Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

トルタ・カプレーゼ
Torta caprese
粉の代わりにアーモンドを抱く、カプリ島のチョコレート菓子
ケーキ / イタリア・カプリ島

カプリ島の名を持つトルタ・カプレーゼは、アーモンドとチョコレートを生地の中心に据えた、低い円形のケーキです。白い粉砂糖の下には薄く乾いた皮があり、内側にはしっとりとナッツの粒子を含むきめが残ります。軽いスポンジとは違う密度を、島の職人たちは配合と焼き加減で作ります。その姿には、小麦粉を忘れたという伝説から、海辺の宿の考案説まで、幾つもの誕生譚が重なっています。
ナッツは具ではなく、生地の骨格
職人のルセット(材料の配合と作り方)は、アーモンド、チョコレート、バター、卵、砂糖の関係を整えています。細かいナッツは時折かみ当たる具ではなく、生地全体の風味とほぐれやすいきめを作ります。
島のバール・グロッタ・アッズーラのルセットは、アーモンド五〇〇グラムにチョコレート二五〇グラム。卵黄と卵白を分けず、バターと砂糖へ卵を少しずつ混ぜる全卵法で、アーモンド、溶かしたチョコレート、ラム酒、バニラを合わせます。
サル・デ・リーゾがCrispoを通じて公開する型では、バター、砂糖、卵黄を泡立て、卵白も砂糖とともに別に泡立てます。二つの泡を合わせてから、アーモンド粉などと削ったチョコレートを混ぜます。全卵へ溶かしたチョコレートを入れる型に比べ、空気の抱かせ方もチョコレートの形も異なります。
デ・リーゾのルセットには、焙煎ヘーゼルナッツ、ココア、馬鈴薯でんぷん、少量の膨張剤も入ります。アーモンドの粉とでんぷんがきめを整え、卵の泡に少量の膨張剤を補う構成です。
乾いた表面、湿り気のある中心
焼成では、中心へ火を通しながら湿り気を残します。焼きすぎればそのきめが失われるため、グロッタ・アッズーラの職人も外側と内側の釣合いを重視します。焼いた後に落ち着かせて型を外し、粉砂糖を振ると、ナッツとチョコレートの密度を薄い皮が包みます。
同店ではアイスクリーム、ココア、ホイップクリームを添える仕立ても挙げられます。デ・リーゾの製品には、バニラアイスやサワーチェリー入りチョコレートソースという組合せもあります。生地の濃さに、温度や酸味の異なるものを重ねる一皿です。
家の一台と店の一切れ、粉糖に描く島
カプレーゼは菓子店の商品であるとともに、島の家庭でも焼く菓子です。アーモンドを多くして香ばしさを立てる家、チョコレートを濃くする職人、高く柔らかく焼く型、低く歯切れよく焼く型。二〇一九年の島の記者マルコ・ミラーノは、家庭にも店にも異なる配合があり、近年はアーモンド主体からチョコレートを強める作り方へ味の重心が移ったと記しています。どちらを主役にするかは、島の作り手の間でも好みが分かれます。
粉糖は表面を白くするだけでなく、文字や島の風景を描く材料にもなります。型紙を置いて粉糖を振り、外すと、褐色の生地と白い面の対照で模様が現れます。二〇二二年には、カプリの岩礁ファラリオーニと月、「Caprese」の文字を描く型紙も作られました。サル・デ・リーゾの工房も、顧客へ粉糖の小袋と岩礁の型紙を添えます。島をかたどる装飾を、食べる前に仕上げる楽しみです。
忘れた粉、持ち込まれたチョコレート
最もよく語られるのは、一九二〇年ごろ、職人カルミネ・ディ・フィオーレが小麦粉を入れ忘れたという話です。三人の米国人がアル・カポネの使いとして島へ来たため、急いで作っていたという筋もあります。料理書『クッキアイオ・ダルジェント』にも粉を忘れた話が伝承として載りますが、島の職人と異国の客を結び付けた誕生譚です。
第二次世界大戦後の材料に始まりを見る説もあります。島の料理人を取材した地元記事では、米兵が持ち込んだチョコレートを生かして作った菓子ではないか、と説明されます。小麦粉の入れ忘れと戦後のチョコレートでは、時代も、菓子を作るきっかけも異なります。
もう一つの失敗譚の舞台は、海辺の店フォンテリーナです。クラウディオ・ノヴェッリのカプリ料理の本に伝わる話では、代役の料理人カポッキエッラが疲れて小麦粉とココアを取り違え、焼いている間に居眠りします。目覚めるとチョコレートの香りが漂い、作り直せず客へ出したところ好評だったため、島の名で呼ぶようになったという筋です。ディ・フィオーレとは、人物も失敗の内容も違う物語です。
海辺の宿と、王妃の記憶
失敗を出発点にしない語りでは、アーモンドとチョコレートは意図して組み合わされます。雑誌『ヨット・カプリ』二〇一〇年七月号に載るのは、一九三〇年代初め、マリーナ・ピッコラのシュトラントペンジオン・ヴェーバーでの考案説。画家アウグスト・ヴェーバーの跡継ぎである二人のオーストリア人女性が、地中海のアーモンドと北方のチョコレートを合わせたとされます。
さらに古い宮廷を舞台にするのが、ナポリ王妃マリア・カロリーナの物語です。カンパニア出身の料理家エンマヌエーレ・クオーモが二〇二二年に伝える筋では、王妃は故郷のザッハトルテを懐かしみました。王妃も料理人も正確な材料を知らず、説明から再現を試みるうちに別のおいしい菓子ができたという話です。
この話には年代の矛盾があります。マリア・カロリーナは一八一四年に没し、ザッハトルテの由来が置かれるのは一八三二年。ザッハトルテを懐かしむ王妃という筋は、二人の時代が合いません。職人、米兵、宿の女性たち、王妃と料理人。菓子の起こりを語る人々は、それぞれ異なる人物に島の味を託してきました。
黒、白、ベージュと、棒つきの一切れ
デ・リーゾの「カプレーゼ・アル・リモーネ・デッラ・コスティエーラ」は、レモンとエキストラバージン・オリーブ油を生かします。濃いチョコレートから柑橘へ重心を移す変奏は、アマルフィ海岸の職人の仕事にもなっています。
島内のアナカプリには、「カプレーゼ・ズバリアータ」もあります。地元記者マルコ・ミラーノが二〇二一年に取材した店や家庭の型では、ダークチョコレートを白へ替え、皮つきのアーモンドを挽くため、焼き上がりはベージュになります。元料理人アントニオが同じ記事で区別する「アナカプレーゼ」は、レモンと皮をむいたアーモンドを使う型です。
ズバリアータは「間違えた」という意味。材料を替えるカクテル、ネグローニ・ズバリアートになぞらえた名で、小麦粉の入れ忘れ伝説とは別に、意図した置換へ使われています。
海辺へ持って行く食べ方にも、古い工夫が伝わります。マリーナ・ピッコラでは一九五〇年代、夏の海水浴で食べやすい、クリーム状でない乾いた型を作ったとミラーノは紹介しています。現在の湿り気のある中心だけが、島で語られてきた姿ではありません。
食べる形も変わります。ミラーノが二〇二二年に取材した菓子職人エウジェニオ・マナーリは、アイスキャンディーのように棒を付けたケーキを作ります。冷凍アイスではなく、路地を歩く時や海へ向かう時にも持てる一切れです。ダークチョコレートの黒と、レモンの白。皿の菓子が、島を歩いて食べる菓子にもなっています。
用語解説
- カプリ島
- ナポリ湾の沖にあるイタリア南部の島。カプレーゼの名のもと。
- アナカプリ
- カプリ島西部の町。
- カンパニア
- カプリ島、ナポリ、アマルフィ海岸などを含む州。
- ファラリオーニ
- カプリ島沖の岩礁群。菓子の型紙にも描かれる島の景観。
- クラウディオ・ノヴェッリ
- カプリの料理や記憶を著した人物。
- カポッキエッラ
- フォンテリーナの失敗譚に登場する代役の料理人。
- マリア・カロリーナ
- 1752–1814年に生きたナポリ王妃。
- フォンテリーナ
- カプリの海辺の店。
- 馬鈴薯でんぷん
- じゃがいもから取り出したでんぷん。小麦粉とは異なる。
- 全卵法
- ここでは、卵黄と卵白を分けずに生地へ混ぜる方法。
- サル・デ・リーゾ
- カンパニアを拠点に、柑橘や地域産のナッツを使う菓子を作る職人。
- カルミネ・ディ・フィオーレ
- カプレーゼの誕生伝説に登場する職人。確定した発明者とは扱わない。
- マルコ・ミラーノ
- カプリ島の食や地域の出来事を取材する記者。
- アントニオ
- ミラーノの記事でズバリアータの材料を説明する引退した料理人・菓子職人。姓は記事に記されていない。
- ズバリアータ
- イタリア語で「間違えた」の意味を持つ語の女性形。ここでは材料を替えた菓子の呼称。







