Sweetlore世界のお菓子図鑑(534)

シュリカンド
Shrikhand
乳を発酵させてから、水分を切る
デザート / インド・マハーラーシュトラ州・グジャラート州など

シュリカンド(Shrikhand)は、発酵させた乳を水切りし、砂糖と香りを加えて練り合わせる、甘く酸味のある乳菓です。インド西部のグジャラートとマハーラーシュトラで親しまれ、冷たいデザートとしても、祝いの食事の1品としても供されます。カルダモンやサフラン、ナッツを使うものがよく知られますが、その濃厚さの出発点は、クリームの泡立てではなく発酵乳の水切りにあります。
乳を発酵させてから、水分を切る
材料となるダヒ(dahi)は、乳を乳酸発酵させたものです。乳を加熱してから適温へ冷まし、発酵の種を加えて固めます。このとき、乳の糖から生まれる酸によって、乳たんぱく質が柔らかな凝固組織を作ります。乳を固める点ではチェナにも似ていますが、チェナのように熱い乳へ酸を直接加える工程とは異なります。
固まったダヒを細かな布へ移し、吊るすなどして乳清を流出させます。布の中に残った濃い乳の塊がチャッカ(chakka)です。水切りによってスプーンに載る硬さが生まれ、そのチャッカへ砂糖を加えて練ると、滑らかなシュリカンドになります。発酵で酸味と組織を作り、水切りで濃さを整え、最後に甘さと香りを合わせる、3つの段階を持つ菓子です。
チャッカに砂糖を加えたら、全体が均一になるまで練ります。塊が残らないように練り合わせると、発酵乳の酸味と砂糖の甘さが一口の中でまとまります。乳たんぱく質の濃い組織が基本なので、ゼラチンで形を保つムースや、乳を長く煮て水分を飛ばすバスンディとも異なる質感になります。
古い名と、現在の発酵乳菓
11世紀のカンナダ語文献『ロコーパカーラ』には、シカリニー(sikharini)という乳の料理が現れます。同書は1025年頃にチャーヴンダラーヤがまとめた、料理、農業、香料などを扱う実用書です。2006年刊のヴァールミーキ・スリーニヴァーサ・アヤンガーリヤによる英訳にも、その作り方が収められています。
この作り方では、凝固した乳にシナモン、乾燥生姜、黒胡椒、岩塩、サトウキビのジャガリー、ナツメグなどを合わせます。さらにミロバランの果実や昆虫由来のラック樹脂、蜂蜜、サトウキビ汁を用い、煙で乳へ香りを移す燻香を行います。最後に食用の樟脳を加えます。粉にした材料を混ぜるだけで終えず、煙による香り付けを重ねるところに、今日の代表的なシュリカンドとの大きな違いがあります。甘味と乳の酸味に、塩、辛味、複数の芳香を合わせる料理でした。
この英訳のシカリニーの作り方には、今日の製法の中心となるチャッカの水切りは明記されていません。甘い乳を使う点は共通していますが、香りの組み合わせや仕上げ方には違いがあります。現在のシュリカンドでは、水切りした発酵乳の濃さと滑らかさを整え、サフランやカルダモン、果肉などの香りを合わせる工程が中心になっています。
香辛料、果実、薔薇で変わる表情
サフランは乳の白さに淡い黄を与え、カルダモンは香りを加えます。アーモンドやピスタチオは細かく散らすこともあり、均一に練った乳の中にナッツの歯触りが入ります。果肉を混ぜるものも発達し、マンゴーを加えたものはアームラカンド(amrakhand)として知られます。
薔薇で香りを付けるものには、花弁と砂糖を重ねて作る保存食グルカンド(gulkand)を混ぜるものもあります。料理家が公表する薔薇のシロップを使った作例では、淡い桃色のなめらかな仕上がりになっています。同じ冷たい乳菓でも、サフランの淡い黄、マンゴーの果肉、薔薇の花の香りという、別々の表情が生まれます。
水切りした乳の濃さに果肉の水分が加わるため、果物入りではチャッカの状態と果肉の量の両方が仕上がりに関わります。マンゴーの色と甘さを前面に出すものも、酸味を残して乳の味を主にするものもあり、香辛料や果実を替えながら同じ発酵乳の土台を用いる点に、この菓子の広がりがあります。
甘い乳菓が食事の1皿になる
グジャラートやマハーラーシュトラでは、シュリカンドはプーリー(puri)とともに供されます。プーリーは油で膨らませた小さなパンです。温かいパンの歯触りと、冷たく滑らかな乳菓を合わせる食べ方で、甘味が食後の別皿にだけ置かれるわけではありません。さまざまな料理を載せたターリー(thali)の1品としても登場します。
マハーラーシュトラの新年グディ・パドワなど、祝いの食卓との関係もあります。各家庭で作る1皿から、乳業者が製造し冷蔵で販売する商品まで、製造の場は広がりました。現在の乳業では布で長時間吊るす代わりに、分離機で水分を除いたり、機械で均一に練ったりする方法も用いられます。
用語解説
- グルカンド(gulkand)
- 薔薇の花弁と砂糖から作る甘い保存食。シュリカンドの香り付けに使うものもあります。
- ヴァールミーキ・スリーニヴァーサ・アヤンガーリヤ
- 『ロコーパカーラ』の2006年刊英訳を手掛けた翻訳者。
- ミロバラン
- ここではハリタキーとも呼ばれる植物の果実。英訳のシカリニーでは香り付けの材料に挙げられます。
- ラック樹脂
- ラックカイガラムシが作る樹脂状の物質。英訳のシカリニーでは燻香に使われます。
- 燻香
- 材料をいぶした煙で、食品や器へ香りを移すこと。
- 樟脳
- 強い芳香を持つ物質。本文の英訳では、食用のものを仕上げに加えています。
- ロコーパカーラ
- 11世紀にカンナダ語で編まれた実用書。料理を含む幅広い技術を扱います。
- チャーヴンダラーヤ
- 1025年頃の『ロコーパカーラ』の著者。前代の同名人物と区別して二世とも表記されます。
- ジャガリー
- 精製度の低い糖。古いシカリニーの材料にも挙げられます。
- ダヒ(dahi)
- 乳を乳酸発酵させて作るインドの発酵乳。
- 乳清
- 乳の凝固物から分かれる液体。水切りの際に布から流出します。
- チャッカ(chakka)
- ダヒを水切りして得る濃い乳の塊。シュリカンドの土台です。
- バスンディ
- 乳を煮詰め、甘味や香りを加える乳菓。
- アームラカンド(amrakhand)
- マンゴーを加えたシュリカンドの一種。
- プーリー(puri)
- 生地を油で揚げて膨らませる小型のパン。
- ターリー(thali)
- 料理を盛り合わせる盆や、その形で供する食事。
- グディ・パドワ
- マハーラーシュトラで祝われる新年の行事。
- シカリニー(sikharini)
- 古いインド文献に見える甘い発酵乳の名。『ロコーパカーラ』の2006年英訳にも、その作り方が収められています。







