Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

ナヴェット
Navette
マルセイユの小舟に香るオレンジの花
焼き菓子 / フランス・マルセイユ

両端を尖らせ、中央へ切れ目を入れると、短い生地が小舟になります。ナヴェットはプロヴァンス、とくにマルセイユで親しまれる焼き菓子です。オレンジの花が香る乾いたビスケットのほか、柔らかな型もあります。舟と聖女の物語は土地へ深く根づきますが、同じ語には、機織りの杼やアルビの菱形をめぐる歴史もあります。
両端と、切れ目を一個ずつ作る
粉と糖、油脂へオレンジ花水やレモン皮を加え、果汁の酸味より花の芳香を移します。植物性油脂の型、バターと卵の型があり、エッダ・オノラートのプロヴァンス風は、バター、糖、レモン皮を混ぜ、卵、乳、好みで花水、最後に粉を手早く合わせます。
1時間以上冷蔵して棒へ延ばし、短く切り、中央を少し平らにして端をつまみます。縁を残して中央へナイフを入れ、濃く色づけず焼きます。この型は焼きたてに少し柔らかく、冷ますと軽く歯切れよくなります。丸く抜くのでなく、二つの端と一本の切り目を整える仕事です。
聖女の舟か、織物の杼か
『フランス地域語辞典』は、機織りの杼に似た形から菓子へ語が移り、プロヴァンスでは聖女の話に沿って「舟」の意味を読み直した可能性を指摘します。1785年のオック語辞書にも、杼とその形の菓子が並びます。舟の伝説が親しまれるプロヴァンスにも、糸を渡す道具から名付ける別の見立てが重なっています。
マルセイユの一伝承は、迫害から逃れるマリー・ジャコベ、マリー・サロメ、サラが、舵のない舟でパレスチナからカマルグへ着く話です。フォー・デ・ナヴェットの創業者アヴェイルーが、その舟へ形を重ねたとされます。別の筋は13世紀、旧港ラシドンへ漂着した聖母像を、港の職人が守護のしるしとして受け取ったというものです。迫害を逃れた聖女の舟と、港へ流れ着く聖母像。マルセイユでは、異なる物語が小舟の形へ結び付けられてきました。
2月2日、窯と海と町を祝福する
マルセイユのシャンドルールには、クレープの代わりにナヴェットを食べます。サン・ヴィクトール修道院の黒い聖母像と緑のろうそくの行列、近くの窯の祝福が、街路のパン屋と祝祭をつなぎます。1781年に始まると伝えるフォー・デ・ナヴェットでは、複数の家族が仕事を継いできました。
同店の現在の案内は、明け方の行列、修道院前でのろうそくと海・町の祝福、8時の窯と菓子の祝福という順です。祝福された一個と緑のろうそくを翌年まで保ち、次のシャンドルールにろうそくを燃やして菓子を食べるという、縁起の伝え方もあります。
硬い舟を、飲み物やクリームへ
マルセイユにも硬く乾いた型、やや柔らかい型、ブリオッシュに近い型があります。エクサンプロヴァンスでも花を香らせた手作りの菓子があり、町名だけでは卵や油脂、硬さは定まりません。
硬い型はそのままのほか、少し温めて柔らかさを戻し、コーヒーに浸し、あるいはオレンジジャムやシャンティイを添える皿にもなります。飲み物に浸す食べ方も、温め直してクリームを添える食べ方も、まず硬く乾いた生地をどう口へ運ぶかの工夫です。
アルビの菱形は、アーモンドとシトロン
ナヴェット・アルビジョワーズは、サブレを菱形へ切り、丸ごとのアーモンドと糖を飾り、砂糖漬けシトロンで香らせる別の地方型です。杼へ見立て、カタリ派の織物の道具を連想したという伝承もありますが、中世の人々がこの菓子を食べたという同時代記録ではありません。
地域語辞典は、ルイ・リューの1913年の料理書と、第一次大戦の南西部出身兵士の手紙に型をたどります。故郷の砂糖漬け果実入りサブレを送ってほしいという頼みや礼状です。中世の物語とは別に、20世紀初めには、故郷から届く菓子の記録が残っています。
用語解説
- ルイ・リュー
- 1913年にアルビ地方の料理書を著した人物。 アヴェイルー:フォー・デ・ナヴェットの1781年創業の伝承に登場する創業者。
- オレンジ花水
- オレンジの花から作る芳香水。
- エッダ・オノラート
- フランスとイタリアの料理を扱う料理書著者。エクサンプロヴァンスで暮らし、プロヴァンス風ナヴェットのルセット(材料の配合と作り方)を公開した。
- シャンドルール
- 二月二日のキリスト教の祝日。聖燭祭とも呼ばれ、フランスではクレープを食べる習慣がある。
- シャンティイ
- 通常、糖などで風味をつけたホイップクリーム。
- サブレ
- 油脂を使い、ほろりと崩れる食感に仕立てたビスケット生地やその菓子。
- シトロン
- 厚い果皮を持ち、皮を砂糖漬けなどに使う柑橘。
- マリー・ジャコベ/マリー・サロメ/サラ
- プロヴァンスの聖女到着伝承に登場する人物。当地の巡礼でも聖女たちの名が受け継がれる。
- カタリ派
- 中世南フランスのキリスト教系宗教運動。アルビの菓子と機織りを結びつける話は後世の地域伝承。
- 杼(ひ)
- 機織りで、横糸を通すために使う道具。







