Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

タルト・トロペジェンヌ
Tarte tropézienne
砂糖の粒をのせたブリオッシュに、淡いクリームの帯
発酵菓子 / フランス・サントロペ

粒砂糖を散らした円いパンを横に割ると、厚いクリームが現れます。南フランス、サン・トロペの名を持つタルト・トロペジェンヌは、卵とバターを含む発酵生地、ブリオッシュを土台にした菓子です。「タルト」と呼ばれていても、練り生地の薄い器ではありません。歯に当たる砂糖粒、パンの空気、滑らかなクリームを重ねる一切れです。
祖母のクリームに、映画の町の名が付く
創業店に伝わる来歴では、ポーランド出身の職人アレクサンドル・ミカが、一九五五年にサン・トロペで店を開きます。売ったのは、祖母から受け継いだ二種類のクリームを使う菓子でした。ロジェ・ヴァディム監督の映画『素直な悪女』の撮影で町へ来たブリジット・バルドーが気に入り、名前を与えたとされます。店が語る撮影と命名は一九五五年、映画の公開は翌一九五六年です。
店はコゴラン、サント=マキシムへ広がり、一九八五年にはアルベール・デュフレーヌが引き継ぎます。祖母のクリームと映画の町を結ぶ一台は、周囲の町へも居場所を増やしました。
二〇二三年の店の資料では、同じクリームがミルフィーユやパリ・ブレストにも使われ、小さな一口型のベビー・トロップや、いちご、ラズベリーを合わせる季節の型も生まれています。パンに挟む一台から、クリームを核とする菓子の一群へ育ってきました。
二種のクリームを合わせる、その中身
一九七二年に出願されたミカ名義の特許には、カスタードとバタークリームを別々に作ってから合わせる方法が記されます。乳と卵を炊いたクリームに、バターを使う別のクリームを重ねる仕立てです。
その前段には、好奇心を持った匿名の客が一九七〇年に権利化を勧め、二年後の手続へつながったという店の物語があります。客を特許当局の幹部とする細部は、店でも伝説とされています。客の身元はともかく、クリームの作り方を権利として守ろうとした仕事は、出願に残っています。
一方、料理人シェフ・フィリップの公開ルセット(材料の配合と作り方)は、カスタードへゼラチンとホイップクリームを合わせるクレーム・ディプロマットです。オレンジ花水で香りを付け、まず少量のホイップでカスタードの固さをなじませ、残りは泡を潰さずに混ぜます。縁へ絞ったクリームと同じ高さまで中央を埋め、上のパンをかぶせます。これは創業店の秘密配合そのものではなく、この菓子を作る一つの型です。
発酵と冷却で、パンの輪郭を整える
同じフィリップのブリオッシュでは、小麦粉、卵、砂糖、酵母をこねてから、柔らかいバターを少しずつ加えます。一度発酵させて折り、薄くして翌日まで冷蔵し、円形へ切って再び発酵させます。卵を塗り、粒砂糖と薄切りアーモンドをのせて焼き、冷ましてから横に切ります。柔らかなパンも、冷めて輪郭が整ってからクリームを受け止めます。
プラハの似た菓子と、日本の変奏
プラハには、発酵生地を横へ切り、バニラのプディングクリームを挟むプラジュスキー・コラーチがあります。上は粒砂糖ではなく、そぼろ状のトッピング。チェコの食文化研究では、一九七〇年代にプラハのパン店や菓子店で見られるようになったとされます。構造の似た菓子ですが、クリームと上面の仕立ては異なり、直接の伝播経路は明らかではありません。
日本では、渋谷のエシレの店が、バターのブリオッシュへ焦がしバター入りクリームを合わせます。山崎製パンが二〇二二年六月に発売した商品は、北海道産バター入りのカスタードホイップとパールシュガーを使う菓子パンでした。発酵生地、クリーム、砂糖粒の組合せが、作り手の乳素材と製法に合わせて置き換えられています。
用語解説
- ブリオッシュ
- 卵とバターを豊富に使う発酵生地のパン。
- クレーム・ディプロマット
- カスタードと泡立てた乳のクリームを合わせるクリーム。ゼラチンを加えて形を支える型もある。
- オレンジ花水
- オレンジの花の香りを移した水。果汁とは異なる。
- アレクサンドル・ミカ
- タルト・トロペジェンヌの創業店を開いたポーランド出身の職人。
- ブリジット・バルドー
- フランスの俳優。映画撮影時にこの菓子と出会い、命名に関わったと店が伝える。
- アルベール・デュフレーヌ
- 1985年にミカから店を引き継いだ人物。
- シェフ・フィリップ
- 製菓サイトMeilleur du Chefでブリオッシュとディプロマットを合わせるルセットを公開する料理人。
- パリ・ブレスト
- 車輪を思わせる環状のシュー生地を使うフランス菓子。
- ミルフィーユ
- 焼いたパイ生地とクリームを層に重ねる菓子。
- プラジュスキー・コラーチ
- 発酵生地にクリームを挟み、そぼろ状のトッピングをのせるプラハの菓子。
- ロジェ・ヴァディム
- 『素直な悪女』を監督した映画監督。サン・トロペでの撮影が菓子の命名譚の舞台となる。
調査注記
支店順序は創業店の沿革でサン・トロペ、コゴラン、サント=マキシムの順。三店目を発祥地としない。特許FR2158799A5は1972年8月18日出願、1973年6月15日公開で、別作りしたカスタードとバタークリームの混合は要約で読める範囲。1970年の匿名客の助言とその身元は店の伝承として区別する。







