Sweetlore世界のお菓子図鑑(534)

スポンガータ
Spongata
スポンガータの材料と製法
パイ / イタリア・ブッセート、ブレシェッロなど

スポンガータ(Spongata)は、薄い生地で果物や木の実、香辛料の詰め物を包んだ、イタリア北部の平たい丸菓子です。粉糖をまとった皮を切ると、内側には蜜でまとめた褐色の具が厚く詰まっています。エミリアの平野から、アペニン山脈を越えたトスカーナのルニジャーナ地方、リグーリアにかけて、土地や作り手ごとのスポンガータがあります。

薄い皮の中に
エミリア=ロマーニャ州が紹介するブッセートの一例には、りんご、焼いたパン、アーモンド、干しぶどう、くるみ、松の実、砂糖漬けのオレンジやシトロン、香辛料が入ります。刻んだ材料に熱い蜂蜜を合わせ、一晩休ませます。翌日、大きく延ばした生地を型に敷き、具を広げ、もう一枚をかぶせて縁を押さえて焼きます。薄い外皮と、果実や木の実が混ざる厚い中身との違いが、この菓子の持ち味です。
トスカーナ州が紹介するルニジャーナ地方の作り方では、蜂蜜を白ワインと煮たところへ乾いたパンと香辛料を加え、さらにアーモンド、くるみ、ヘーゼルナッツを混ぜます。火から下ろして酒、砂糖漬けの果皮、干しぶどう、松の実を加え、翌日まで休ませます。具を二枚の生地で挟み、縁を閉じ、上面にフォークで穴を開けて焼きます。パンは具の一部として蜜と木の実を受け止め、切った一片にはさまざまな材料が現れます。香辛料にはシナモンだけでなく、ナツメグやこしょうを使う例もあります。

山を越え、それぞれの店へ
ポントレーモリの菓子として紹介される一例は、蜂蜜、砂糖漬けの果物、木の実に加え、りんごのジャムと焼いたパンを使います。同じ町の観光資料はココア入りの詰め物も紹介しています。一方、リグーリア州サルツァーナの菓子店ジェンミでは、りんごと洋梨のコンポートにアーモンドや松の実、柑橘の砂糖漬けを合わせ、薄い生地で包みます。店の作り手は、詰め物を木型に広げ、皮をかぶせ、丸く切りそろえる工程を語っています。
エミリア=ロマーニャ州の資料には、コルニーリョのスポンガータも記されています。蜂蜜、焼いたパン、木の実、干しぶどうに、果物を甘く煮て辛味を加えたモスタルダを合わせる例です。上面に穴を開けた姿にも、この菓子の土地ごとの作り方が見えます。

贈り物と店の記憶
ブッセートではクリスマスの菓子として知られます。ポントレーモリでは、トスカーナ州の資料によると、かつて謝肉祭に若者が婚約者へ贈る習わしもありました。祝いの時期は一つに限らず、家で食べたり贈り物にしたりして受け継がれたことがうかがえます。サルツァーナのジェンミでは、以前は主にクリスマスに作っていたものを、店の作り手が通年で作るようにしたと語ります。温めて香りを立て、甘口のワインと合わせるのがその店の勧めです。
ポントレーモリでは19世紀に菓子店主マルカントニオ・チェッペッリーニが自分のスポンガータを整えました。料理アカデミーの2003年の報告によれば、息子は1916年、営業権とともにレシピ帳や菓子の木型、道具を次の経営者へ譲っています。菓子の配合だけでなく、形を作る道具も店から店へ受け継がれたのです。
17世紀の詩にも菓子の名が現れます。アレッサンドロ・タッソーニの英雄喜劇詩『奪われた桶』第12歌では、モデナの町から使節への贈り物の一つとして、50個のスポンガータが挙げられています。これは詩の中の贈り物の描写であり、当時の菓子が現在の配合と同一だった証拠ではありません。
料理史家クラウディオ・ベンポラートは、1454年にパルマのジョヴァンニ・ボットがミラノ公フランチェスコ・スフォルツァへ送った手紙にスポンガータの名があると紹介しました。古くから知られた名前である一方、その頃の菓子と現在の配合がどのようにつながるかは分かっていません。古代ローマの果実と蜜の菓子との類似や、ユダヤ人の食文化とのつながりを指摘する説もありますが、似た材料があることだけでは、どの土地で現在の形が生まれたかは決まりません。
名前についても、スポンジを意味する語に結びつける説があります。皮の穴に着目する説明もあれば、詰め物の様子に由来すると考える作り手もいて、語の由来を一つに定めることはできません。
用語解説
- マルカントニオ・チェッペッリーニ
- 19世紀のポントレーモリの菓子店主。
- アレッサンドロ・タッソーニ
- 17世紀のイタリアの詩人。『奪われた桶』に菓子の名を記した。
- クラウディオ・ベンポラート
- 料理史家。1454年の書簡にある菓子名を紹介した。
- ジョヴァンニ・ボット
- パルマからミラノ公へ書簡を送った人物として紹介される。
- シトロン
- 香りの強い柑橘。果皮の砂糖漬けを菓子に使う。
- ルニジャーナ
- トスカーナとリグーリアにまたがる、マグラ川流域の歴史的な地方。
- フランチェスコ・スフォルツァ
- 15世紀のミラノ公。1454年の書簡にまつわる紹介に登場する。







