Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

ピュイ・ダムール
Puits d’amour
井戸の形をしたパイに、バニラクリームと薄い焦がし砂糖
パイ / フランス

くぼみを囲むパイの層か、浅いシューの器か。「愛の井戸」という名のピュイ・ダムールは、先に焼いた空間へ甘い中身を収めるフランスの菓子です。バニラクリームへ焦がし砂糖を重ねる型と、果実のジャムを詰める型があり、井戸の壁と中身の組み合わせが姿を変えます。十八世紀の大きな井戸には、鎖やつるべを思わせる飾りまでありました。
円盤と輪のパイを、九〇度ずらして重ねる
現在も、円盤の底と輪形の縁を組み合わせる方法が受け継がれています。パイ生地から二枚の円を切り、一枚の中央を抜いて輪にします。冷やした生地の底の縁を湿らせ、輪を90度回転させて重ね、そっと接着します。
縁へ卵を塗るときは、輪の曲線に沿って刷毛を動かします。切り口へ卵が流れると、パイの層の立ち上がりを妨げやすくなります。塗ってから冷やす工程をはさみ、焼いて膨らんだら冷まし、中央を押し込んで井戸の形へ整えます。中身を支える壁は、厚い生地の塊ではなく、焼いて立ち上がったパイの層です。
乳の冷たい中身と、二度焦がす砂糖
バニラのカスタードは、卵黄、砂糖、牛乳、でんぷんなどを混ぜ、かき混ぜながら炊いて作ります。火を止めてバターを加え、乾燥しないよう包んで冷やし、泡立てたクリームを合わせると、乳の軽さを含んだ詰め物になります。
冷めた器へクリームを詰め、表面をわずかに盛り上げて砂糖を散らします。熱した鉄やオーブンの上火で砂糖を焦がすと、クリームの上に薄い飴の層ができます。いったん休ませ、砂糖を焦がす工程をもう一度重ねる仕立てもあります。バニラのクリーム、焦げた砂糖、砕けるパイという三つの食感を、上面から順に味わう菓子です。
パリの老舗ストレーでも、ピュイ・ダムールは継承される定番の一つです。また、パイの底へシュー生地の輪を重ね、二つの生地で器を作る型もあります。
カプシューの浅いシューと、卵白で軽くするクリーム
フランス南西部、カプシューで親しまれる型は、シュー生地の小さな器にシブーストクリームを盛り、表面の砂糖を焦がすものです。カスタードに泡立てた卵白を合わせるため、ホイップクリームを加える型とは軽さの作り方が異なります。
メゾン・スガンが語る家の来歴では、父親がポーの菓子職人からこの特有のルセット(材料の配合と作り方)を学び、第二次世界大戦後にカプシューへ店を構えました。子どもたちが1980年代初めに継ぎ、2013年にはブリス・ルギヨンが事業と製法を引き継いでいます。地方名のついた一型が、別の町の職人から家族経営へ、さらに後継の作り手へ渡ったという経路です。
シューの器を作る一つの方法では、水、牛乳、バターを沸かし、火から外して粉を一度に加えます。再び火にかけて生地の水分を飛ばし、別の器へ移してから卵を一個ずつ混ぜます。小さく絞って焼き、完全には乾燥させず、焼成後に平たく落ち着いた生地の中央を指で押して、浅いカップへ整えます。
シブーストには、熱い糖液を泡立てた卵白へ注ぐイタリアンメレンゲを使う型があります。炊いたカスタードへゼラチンを溶かし、メレンゲを合わせて器に絞ります。クリームを冷ました後に砂糖を均一に付け、熱した鉄やバーナーで焦がします。パイの層を立ち上げる器と、シューを浅く整える器。同じ「井戸」の名の下に、生地と泡の異なる技術が受け継がれています。
果実の井戸も現在に続く
ジャム入りのパイは、現在も作られています。円盤と輪を重ねて焼いた器を冷まし、粉砂糖を振り、中央へラズベリージャムを詰めます。焦がしたクリームの乳と卵の味に対して、こちらでは果実の甘酸っぱさが中心になります。共通しているのは、先に器を焼き、中身を収める空間を作る組み立てです。
一七三三年、鎖の飾りを組み立てた井戸
1733年にロンドンで刊行されたヴァンサン・ラ・シャペルの『The Modern Cook』第2巻には、大きなものと小さなもの、二つの「ピュイ・ダムール」が載っています。
大きな型は、パイの円盤に中央を切り抜いた生地を重ねて器を作り、別に焼いたS字形の生地や鎖形の飾りを組み立てる、凝った仕立てでした。中には赤スグリのゼリーやアンズのマーマレードを詰め、同じ詰め物をした小さなシューも飾ります。井戸という名前は、ただ中央がくぼんでいるだけでなく、鎖やつるべまで思わせる造形にも表れていました。
小型は、グラスの口ほどのパイの円盤に小さな輪を重ねて焼き、砂糖を振って熱した火かき用の鉄で表面をつやよく仕上げます。赤スグリかアンズの甘い詰め物を入れ、切り抜いた小さな生地をふたにするものです。現在のクリーム入りとは異なる、果実の井戸でした。
恋愛の名と、年代の合わない宮廷の物語
くぼみに甘味を収める造形と「愛」を結ぶ名は、色恋の含みでも受け取られてきました。日本洋菓子協会連合会の解説も、ロマンチックさと当時には刺激的だった菓名の人気を紹介しています。
ルイ十五世がポンパドゥール夫人のために作らせた、という有名な話には年代の隔たりがあります。ヴェルサイユ宮殿が記す二人の出会いは一七四五年で、一七三三年のルセットが先です。誰の恋愛に由来した名か、宮廷のどんな出来事に結びつくかは確定していません。
用語解説
- メゾン・スガン
- フランス南西部カプシューの菓子店。ポーの職人から受け継いだルセットを家族と後継者へ伝えた。
- ブリス・ルギヨン
- 2013年にメゾン・スガンの事業と製法を継いだ作り手。
- カプシュー/ポー
- いずれもフランス南西部の町。スガン家の菓子の継承に関わる。
- ヴァンサン・ラ・シャペル
- 18世紀の料理人。1733年に英語の『The Modern Cook』を刊行した。
- 折り込みパイ
- 生地と油脂の層を折り重ね、焼くと薄い層が立ち上がる生地。
- シュー生地
- 液体と油脂を沸かして粉を加え、火にかけた後に卵を混ぜる生地。
- シブーストクリーム
- カスタードにメレンゲを合わせた軽いクリーム。ゼラチンを加えるルセットもある。
- イタリアンメレンゲ
- 泡立てた卵白へ熱い糖液を加え、泡立てて作るメレンゲ。
- ストレー
- 1730年創業のパリの菓子店。現在もピュイ・ダムールを定番として紹介する。







