Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

パン・デ・ロー
Pão de ló
卵を長く泡立て、土地ごとに違う黄色いきめを焼く
ケーキ / ポルトガル

卵の黄色い生地が、ある土地では軽くちぎれ、別の土地では中央へとろりと沈む。パォン・デ・ロー、またはパンデローは、卵、糖、小麦粉を軸にするポルトガルのケーキです。発酵種ではなく、泡立てた卵の空気でふくらみます。全卵と卵黄の割合、粉、型と紙、焼成を替えると、同じ名が異なるきめと形になります。
オヴァールでは、卵黄と少ない粉を合わせる
クララ・デ・ソウザのオヴァール風は、全卵4個、卵黄14個、糖250グラムに粉60グラム。乳やバターを加えず、卵の水分、脂肪、泡を生かします。卵と糖を20分泡立て、粉の後も最低速で10分混ぜます。一方、製造団体の仕様は粉を加えた後、手でも機械でも混合できます。ふくらんだ生地に重い粉だまりやむらを残さず、均一にする工程です。
中央に穴のない深い陶器へ、白い紙を密着させ、縁より高く立ち上げます。器と紙の間に大きな空隙を残さず、焼成と冷却の間も生地を支えます。薄い褐色の表の下には、軽いスポンジと、ピトと呼ぶ湿った部分ができます。縁が固まり中央が少し揺れるときに炉から出し、型の中で冷まします。焼く長さがピトの残り方を変えます。
クララは翌日まで待って紙を開きます。熱を蓄えた陶器の中で落ち着くと中央は沈み、紙へ焼成時の高さの跡が残ります。内張りだった紙が、そのまま包みになります。オヴァール市域の「パォン・デ・ロー・デ・オヴァール」は2016年にEUのIGPへ登録されましたが、この湿った卵黄型が全地域共通の指定ではありません。
穴のある型と、上を覆う紙
型の中央へ穴を通すと、同じ卵のケーキでも輪形になります。北部フェルゲイラスのマルガリーデが、その軽い型です。黄金色の中身は軽く、紙ごと出して手でちぎります。陶器とドーム状の炉を使う技があり、復活祭の訪問客を迎える卓やクリスマスに、また通年でポートワインとともに味わわれます。
製造史には1831年に亡くなったクララ・マリアの名が残り、その後も家族が継ぎ、19世紀末には王家への供給者として認められました。地域の祝いと一家の仕事が結びつく菓子です。
アルフェイゼラォンも中心に湿り気を残します。卵黄を多く使い、糖、粉、塩、ぶどうの蒸留酒を加える型があります。長く泡立て、油脂を塗った型へ流し、上を紙で覆って焼きます。中心がくぼむ繊細な姿でも、紙は内張りではなく覆いとして働きます。
白い糖衣のヴィゼラとアロウカ
ヴィゼラのボリニョルは、卵黄を多く使い、主に長方形へ焼きます。紙型の少し湿った生地に、濃く白っぽい糖液を手で塗り、黄色と白を重ねます。1884年のギマランイス産業博覧会の記録にも、その名があります。
アロウカには、湿った糖液掛けを切って個包装するものと、より乾いた丸いものの両方があります。地名を添えても、すべてが一つの湿り具合へそろうわけではありません。
リオ・マイオールで、新しい湿り気を目指す
1960年代末、レストラン「アヴィス」のアリス・セケイラは、より乾きが少なく、見た目も異なる一台を試作しました。マルガリーデに似た従来の売り物を改めたとも、アルフェイゼラォンの家庭の作り方を基にしたとも伝わります。出発点について異なる記憶を持ちながらも、より湿った一台を目指す店の試作は、アリスと家族の仕事として継がれました。今の湿った型には、修道院の来歴を持つものだけでなく、近代の料理人が食感を変えたものもあるのです。
ローは風上か、薄布か、人の名か
パォンはパンですが、ローの説明は定まりません。ポルトガル語lóには、船の風上側を表す語と、紗のような薄布をいう語があります。前者はフランス語lofと結びつき、後者の遠い語源は不明です。柔らかな薄布に菓子をたとえる解釈もあれば、ドイツ人菓子職人ロットの名にちなむという説もあります。いずれも、この名がいつ誰の手で付いたかを確定する語源ではありません。
16世紀の同名菓子には、卵の泡がない
王女マリアに伝わる16世紀の料理書のパォン・デ・ローは、糖液へ砕いたアーモンドと花の香りの水を加え、加熱して混ぜ、広げて切る菓子です。名が古くても、現在の小麦粉と卵のケーキと同じ材料ではありません。
ルーカス・リゴーの1785年版には「パォン・デ・ロー、またはサヴォワの菓子」が載ります。卵黄と糖、レモン皮、砂糖漬けオレンジ花を約30分混ぜ、別立て卵白を合わせ、卵重量の半分の粉を少しずつ入れます。銅型で焼き、そのまま、または糖、卵白、レモン汁の糖衣で仕上げます。糖と実を練る同名菓子から、卵の泡を使う型へ、混ぜ方の違いも記録に現れます。
行列の贈物、船で運ぶ菓子、弔問の盆
オヴァールでは1781年、聖週間の行列で聖像を担いだ聖職者へ贈った記録を、マヌエル・リリオ神父が調べています。19世紀には家庭製造が広がり、世紀末には船で働く人々が、祝日に船主や顧客へ贈るためリスボンへ運びました。
修道院との関わりも地域で異なり、アルフェイゼラォンにはコス修道院の来歴がありますが、オヴァールの全製法を修道院からの流出で説明できるわけではありません。家庭と菓子職人も形を育てました。
ブラジルの研究者ルイス・ダ・カマラ・カスクードは、薄い布に似た柔らかな菓子という解釈とともに、1651年の財産目録に製造用の銅鉢二つがあることを、アルカンタラ・マシャードの調査から引きます。黒い絹布を覆う盆へ載せ、弔問に贈る慣行には、自身の幼少期の記憶も重ねています。海を渡った菓子は、祝いとともに悲しむ家にも届けられました。
卵、糖、小麦粉という近縁を持つ日本のカステラも、ポルトガルから伝わった後、甘味料や配合、上下の火を整える焼き方の工夫で独自のしっとりした姿へ育ちます。土地の材料と道具が、卵の泡の菓子へ、それぞれの食感を残しています。
用語解説
- ルーカス・リゴー
- 十八世紀ポルトガルで料理書を刊行した料理人。
- ルイス・ダ・カマラ・カスクード
- ブラジルの民俗と食文化を調べた研究者。
- アルカンタラ・マシャード
- ブラジルの財産目録などから生活史を調べた著者。
- ピト
- オヴァールのパォン・デ・ローの内側に残る、湿ったクリーム状の部分。
- IGP
- 欧州連合の地理的表示保護。「パォン・デ・ロー・デ・オヴァール」という個別の地名付き名称にも適用される。
- マルガリーデ
- ポルトガル北部フェルゲイラスの地区。穴のある軽いパォン・デ・ローで知られる。
- クララ・デ・ソウザ
- ポルトガルの料理著述家。卵黄を多く使うオヴァール風の作り方を公開している。
- クララ・マリア
- 十九世紀初めのマルガリーデの菓子作りの女性。地元のパォン・デ・ローの製造の来歴に名を残す。
- マリア
- 十六世紀ポルトガルの王女。彼女に伝わる料理書には、当時のポルトガル語の菓子のルセット(材料の配合と作り方)が収められている。
- マヌエル・リリオ
- オヴァールの教会記録を調べ、町の歴史を著した聖職者。
- 聖週間
- キリスト教で復活祭に先立つ一週間。各地の礼拝、行列、食の習慣に結びつく。
- ボリニョル
- ヴィゼラの、白い糖衣をかけるパォン・デ・ローの名。







