生地の間にクリームを一段厚く挟む菓子です。三枚のパイと二段のクリームを重ねるフランスのミルフィーユとは、層数も量感も異なります。細長い長方形を彩る糖衣は、オランダの国王の日にはオレンジ色へ替わります。綴りにはtompouceとtompoesがあります。
昔話の小さな人物と、二人の芸人
名の系統はフランス語のTom Pouceから、英語の昔話の人物Tom Thumbへ遡ります。フランス語では小さな馬車や傘などもTom Pouceと呼ばれ、オンゼ・タールの語源解説は、小さなタルトという見立てから菓子の名になった可能性を挙げます。
人の名に結び付ける話もあります。米国の芸人チャールズ・シャーウッド・ストラットンは、「ジェネラル・トム・サム」として欧州を巡業しました。その人気に続き、フリースラント出身のヤン・ハンネマ(1839–1878)が、「アドミラル・トム・プース」として演じます。十九世紀半ばには、昔話の小さな人物を借りた芸名が、人々に知られていました。
アムステルダムの職人が、ストラットンの1858年の舞台に触発されて名付けたという物語は、小売店ヘマも伝えています。しかし地域史誌『Ons Amsterdam』は、1854年のロッテルダムの記述に「Tom-Pouce-gebakjes」がすでにあると指摘します。昔話の名、舞台の芸名、小さい物への見立てが重なる言葉は、五八年の命名譚に先立ち、菓子にも使われていました。
二枚を平らに焼く
バターと生地を折り重ねたパイは、焼くと層が開きます。しかしクリームを挟む板としては、平らな面も必要です。製菓書著者ルトガー・ファン・デン・ブルックの大判のルセット(材料の配合と作り方)では、フォークで穴を開け、焼く途中から金属の網を載せて膨らみを抑えます。ベルギーのCook & Bakeの型は、上へ天板を近づけて焼きます。層の歯切れを残しながら、上下の面を揃える方法です。
中身には、牛乳、糖、卵やでんぷんなどを加熱するカスタード系のクリームを使います。菓子職人ロベール・ファン・ベックホーフェンの型は、カスタードへゼラチンと泡立てた生クリームを混ぜた「スイス・クリーム」を、さらに別の生クリームと交互に絞ります。加熱して作るとろみに、生クリームの空気を重ねるため、黄色いカスタードだけの中身とは軽さが変わります。
上蓋を切ってから、下へ刃を入れる
生地とクリームは十分に冷まして組みます。上から強く押せば、中身が横へ出てしまいます。食文化研究者クリスティアーネ・ミュールスの方法では、糖衣を掛けた上のパイを先に長方形に切り、並べます。その境目に沿ってクリームと底のパイを切れば、厚い層を押し潰しにくくなります。
糖衣にも違いがあります。ファン・ベックホーフェンはパイへアプリコットジャムを塗り、ラズベリーで淡いピンクにしたフォンダンを重ねます。ルトガーの大判なら、ラズベリーピュレと粉糖を直接合わせます。Cook & Bakeのベルギーの型では、粉糖、レモン汁、水で糖衣を作り、着色は必須ではありません。有名なピンク色の下にも、果実を重ねる方法と糖のまとめ方の差があります。
花の香りと、祝日の一色
ミュールスは所蔵する1889年版の製菓書『De banketbakkerij』から、オレンジ花水を効かせた型を再現しています。今日よく見るバニラだけでなく、花の芳香を持つ古い味も伝わっています。
ヘマは1932年から販売したとするトンプースを、大きなパイへクリームと糖衣を重ねてから、多数の長方形へ切り分けます。買い物のついでにも一個ずつ買える菓子は、普段のコーヒーの時間にも祝いにも置かれます。国王の日には、国を象徴するオレンジ色の上面が、いつもの二枚パイを祝日の一品へ変えます。
食べるとき、上蓋を外すか、横へ倒すかが話題になるのも、砕けるパイと、押せば動く厚いクリームを一口へまとめる難しさからです。組み立てる職人も食べる人も、その二つの性質を合わせる工夫をします。
用語解説
- カスタード
- 卵やでんぷんなどを加熱し、乳にとろみや固さをつけたクリーム。
- スイス・クリーム
- カスタードに泡立てた生クリームを混ぜたクリーム。トンプースのルセットにはゼラチンを補う型がある。
- フォンダン
- 砂糖を主体とする、菓子の表面を滑らかに覆う糖衣。
- ミルフィーユ
- パイ生地とクリームを幾層かに重ねるフランスの菓子。
- ルトガー・ファン・デン・ブルック
- オランダの製菓書著者。Rutger Baktで自身のルセットを公開する。
- ロベール・ファン・ベックホーフェン
- オランダの菓子職人。テレビ番組『Heel Holland Bakt』で製菓を解説する。
- クリスティアーネ・ミュールス
- 歴史料理を調査・再現し、Coquinariaで公開する研究者。
- オンゼ・タール
- オランダ語の語法や語源を解説する言語団体。
- トム・サム
- 英語の昔話に登場する小さな人物の名。芸人の芸名としても使われた。
- ヤン・ハンネマ
- フリースラント出身の十九世紀の芸人。「アドミラル・トム・プース」の芸名で知られ、1850年代の肖像版画も残る。
- チャールズ・シャーウッド・ストラットン
- ジェネラル・トム・サムの芸名で活動した十九世紀のアメリカの芸人。
- ヘマ
- トンプースを長く販売するオランダの小売店。
- 国王の日
- オランダで国王の誕生日を祝う行事。オレンジ色が象徴となる。







