Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

タルタ・デ・サンティアゴ
Tarta de Santiago
アーモンドの一台に十字を残すガリシアの菓子
ケーキ / スペイン

白い粉糖に剣形の十字を抜き、アーモンドの褐色をのぞかせる。タルタ・デ・サンティアゴは、スペイン北西部ガリシアの、木の実を密に焼き込むケーキです。十字は菓子と巡礼地の名を強く結び付けていますが、アーモンド菓子の古い記録と、その印が付いた時期には隔たりがあります。
海から来たアーモンドで作るもてなし
ガリシアにはアーモンドの木が少なく、古くはスペイン東部から海路で運ばれました。高価な木の実と砂糖を使う菓子は、富裕な家の食後のもてなしに結び付きます。
1577年のサンティアゴ大学の調査記録には、学位取得に伴う食事で「トルタス・レアレス」が出たという証言があります。ただし今のタルトと名称が異なり、そのまま発明年へは置き換えられません。2008年の認証仕様書も、慎重に扱うべき古い手掛かりとしています。
形がより具体的に見えるのは、ルイス・バルトロメ・デ・レイバルが1838年頃にまとめた菓子の手帳です。小さなアーモンドの焼き菓子に、現在のタルトへ通じる作り方があります。1893年のエドゥアルド・メリンの料理書には、粉状の砂糖で飾る「タルタ・デ・アルメンドラ」のルセット(材料の配合と作り方)が載ります。
食文化研究者クラウディア・ローデンは、2011年の著書で、ユダヤ教の過越祭の菓子という見方をガリシアの観光関係者へ話した体験を記します。その背景に置くのは、改宗を迫るムワッヒド朝から逃れ、十二〜十三世紀に南部からガリシアへ移ったユダヤ人です。これは伝承経路を考える仮説で、当時のケーキのルセットが残っているわけではありません。現在の十字から、その材料の来歴まで一つの宗教へ結び付けることはできません。
十字を付けたのは二十世紀
町の印を菓子に重ねる工夫は、ずっと後に現れます。カサ・モラ創業者ホセ・モラ・ソトが1924年に十字を載せたというのが、子孫に伝わる説明です。2008年の仕様書もこの話を記し、装飾が他の工房にも広がったといいます。サンティアゴ騎士団の剣形の十字は、一台を見るだけで巡礼地を思わせるものになりました。
印を付けるのは焼いた後です。冷めた面へ十字の型紙を置き、粉糖を振り、型紙を抜きます。十字の上に砂糖を盛るのでなく、その部分だけ褐色の生地を残す技法です。近年の巡礼路の人気も、菓子を国内外へ知らせる一因になりましたが、菓子そのものを中世の巡礼者が発明したという話とは別です。
粉のケーキに木の実を少し加える配合ではない
中身の中心は、細かく挽いたアーモンド、砂糖、卵です。木の実の粒子と油分がきめと味を作り、切り口には淡い黄と細かな粒が残ります。レモンの皮のほか、甘口ワイン、ブランデー、ブドウの搾りかすの蒸留酒で香りを添えることもあります。
IGP評議会の公開説明では、土台を除く生地重量に対し、アーモンドと砂糖はそれぞれ三三%以上、卵は二五%以上です。皮付きで測るアーモンドの脂質含量にも五〇%超の条件があります。木の実は風味を添える少量の材料ではなく、生地の中心を占めています。
同版の工程は、必要に応じて皮を除いたアーモンドを粉へ挽き、砂糖と混ぜ、卵を少しずつ加え、きめが細かくなるまで強く混ぜるものです。卵と砂糖を先に泡立ててからアーモンドを加え、シナモンを使う家庭向けルセットもあり、混ぜる順と香りは一つに固定されていません。
土台を持つかどうかで、材料の範囲が変わる
認証品には、土台のない型と、薄い土台を持つ型があります。後者は折り込み生地や練り生地を使い、その重量は製品全体の25%以下です。アーモンドと卵の中身を器へ流し、一緒に焼きます。中身が小麦粉を使わなくても、土台には小麦粉やバターが入り得るため、製品全体の構成は型によって違います。
土台なしについて、2008年版の工程は180〜200℃への予熱と約30分の焼成を示しますが、時間は厚みによります。同版は製造施設内での包装も求めます。もろい生地と粉糖の面を輸送から守り、衛生を保つためで、印を付けて箱へ収めるまでが一台の姿を保つ工程です。
町の名を、ガリシア全域で守る
IGPの製造地域はサンティアゴの町に限らず、ガリシア州全域です。二〇一〇年五月にはEUで名称が登録されました。古いアーモンド菓子に加わった二十世紀の十字と、地域全体でその名を守る制度が、今日の一台に重なっています。
用語解説
- IGP
- スペイン語の「保護地理的表示」の略。英語ではPGI。製品と地域の結びつきを保護する制度です。
- ガリシア
- スペイン北西部の自治州。このIGPの製造地域です。
- サンティアゴ十字
- サンティアゴ騎士団の剣形の十字。菓子では型紙と粉糖で表します。
- トルタス・レアレス
- 1577年の食事に関する証言に現れる菓子の名。現在のタルトと同じ名ではありません。
- ルイス・バルトロメ・デ・レイバル
- 1838年頃に菓子の手帳をまとめた人物。小さなアーモンドの焼き菓子のルセットを残す。
- エドゥアルド・メリン
- 1893年にフェロルで刊行された菓子の料理書の著者。
- カサ・モラ
- サンティアゴ・デ・コンポステーラの菓子店。創業者ホセ・モラ・ソトが1924年に十字を載せたという話が子孫に伝わる。
- クラウディア・ローデン
- 食文化研究者・料理書著者。ガリシアのアーモンド菓子とユダヤ人の移動を結ぶ仮説を著書で述べた。
- ムワッヒド朝
- 12〜13世紀に北アフリカやイベリア半島を支配した王朝。ローデンの移動の説明に登場する。
調査注記
比率は評議会の現在の公開説明では33%以上・33%以上・25%以上、2008年11月版の仕様書では33%超・33%超・25%超と表記が異なる。本文は前者の公開説明に帰属させた。2008年版は粉砕粒径の数値を定めない。2006年3月3日決議・3月22日公示はスペインの申請であり、2010年5月10日のEU登録規則・11日の官報掲載と区別する。1577年の同名ではない菓子と、1838年手帳・1893年料理書は、現代型が完成した一つの年を示すものではない。







