Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

フラーイ
Vlaai
薄い発酵生地に、果実や米の甘い詰め物
パイ / オランダ・リンブルフなど

薄い発酵生地の縁が、サクランボやアプリコット、乳で炊いた米を浅く広く受け止めます。オランダとベルギーのリンブルフのフラーイは、パンの生地と果実の保存技術を結ぶ丸い菓子です。格子、そぼろ、蓋の有無で表面は変わり、農場の収穫祭から日曜の食卓、駅の小さな売り場へと広がりました。一般名の豊かな変奏と、両国が共同で守る「リンブルフセ・フラーイ」には、それぞれの範囲があります。
薄い酵母生地に果実を収める
土台には、小麦粉を主体に、酵母や乳、油脂などを合わせた生地を用います。発酵させてから丸くのばし、浅い型の底と縁へ沿わせます。焼き上がりの底を薄く整えることで、果実が主役になる、低い一台を作ります。
詰め物にはサクランボ、アプリコットなどの果実や、果実を煮たものを使います。汁気の多い果実なら、加熱した時に生地へ水分が移りすぎないよう、とろみを整えます。格子をかける型では、帯状の生地の間から、赤や橙の果実が見えます。
ルトガー・ファン・デン・ブルックの家庭向けルセット(材料の配合と作り方)は、小麦粉に酵母、バター、砂糖、卵、ぬるい乳を混ぜ、十分に捏ねてから一時間ほど発酵させます。短く捏ね直して薄く広げ、浅い型へ密着させ、余分な縁を落としてから詰め物を入れます。焼き上がってすぐ型から無理に外さず、少し冷ましてから網へ移す方法です。
干した洋梨と瓶詰め、米と乳の詰め物
両国のリンブルフで盛んな果樹栽培と果実の保存技術が、詰め物の種類を育ててきました。干した洋梨を使うバッケムーゼンフラーイは、その一例です。さらに瓶詰めの保存が広がると、サクランボの季節以外にも詰め物を用意できるようになりました。果実の型と乳を使う型を交互に作り、一年を通じて祭りや行列、村の市に出せる菓子になりました。
果実を入れる菓子というだけでなく、収穫を別の季節へ持ち越す知識が、詰め物の豊富さを支えています。干した実、煮た実、乳と米の粥では水分の出方が違い、同じ薄い土台にどう収めるかが職人の仕事になります。
果実だけでなく、米を乳で柔らかく煮たライスプディング、クリーム、セモリナの乳粥、フレッシュチーズなどを詰める型もあります。表面へ小さな生地の粒を散らすもの、蓋をかけるもの、詰め物をそのまま見せるものと、仕上げにも幅があります。
米の型なら、果実の酸味とは違う、乳のまろやかさと穀粒の柔らかさが中心です。同じ発酵生地の縁が、それぞれ違う詰め物を受け止めます。丸い一台から扇形へ切ると、縁のパンらしい部分と、中心の密な甘さを、一切れの中で食べ進められます。
一一八九年の朝食と、古写本のフラーデ
シント=トロイデン修道院の年代記の現代語訳には、一一八九年の包囲のころ、町の役人と市民がルーヴェン公ヘンドリクの心を和らげるため、土地に伝わる作り方で菓子を焼き、幕屋の朝食へ持参したという挿話もあります。訳文はこれをフラーイと呼びますが、生地や中身の配合までは記しません。
現在の名に近い vlade は、古い低地地方の料理書では、今日のリンブルフの果実菓子だけを指しません。十六世紀のゲントの料理写本には、クリーム、卵黄、少量の粉、糖を合わせる「クリームのフラーデ」と、さくらんぼを乳や香辛料と合わせて焼く型があります。一方、別の「さくらんぼとベリーのタルト」は、果実とシナモン、糖をパン状の皮へ詰めます。皮の例は小麦粉、少量の菜種油、卵白です。同じような名を持つ乳の菓子と、果実をパン状の皮へ収める菓子が並んでいました。
収穫祭の一台から、日曜のパン店へ
保護名の説明書は、著述家ヤコブス・クラーンダイクの一八七八年の紀行から、リンブルフの農場の収穫祭で、小麦の生地へ果実の煮物をのせたフラーイが並ぶ一節を引用しています。家庭や農場の祝いの菓子は、二十世紀に地域のパン店へ広がり、祭礼だけでなく日曜日にも食べる菓子になりました。
両国の職人が共同で守る「リンブルフセ・フラーイ」は、二〇二四年に地理的表示として認められました。対象となるものは両国のリンブルフで作り、焼いた底は厚さ一センチ以下。詰め物と仕上げを一緒に焼き、焼いた後の追加の飾りは行いません。
こうした表示は、果実をのせた酵母生地という外形だけでなく、土地のパン職人が焼く工程と、新鮮な状態で届ける仕事まで守るものです。
祝いの席では、違う味を二切れ、三切れ
村祭りや婚礼、初聖体の祝いには、午後四時ごろ、コーヒーとともに違う味を一人二、三切れずつ供する習慣がありました。地元ルーダルの観光団体が伝える食べ方では、大きな一台を八、十、十二の扇形へ切り、取り分け用のへらで小皿へ移してフォークを添えます。冷蔵庫から出したばかりより、室温や涼しい貯蔵室ほどの温度で供します。しっかりした底を持つものなら手で持ち、外周の皮を最後に食べることもできます。米と果実、格子とそぼろを選びながら、何種類かの一切れを囲む菓子です。
一般のフラーイには、焼いた後に生の果物やクリームを載せる型もあります。ルトガーは、カスタードに生クリームを混ぜたクリームを、焼いて冷ました生地へ飾っています。焼成後にも飾れる一般名の広がりに対し、保護名の一台は詰め物と仕上げまでを一緒に焼く形を守っています。
「駅のアンチェ」が旅人へ渡す一三センチ
地方の菓子が外の人に知られる過程には、鉄道の売り場があります。郷土史研究会の講演記録によると、「駅のアンチェ」と呼ばれたマリア・フベルティナ・ヘンドリックスは、1897年にヴェールトの駅食堂で働き始め、1911年に経営を引き継ぎました。彼女が売った直径約13センチの小さなヴェールトのフラーイが、旅人に町を覚えてもらう名物になりました。大きな一台を家庭で切る形に加え、駅で持ち運ぶ小型が地域の名を運んだのです。1989年に駅前へ像が建てられたことも、売り手自身が土地の記憶になった例です。
もう一段の広がりは、菓子店の流通網でした。マルチフラーイの自社史は、リンブルフのセーフェヌム村のパン店Enpéを出発点とし、1986年9月にアムステルダムの第一号店を開いたと記します。果実、格子、そぼろ、ホイップを添えた米の型を、リンブルフから日々運んで売る仕組みです。地域で焼くことと、遠くの街で食べられることが結び付きました。
用語解説
- リンブルフ
- オランダとベルギーのそれぞれにまたがる地方・州の名。
- セモリナ
- 小麦を粗く挽いた粒状の粉。
- 地理的表示
- 産地と結びつく特性や評価を持つ名称を保護する制度。
- バッケムーゼンフラーイ
- 干した洋梨を詰めるフラーイ。
- ヤコブス・クラーンダイク
- 十九世紀オランダの紀行著者。収穫祭のフラーイについて記した。
- ルトガー・ファン・デン・ブルック
- 家庭向けのフラーイのルセットを公開するオランダの製菓著者。
- アンチェ・ファン・デ・スタチー
- 直訳すると「駅のアンチェ」。ヴェールトの駅で小さなフラーイを売ったマリア・フベルティナ・ヘンドリックスの愛称。
- クリスティアネ・ミューセルス
- 古いオランダ語の料理写本を翻刻・翻訳する食文化研究者。
- シント=トロイデン
- 現在のベルギー・リンブルフ州の町。
- ルーヴェン公ヘンドリク
- 十二世紀末の年代記の挿話で朝食の菓子を贈られる人物。
- マルチフラーイ
- リンブルフで焼いたフラーイを他地域の店舗でも販売する菓子店チェーン。
- BGA/PGI
- 保護された地理的表示を表すオランダ語/英語の略称。







