Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

バスクチーズケーキ
Basque Cheesecake
濃い焼き色の下に柔らかな中心を残すチーズケーキ
ケーキ / スペイン

底にビスケットもパイもなく、焼き色のついた表面から柔らかなチーズ生地が続きます。国際的に知られるバスクチーズケーキの型は、サン・セバスティアンのラ・ビーニャに由来します。硬い土台を外した構成と、焼いた後に落ち着かせる時間が、乳の生地のほどけ方を決めます。一軒の店の試作は、旅先で食べた料理人が持ち帰り、公開ルセット(材料の配合と作り方)や写真を通じて別の土地の菓子へ変わりました。
五つの材料で、土台を置かずに焼く
基本の材料は、クリームチーズ、砂糖、卵、生クリーム、小麦粉の五つです。チーズと生クリームを多く含む生地を卵で焼き固め、少量の粉でまとまりを補います。卵を別に泡立てるスポンジとは違い、材料を一つのなめらかな生地に混ぜ合わせます。
型には湿らせたオーブン用の紙を敷き、ビスケットやパイの土台を置かずに生地を流します。底生地をなくしたのは、チーズの部分が口の中でほどける感覚を、硬いビスケットに妨げさせないためでした。乳製品の比率だけでなく、底の構造も食感を左右しています。
焼き上がりから、供する温度まで
高温で焼くと表面に色がつき、中心には水分を含む柔らかさが残ります。店が公開したルセットには二一〇度で約四〇分焼き、少なくとも四時間休ませるものがあります。オーブンから出た時点と、冷まして型から外せる時点は異なり、余熱と冷却も完成までの工程に含まれます。
提供温度でも印象が変わります。冷蔵すると生地は密になり、室温では柔らかさが感じられます。ラ・ビーニャでは、九〇年代後半に訪れた料理人の助言をきっかけに冷蔵庫での保管を見直し、店のカウンターに並べるようになりました。焼成だけでなく、どの温度で一切れを供するかが、食べ心地をつくっています。
英語圏では「バーント・バスク・チーズケーキ」とも呼ばれますが、創作したサンティアゴ・リベラは、苦みが出るほど焦がすことを意図していません。褐色の上面は特徴の一つでも、真っ黒な表皮や流れ出す中心だけが、この菓子の完成形ではありません。
月曜日の試作が育てた菓子
サンティアゴ・リベラは一九八七年から家族の店で働き、休業日の月曜に料理書のルセットを組み合わせて試作を重ねました。チーズケーキだけでなく、チョコレートのムースやマンゴーのクリームも試しています。
菓子の創作年は、店の公式記録では一九九〇年、本人の二〇二三年のインタビューでは一九八八年です。年には揺れがありますが、一九五九年の店の創業からずっと後、本人の試作期に生まれたことは共通しています。当初はクワルクに似たチーズを用い、複数を合わせた時期を経てクリームチーズへ変わりました。初めから一つの材料銘柄に固定された菓子ではありません。
一皿に載るのは小さめの二切れです。少しずつ味わう切り方は、ピンチョスを食べるバルで食後にも小さな一品を楽しむ、町の食べ方につながっています。
旅先の一切れから、各地のオーブンへ
二〇〇〇年代にサン・セバスティアンのバル巡りが広がると、旅人や料理人がラ・ビーニャのチーズケーキを知る機会が増えました。サンティアゴ・リベラはルセットを隠さず、求める料理人にも渡してきたと語ります。豪州メルボルンのモヴィーダでは、料理人フランク・カモラが店に直接尋ねたルセットをもとに二〇一一年から提供しました。最初は原店を再現し、のちには羊乳を使う柔らかい型へ変えています。これは同じ土地の名を冠しても、乳の選択と中心の固さが移動先で変わる例です。
トルコの店B.Blokが二〇一四年に取り入れた例も報じられています。米国の『Bon Appétit』では、料理人モリー・バズが旅先で食べた一切れをもとに、粉を増やして中心をやや固め、バニラと塩を加え、糖を減らした型を二〇一九年に公開しました。写真やルセットの流通は褐色の上面を目印として広げましたが、原店と同じ焼き加減、乳の配合だけが各地へ複製されたわけではありません。
日本のレストラン、専門店、冷蔵ケース
日本では有楽町のレストラン「6th」が二〇一六年から提供したと伝えます。食後の一切れとして広まる入口の一つです。
二〇一八年七月五日には、白金に専門店「GAZTA」が開きました。運営者はサン・セバスティアンの菓子に学んだ店と説明し、レストランの一皿から、菓子の名そのものを看板に掲げる展開が生まれます。
ローソンの「バスチー」は二〇一九年三月二十六日に全国発売されました。クリームチーズと生クリームに牛乳を加えた生地へ、上下から焦がしカラメルを合わせます。冷蔵ケースで買う一個に、乳とカラメルの層を目印として施した翻案です。レストランの一皿、専門店の一台、小売の冷蔵菓子では、同じ名でも温度と構造が異なります。
バスク地方のチーズケーキ全体が、この一型に収まるわけではありません。青カビチーズや燻製チーズを使う北スペインの別のルセットもあり、日本で目印となった焼き色は、広い土地の菓子文化の一面です。
用語解説
- フランク・カモラ
- 豪州メルボルンのモヴィーダの料理人。ラ・ビーニャに尋ねたルセットを基に、羊乳を使う型へ発展させた。
- モリー・バズ
- 米国の料理人。ラ・ビーニャで食べた菓子を基に、粉・香り・甘さを調整したルセットを公開した。
- サンティアゴ・リベラ
- ラ・ビーニャでチーズケーキを開発した料理人。チーズや提供温度を試作の中で変えてきた。
- サン・セバスティアン
- スペイン・バスク地方の沿岸都市。バスク語名はドノスティア。
- クワルク
- 水分を含む、熟成させないフレッシュチーズの一種。
- ピンチョス
- バスク地方のバルなどで供される小さな料理。
- バル
- 酒や軽い料理を供するスペインの飲食店。
- GAZTA
- 2018年7月に東京・白金に開いた、バスクチーズケーキの専門店。バスク語でチーズを意味する語を店名にした。
- バスチー
- ローソンが2019年3月26日に発売した「バスク風チーズケーキ」。カラメルを上下に施す小売向けの商品。







