Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

ビルンブロート
Birnbrot
乾燥梨をぎっしり詰めた、薄い皮の果実パン
発酵菓子 / スイス

薄い皮の内側に、乾燥梨、イチジク、クルミなどが密に詰まっています。スイスのビルンブロートは、名の通り「梨のパン」。代表的な型では果実とナッツをパン生地でつなぎ、さらに薄い生地で包みます。東部・中部とグラウビュンデンに主な産地があり、梨を煮るか浸すか、外側にも皮を付けるかが地域の断面を分けます。
梨を煮崩す土地、浸して残す土地
グラールスやトッゲンブルクでは、乾燥梨を柔らかく煮て、裏ごししてからほかの材料と合わせます。グラウビュンデンでは、切った乾燥梨をバラ水や梨の蒸留酒に一晩浸し、煮ずに餡へ混ぜる型が伝わります。後者は梨の形が残り、煮た梨の餡より粒が粗く、果実の香りもはっきりします。
イチジク、サルタナ(干しぶどう)、クルミ、乾燥リンゴ、オレンジやレモンの砂糖漬け皮などを加え、コリアンダー、シナモン、八角、アニス、クローブで香りを重ねます。梨の蒸留酒やサクランボの蒸留酒キルシュ、ワインを使う型もあり、果実の種類だけでなく、浸す液体と香辛料の組み合わせが土地や家庭ごとの違いになります。
パン生地でつなぐ中身、包む外皮
グラールスなどの代表的な型では、梨の餡にルッフメールのパン生地を混ぜ、粘りとまとまりを与えます。外側には、白い粉に乳、酵母、砂糖、バターを合わせた生地を薄く延ばして使います。果実とナッツをばらばらにせず、一枚として切れる中身を作り、その輪郭を薄い皮で包む構成です。
家庭のルセット(材料の配合と作り方)には、一種類の生地を二等分し、一方だけに果実をこね入れる方法もあります。具のない生地を長方形に延ばし、果実入りを棒状にして中央へ置きます。縁を水で湿らせ、短辺、長辺の順に折って閉じ、合わせ目を下にして焼きます。卵を塗ると外側に艶が出ます。フォークなどで開ける穴は、内部の蒸気の逃げ道になり、薄い皮が裂けるのを抑えます。
外皮を付けない型と、巻く隣の菓子
グラウビュンデンには、果実の中身にパン生地を多めに混ぜ、外側の薄い皮を付けずに焼く型もあります。外皮を持つ型では明るい生地の輪郭が濃い果実を囲みますが、皮のない型では切り口まで果実とパン生地が続きます。エンガディンの製造者も、同じ梨のパンを皮付きと皮なしで売り分けています。
ルツェルンのビルネンヴェッゲンは、延ばした生地に梨の餡を塗り、巻いて作ります。餡にパン生地を混ぜないため中身が柔らかく、やや平たい楕円形になります。餡を生地でつないでから包むビルンブロートとは、断面の作り方が違います。
粉を補う果実から、祝いの濃いパンへ
アルプスや前アルプスの家畜を育てる土地では、穀粉が高価だったため、保存した乾燥梨などを加えて粉を補ったのではないかと、スイス料理遺産の調査は推定します。中世以前に成立した可能性も挙げられますが、当時のルセットが残っているわけではありません。乾燥果実の多いパンは長持ちしてまとめ焼きに向き、香辛料とナッツを増やすにつれ、クリスマスと新年の濃い菓子になりました。
一九一一年『ベルン料理書』第十八版の「ビュンドナーブロート」は、煮た梨とプラムの餡にパン生地を混ぜない型です。一九四四年の専門書『Der Schweizer Bäcker-Konditor』には、「ビュンドナー・ビルンブロート」という名と、グラールス、ルツェルンの型との区別が現れます。グラウビュンデンの地域団体は、一八九三年以降の広告や一九〇七年の料理書にも地名付きの梨のパンを見いだしています。地域名が用いられた時期と、今日の皮付きの姿が定まった時期は同じとは限りません。
二十世紀には家庭から職業のパン店へ生産が移り、通年の菓子にもなります。薄切りへバターを塗り、乳、コーヒー、茶と食べるほか、持ち歩ける間食にもなりました。
みんなで割るクルミ、十二月二十六日の大きなパン
グラウビュンデンのヴァル・ミュステールでは、クリスマス前に近所の人々が梨の皮をむき、こね、延ばし、焼く仕事を手伝いました。この集まりはロマンシュ語で Tramagl または Plaz と呼ばれ、食事や歌も交えます。歌えばクルミを割る手伝いが実をつまみ食いしにくい、という冗談まで地元の記述に残ります。大量の果実とナッツを仕込む労働が、人の集まりそのものになりました。
下エンガディンのシュクオルでは、聖ステファノの日の十二月二十六日には、少年たちが「Dà a mai!(私にちょうだい)」と呼びながら歩きます。少女は好意をもつ同級生に「Pan grond(大きなパン)」と呼ばれる梨のパンを贈り、受け取った少年は少女をそりで運ぶ、とスイス料理遺産は当地の習わしを伝えます。この村では、大きな梨のパンが好意を伝える贈り物にもなりました。地域団体によれば、この行事は現在ではクリスマス休暇明けの一月にも行われます。
用語解説
- ルッフメール
- スイスの、外皮に近い部分も一定量含む小麦粉。果実餡につなぐパン生地などに使う。
- ビルネンヴェッゲン
- 梨の餡を塗った生地を巻く地域型。主要なビルンブロートとは餡のつなぎ方が違う。
- キルシュ
- サクランボの蒸留酒。
- グラールス
- スイス東部の州。煮て裏ごしした梨を使う地域型が伝わる。
- グラウビュンデン
- スイス南東部の州。浸して戻した梨を使う型が伝わる。
- Tramagl/Plaz
- ヴァル・ミュステールで梨のパン作りに人々が集まる仕事と交流の呼称。
- Pan grond
- シュクオルの贈答の場で使う「大きなパン」を意味する呼称。







