Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

エーブルスキーバー
Æbleskiver
丸い鍋穴で返しながら焼く、りんごの名を持つ小さな球
焼き菓子 / デンマーク

エーブルスキーバーを焼くには、半球形のくぼみが並ぶ専用鍋が要ります。生地を少しずつ返して丸く育て、粉砂糖とジャムを添えるデンマークの菓子です。鍋肌で焼いた外側は薄く色づき、中には卵と乳の軽い生地が残ります。球の内外の差は、油に沈める揚げ菓子とは異なる加熱から生まれます。ところが名前は「りんごの薄切り」。複数形が æbleskiver、一個なら æbleskive といい、りんごを入れない今日の姿にも、果実を主役にした時代の呼び名が残りました。
鍋の中で球になる
小麦粉、卵、乳、糖、油脂を合わせた生地は、重曹で膨らませる型と、イーストで発酵させる型があります。前者ではバターミルクの酸と重曹の反応が気泡を生み、別立てした卵白の泡も軽さを支えます。カルダモンやレモンの皮を加えることもあります。乳業組織アーラの配合例なら、粉二五〇グラム、バターミルク四〇〇ミリリットル、卵三個、溶かしバター五〇グラムなどを使います。
温めた穴へ油脂を入れ、生地を四分の三ほど注ぎます。外側が固まり、内側にはまだ流れる生地があるうちに、針や串で半球を横に起こします。すると中の生地が空いた側へ落ち、次の面が焼けます。何度か向きを変えるこの操作では、返す時機が形と焼け具合をともに左右します。途中で生地を足して穴を大きく満たす方法と、足さずに軽く仕上げる方法があります。
イースト型は牛乳に酵母を溶き、泡立てた卵白も合わせ、焼く前に発酵を待ちます。南ユトランド風の配合例では、この生地でプルーンを包みます。果実を衣で覆う古い姿とは違い、丸い菓子の中心に果実を置く作り方です。
りんごの輪切りから、果実のない丸へ
一七〇〇年頃、マティアス・モートのデンマーク語辞書に載った「Æble-skive」は、薄く丸く切ったりんごを粉と卵に浸し、バターを入れた鍋で焼くものでした。十八世紀の料理書にも、芯を抜いた輪切りへ衣をつけるルセット(材料の配合と作り方)が複数あります。焼いた後にワイン、レモン汁、香辛料へ浸すものもあり、果実の割合も仕上げ方も現在の球形とは異なります。
専用鍋で焼くルセットが現れるのは十九世紀初めです。世紀半ばにはりんごを使わない型が広がりますが、果実入りが消えたわけではありません。世紀後半にもプルーン、りんごのピュレ、米の粥を包むルセットがありました。言葉の記録は約一七〇〇年までさかのぼる一方、丸い鍋型がいつ発明されたかは定かではありません。
年末の家庭と、海を渡った祝祭
かつて収穫時や人生の祝いにも登場したこの菓子は、やがてクリスマスとの結びつきを強めました。ヨハン・クローンの絵本詩『ペータース・ユル』(一八六六年)では、大晦日の章に家で焼く情景が登場します。十九世紀にはすでに年末の食卓にあったことが、詩の中にも残るのです。今日よく知られるのは、粉砂糖とジャム、温かい香辛料入りの酒グルッグの組み合わせ。家庭で焼くものと冷凍品を温めるものが併存しています。
米国カリフォルニア州ソルヴァングでは、デンマーク系住民の祭り「Danish Days」の朝食にもなりました。祭りは一九三六年の町の二五周年行事に始まり、一九六一年の祝祭プログラムにはエーブルスキーバーの朝食が明記されています。北米への初渡来の時期とは別に、移住先で故郷の菓子が地域の出自を来訪者と分かち合う料理になった経過が見えます。
地方名を持つ北欧の鍋焼き菓子
デンマークの中にも、ムーン島の Fedtnummer、サムセー島の Bublipan、南ユトランドの Kukker や Pomler などの地方名があります。隣国ノルウェーでは、同種の菓子を munker(ムンケル)、焼く専用鍋を munkejern と呼びます。南ユトランドのプルーン入りのように、中へ果実を包む型もあれば、何も入れず焼いてジャムを添える型もあります。半球の鍋を共有しても、果実を置く場所と生地の膨らませ方には土地ごとの選択が残っています。
用語解説
- バターミルク
- 酸味のある発酵乳。重曹と組み合わせる生地に使う。
- 重曹
- 炭酸水素ナトリウム。酸との反応や加熱で気体を生じる膨張剤。
- 別立て
- 卵黄と卵白を分け、卵白を泡立ててから生地へ合わせる方法。
- マティアス・モート
- 一七〇〇年頃のデンマーク語を記録した辞書の編者。
- ヨハン・クローン
- 一八六六年の絵本詩『ペータース・ユル』の著者。
- グルッグ/gløgg
- 香辛料などを加えて温める北欧の酒。
- ムンケル/munker
- ノルウェーでエーブルスキーバーに近い球形の鍋焼き菓子を指す名。







