Sweetlore世界のお菓子図鑑(534)

ナズキ
Nazuki
窯壁で焼く甘いパン、スラミの街道の香り
発酵菓子 / ジョージア・スラミなどシダ・カルトリ地方

ナズキ(Nazuki、ნაზუქი)は、ジョージアに伝わる甘いパンだ。なかでもシダ・カルトリ地方のスラミでは、レーズン、シナモン、クローブが香る茶褐色のパンを、街道沿いの窯で焼いてきた。旅人が買う焼きたての1枚も、家族が祝いの食卓へ持ち帰る1枚も、この町のナズキである。
名は、ペルシア語のナーズク(nāzuk、نازك)に結び付く。「細い」「繊細な」「やわらかな」といった意味を持つ語だ。ジョージアの学者スルハン=サバ・オルベリアニも、ナズキをペルシア語に由来する語として記し、丁寧に、繊細に作られたものをいう語義とパンの名を結び付けている。
祝いのパンと、街道で売るパン
ナズキはスラミだけのパンではない。ジョージアの民族誌辞典は、乳と油脂でこね、表面に卵を塗り、トネ(tone)という窯で焼く甘いパンとして説明している。国の観光局が挙げる主な地域はシダ・カルトリとジョージア南部で、カルトリ、カヘティ、メスヘティでは祝いのパンとして作られてきた。カルトリには、復活祭にパスカ(paska、პასკა)の代わりにナズキを焼く習慣もある。パスカはレーズンや香辛料を加える復活祭の焼菓子で、乳やバターを使う発酵生地を型で焼く。
スラミの商いにも、この祝祭の需要が重なる。2014年の現地取材で、焼き手たちは1年で最もよく売れるのが復活祭の時期だと語っている。新年にも、通りがかった客が祝いの食卓用に数枚を買っていく。街道の店は旅の途中の空腹を満たすだけでなく、家庭の晴れの日へパンを届ける場所でもある。
香辛料を入れても、窯に付く生地にする
生地の組立てには店や家庭の違いがある。観光局のルセット(材料の配合と作り方)では、小麦粉に乳、卵、油、砂糖または蜂蜜を使い、酵母や発酵乳のマツォニ(matsoni)を合わせる。洗って水気を切ったレーズンは油でさっと炒めてから加える。クローブとシナモンのほか、好みによってナツメグやバニラも香らせる。
スラミで働くソポ・チャンケタゼの2014年の説明では、以前は牛乳でこねていた生地に、そのころは練乳を使っていた。ただし甘くしすぎると、窯の壁に付かず落ちてしまうという。甘さと窯への付き方を一緒に見ながら配合を決める、焼き手の経験である。
同じ取材で、ソポとインガ・ゴゴラゼは、長い発酵に備えて前日に生地を仕込み、朝4時に起きて窯の仕事を始めていた。よく膨らんだ生地を分け、窯を熱し、先にラヴァシュを1窯焼いてからナズキを貼り付ける。香辛料を混ぜた甘い生地は、普通の食事パンと同じ窯を使いながら、独自の配合と順番で焼かれている。
壁に貼り、窯を覆う
トネは、熱した内壁へ生地を貼り付けて焼く窯だ。ナズキも平らに形を作り、表面に卵を塗って焼き色と艶を出す。壁にとどまる生地が必要なため、観光局の作り方では、家庭用オーブンで焼く場合よりもしっかりこねる。オーブンなら、よりやわらかな生地でも焼ける。
窯の中の仕上げにもひと手間ある。同じルセットでは、熾火に粉砂糖を振り、板や布で窯口を覆って、糖から立つ煙で表面を色付ける。卵を塗った表面と、この窯の操作が、濃い茶色の姿につながる。生地を2度膨らませる時間、壁に貼れる張り、窯を覆う最後の工程までが、1枚のナズキを作っている。
スラミに並んだ小さな窯
スラミはジョージアの東西を結ぶ道の途中にある。20世紀末の経済的な苦境のなか、家々が小さなトネを設け、街道を通る人へナズキを売る商いが広がったと伝えられる。古くからの祝いのパンが、この町では家計を支える仕事にもなった。
2014年の取材に登場するインガは、母親から焼き方を学んだ。ほかに収入の道が乏しく、力も時間もかかる窯仕事を続けていると話す。店先でパンを掲げて車へ合図する売り方には、道を通る客をつかまえる工夫があった。2026年には、町を通る車が新しい幹線道路へ移ったことで、街道沿いの売り手の収入が減った。ジョージアの自治体開発基金は、ナズキや窯焼きパンを売る人たちと、売場と駐車場を備えた新しい商業スペースについて協議した。道を行く人へ焼きたてを渡す商いは、道路の変化に合わせて場所を探し続けている。
用語解説
- ナーズク(nāzuk、نازك)
- ペルシア語の形容詞。「細い」「繊細な」「やわらかな」などを表す。
- スルハン=サバ・オルベリアニ
- ジョージアの学者・辞書編纂者。ナズキの語義とペルシア語との関係を記した。
- トネ(tone)
- 熱した内壁に生地を貼り付けて焼くジョージアの窯。
- マツォニ(matsoni)
- ジョージアなどで食べられる発酵乳。
- ルセット
- 材料の配合と作り方を記したもの。
- ラヴァシュ
- 薄く焼くパン。ここではスラミの職人がナズキに先立って同じ窯で焼くパンを指す。
- パスカ(paska、პასკა)
- ジョージアで復活祭に焼く、乳や油脂、干し果実などを用いる祝い菓子。
- ソポ・チャンケタゼ
- 2014年のスラミの取材で、生地の乳や糖の扱いを説明したナズキの焼き手。
- インガ・ゴゴラゼ
- 同じ取材で、母から受け継いだナズキの窯仕事と暮らしを語った焼き手。







