Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

バームブラック
Barmbrack
果実の斑点に、ハロウィーンの占いを包む
発酵菓子 / アイルランド

ハロウィーンの茶の時間、一切れの中から指輪が現れると結婚の予兆になる。アイルランドの果実パン、バームブラックには、小さな品を隠して将来を占う遊びがあります。けれども品物と意味は全国一律ではなく、同じ豆や枝も土地で違う運命を示しました。干し果実が斑点のように散るパンは、焼き方にも行事での役割にも幅を持っています。
斑のパンを膨らませる二つの方法
アイルランド語ではバイリン・ブレック(bairín breac)といい、bairínはローフ、breacは斑のあることを表します。干し果実が生地に散る姿を映した名です。英語のbarmはエールの発酵で生じる酵母を含んだ泡の名でもあり、パンをふくらませる材料と結びつけても説明されます。
酵母型では、小麦粉に乳、卵、バター、砂糖、酵母を合わせてこねます。果実を茶やウイスキーに浸してから使うこともあり、初めの発酵を終えた生地に水気を切った果実を混ぜ、型の中でもう一度ふくらませて焼きます。
ティー・ブラックでは、果実を冷たい紅茶に一晩浸し、その茶ごと砂糖、卵、膨張剤入りの粉、香辛料を混ぜます。酵母を発酵させる時間は要りません。果実三五〇グラムに粉二二五グラムという具の多い配合もあり、長方形のローフ型にも丸型にも入れて焼かれます。焼き上がりを包んで二日ほど置く食べ方もあります。酵母型はパンの組織、茶と膨張剤の型は果実をたっぷり含むケーキに近い組織です。どちらも薄く切り、トーストしてバターを塗れば、果実の甘さに乳の風味と塩味が重なります。
指輪、豆、枝に託した予兆
アイルランド国立博物館の民俗資料担当者クローダ・ドイルの紹介には、結婚の指輪、富の硬貨、貧しさの布、独身の指貫とボタン、宗教生活の十字架が並びます。その一方で、一九三〇年代の学校民俗採集のリムリック県アデアの記録では、茶の時間にパン屋のバームブラックを囲み、指輪、指貫、お守り、エンドウ豆、インゲン豆、枝、布、ボタンを隠したといいます。エンドウ豆は貧しさ、インゲン豆は富を示し、枝は将来の配偶者へ暴力を振るうという不穏な予兆でした。
コーク県デリーガランの記録でも豆は富ですが、枝を引いた人は「ひどく打たれる」と語られます。振るう側か、受ける側か。同じ枝にも逆の意味を与えた当時の語りが、地域の記憶として残りました。
現在の店頭では、指輪を入れた型が目立ちます。国立博物館も、手作りの遊びからスーパーで買う菓子への移り変わりを伝えています。多種類の品を入れる家庭ごとの占いは、販売形態の中で簡素にもなりました。
マライアが切る一切れ、年越しに戸をたたくパン
ジェイムズ・ジョイスの『ダブリン市民』所収「土くれ」では、洗濯施設で働くマライアが茶の時間に大きなバームブラックを切り分けます。周囲が指輪に当たりそうだとからかう場面に、婚姻をめぐる期待が茶の席へ入り込む様子が描かれています。
ジョイスが描いた茶の時間から、舞台を大晦日の戸口へ移すと、同じパンには家全体の食を願う役目もありました。食文化研究者JPマクマホンが紹介するリムリック県キルフィネーンの記録では、大晦日の真夜中に若者が家々の戸をパンで三度たたき、翌年も食べ物が尽きないよう祈ります。家庭で焼いたバームブラックを使う場合もありました。ハロウィーンには切り分けた中身で人の将来を占い、大晦日には戸口で一年の豊かさを願う。季節と場所が変わると、果実パンの役目も変わります。
用語解説
- エール
- 上面発酵系のビール。発酵中の泡には酵母が含まれる。
- クローダ・ドイル
- アイルランド国立博物館の民俗資料担当者。ハロウィーンの占いの品と現在の販売形態を解説する。
- 学校民俗採集
- 一九三〇年代に児童が地域の語りを記録したアイルランド民俗委員会の事業。地元の記憶を残すが、全地域の一律規則を意味しない。
- 指貫
- 縫い物の際に指にはめて針を押す道具。
- ジェイムズ・ジョイス
- アイルランドの作家。「土くれ」に茶とバームブラック、指輪をめぐる会話を描いた。
- マライア
- 「土くれ」の主人公。職場の茶の時間にバームブラックを切り分ける。
- JPマクマホン
- アイルランドの食文化研究者。大晦日に戸口をパンでたたく地方の記録を紹介する。







