Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

バクラヴァ
Baklava
薄い生地とナッツ、シロップの層で読む東地中海の菓子
焼き菓子 / トルコなど東地中海・西アジア

何枚もの薄い皮が砕け、その下から木の実と甘い液が現れます。バクラヴァは薄い生地を重ね、具を挟んで焼き、糖液などを含ませる菓子です。トルコ、東地中海、西アジア、バルカン、カフカスに広がり、ピスタチオ入りの菱形だけでなく、クルミの三角、桑の蜜を巻く筒、チーズを挟む型まであります。何を重ね、いつ液を注ぐかによって、同じ名の菓子は異なる断面を持ちます。
薄い膜を重ね、油脂を行き渡らせる
折込みパイのように一枚の生地へ油脂を何度も折り込むのではなく、薄くのばした皮を重ねて作ります。トルコ南東部ガズィアンテプの仕様では、小麦粉、卵、水、塩で生地を作り、小麦でんぷんを打ちながら薄くのばします。でんぷんは面同士の付着を抑え、重ねた膜を別々の層として扱うために働きます。
間へ木の実を入れて上層を重ね、焼く前に切り分けます。油脂を行き渡らせて焼いた後、糖液を含ませると、上部の薄皮の歯切れと、蜜を含む下部の対比が生まれます。どこへナッツを置くか、どの程度の薄皮を重ねるかは、層の枚数と同じように断面を決める条件です。
乳の層を入れるアンテプ、入れないドライ型
アンテプ・バクラヴァでは、地域のピスタチオと精製した乳脂肪が特徴を担います。生鮮型には乳とセモリナを加熱して作るクリームの層があり、ドライ型には入りません。詰め物が異なるだけでなく、生地や油脂の構成も変わります。
アンテプでは焼いた熱い生地へ熱い糖液を注ぎ、蜂蜜は使いません。「ドライ」も無糖液という意味ではなく、乳のクリームを含まない、保存に向いた型です。
菱形だけではない形
トルコ語でFıstıklıはピスタチオ入り、Cevizliはクルミ入りを示します。ナッツを替えるだけでなく、Bülbül Yuvasıは「サヨナキドリの巣」の名の通り、中央を空けた丸い形にナッツを置く型です。Sütlü Nuriyeでは乳を用いることで、透明な糖液だけとは異なる色と湿り方になります。
黒海沿いのゾングルダクには、濃く焼き色をつけない白いバクラヴァがあり、色づきを抑えた仕上げも受け継がれています。乳やクリームを使う型と、ナッツ中心の型では、含む水分と保存中の状態も違います。
三角、桑の蜜、柔らかなチーズ
トルコ中部シヴリヒサールのムスカ・バクラヴァは、クルミを中央に置いた薄皮を三角に折る型です。ヨーグルト、卵、オリーブ油などを加えた生地を休ませて薄く延ばし、重ねて四角く切ってからクルミを包みます。精製した乳脂肪を熱いままかけて焼き、皮も糖液も室温に冷ましてから合わせます。糖液は供する直前に注ぎ、残りを蜜なしで保つ方法があり、茶や朝食の席では糖液をかけずに食べることもあります。
東部エルズルムのペクメズ入りは、三枚の薄皮にピスタチオやクルミを重ね、桑の実の濃縮果汁を加えて巻きます。筒を切って並べ、バターをかけて段階的に焼き、さらに糖液を含ませます。果汁の濃い色と香りが、透明な糖液だけの型とは違う味を作ります。
アクシェヒルには、塩を加えない新鮮なチーズを挟むペイニル・バクラヴァがあります。牛乳や卵を使う薄皮を七枚敷き、地元の牛乳や山羊乳による白いチーズ、または乳清チーズのロルを置き、さらに七枚で覆って四角く切ります。焼いて冷ましてから熱い糖液をかけ、温かいうちに供します。祝いの席に用いられ、木の実の粒とは異なる、柔らかな乳の中身を味わう型です。
ギリシャの薄皮と糸、断食期の油脂
ギリシャ北西部イオアニナの型は、クルミやアーモンドを使い、薄皮で細い糸状のカタイフィを包みます。面として重なる皮と、糸状の生地のほぐれる食感が共存します。羊や山羊のバターを利かせるものも、牛のバターを使うものもあり、油脂の香りにも幅があります。ギリシャの作り手イヴィ・ヴァルダニスは、正教の断食期にはバターを穏やかな香りのオリーブ油や植物性の油脂へ替えたバクラヴァも作ると記します。乳製品を避けるという暦上の選択が薄皮の油脂を変えますが、オリーブ油も控える日があるため、すべての断食日に同じ型を食べるという意味ではありません。
アルメニアの共同作業と家族の小さな型
アルメニアではパクラヴァとも呼ばれ、クルミやピスタチオ、蜂蜜や香りをつけた糖液を使う菱形が親しまれます。セヴァン湖に近いガヴァルの型は、アルメニアの無形文化遺産目録にも記載されています。目録は、旧称をバヤズィトのパフラヴァとし、一八三〇年代の移住に伴い製法が伝わったと説明します。クルミ、蜂蜜、澄ましたバター、糖を使い、二二〜二五枚の皮を重ね、菱形に切って焼き、熱いうちに蜂蜜をかけます。親族や近隣の女性が材料選びや生地作りを分担し、年長の熟練者が見守る共同作業で、婚礼や正月に欠かせない菓子でした。家庭から移住先へ伝わったルセット(材料の配合と作り方)にも変奏があり、料理教育者のロビン・カラジアンは、クルミとシナモンを詰め、レモンを利かせた糖液を使う、小さなフィロのカップ形を公開しています。大きな天板から切る形を、一口の器に移した工夫です。
花の香りと、切り目からのバター
イランの家庭にもバグラヴァの名で伝わります。ホマの公開ルセットは、アーモンド、クルミ、アーモンドの三つの詰め物の層を作り、それぞれへカルダモン、シナモン、糖を散らします。一枚ずつバターを塗ったフィロで挟んで焼き、人肌ほどに冷めたところへ、蜂蜜と糖を煮てバラ水を加えた熱い液を注ぎます。紅茶とともに供する、ナッツと花の香りを重ねた家庭の型です。
レバノン系の家庭では、オレンジ花水の糖液とクルミの組み合わせが見られます。モーリーン・アブードの家族に伝わる方法は、フィロを重ね、中央へ糖と合わせたクルミを敷き、さらに皮を重ねて、底まで菱形に切ってから澄ましバターを流し込むものです。皮の一枚ごとに塗る代わりに、切り目から油脂を行き渡らせます。焼いた熱い皮へ冷たい糖液を注ぐ工程も、アンテプやイランの例とは違います。クリスマスには家々へ大きな盆で届けられた、家族の贈り物でもありました。
コンスタンティーヌの薄皮とアーモンド
北アフリカにも、薄皮の間へ木の実を挟むバクラワがあります。アルジェリアのコンスタンティーヌの家庭型を記す作り手は、小麦粉へ精製した乳脂肪とオレンジ花水を加えた生地を、一枚ずつ手で薄く延ばします。下に五枚、上に四枚を重ねる一例では、間に砕いたアーモンドと糖、シナモン、オレンジ花水を置きます。焼く前に菱形へ切り、熱い菓子へオレンジ花水で香りをつけた冷たい蜂蜜を注いで、長く含ませます。薄皮と木の実という共通点があっても、アンテプのピスタチオと糖液、レバノンのクルミとオレンジ花水とは、材料も液を注ぐ温度も違います。
この作り手の家では、祖母がクルミを主にし、母は手で皮を延ばしたと語られます。現在の実作でもアーモンドだけでなくクルミを混ぜられるため、コンスタンティーヌの菓子を一つの木の実だけに固定できません。
酵母の生地を重ねるアゼルバイジャン
アゼルバイジャンではパフラヴァと呼ばれ、春の祝祭ノウルーズや茶の席、婚礼、婚約の贈り物にも使われます。バクー、ガンジャ、グバなどに別の型があります。ガンジャでは銅の鍋と薪火を使い、大きめの菱形にするものがあり、グバではリシュダと呼ぶ層を作るところから始めます。
同国の観光機関の配合例では、小麦粉に酵母、卵、バター、サワークリームを合わせて発酵させるものです。クルミと糖、カルダモンなどを層へ入れ、上面に卵黄を塗り、焼いた後に温かい蜂蜜で仕上げます。酵母でふくらむ生地と蜂蜜が、別の厚みと香りを作ります。
古い層の菓子と、まだつながらない系譜
重ねた薄皮、木の実、油脂、焼成後の糖液が、いつどこで一つの製法になったかは未確定です。十一世紀のトルコ語辞典『ディーワーン・ルガート・アッ=トゥルク』には「katma yuvğa」という折り重ねたパンの名があります。中央アジアの重ね生地からの系譜を考える手掛かりですが、ナッツと糖液まで備えたルセットは残されていません。十一世紀の折り重ねたパンと、ナッツと糖液を含む菓子との間には、なお記録の空白があります。
古代ギリシャの「コプテ」を祖先とする説もあります。候補に挙がる「コプテ」は、蜂蜜と木の実を、叩いたゴマの層で挟むものだったとする解釈があります。甘い層という共通点はあっても、生地の膜を重ねる構造とは異なります。中世アラブ圏のラウズィナジュは、挽いたアーモンドのペーストを指状にして、ごく薄いクレープで巻き糖液に浸す型です。ナッツ・薄皮・糖液はここにも共存しますが、多数の皮の間に木の実を散らす製法とは違います。
古代ローマのプラケンタも、層を持つ祖先候補です。カトー『農業論』第七六節は、穀粒を練り込むトラクタという生地と、蜂蜜を混ぜた羊乳チーズを交互に置き、外皮で包んで焼いて最後に蜂蜜を塗ると記します。再現実験でも穀粒入りの層と柔らかなチーズの対比が確かめられています。ただし、これらの古い菓子から木の実入りの現代型へ、製法が途切れず続いたかは分かっていません。
オスマンの料理書に残る多様さ
メフメト・カーミルの一八四四年刊『メルジェウット・タッバーヒーン』には、薄皮と木の実を用いる複数のバクラヴァが載ります。古い料理写本や経験者のルセットを集めた印刷料理書で、十九世紀にはすでに一つの型に定まっていません。オスマン期にはカヴン、すなわちメロンや、チーズを詰めるものも作られました。今日の一種類を、昔から唯一の形だったとみなすことはできません。
地域の技法を守るガズィアンテプの地理的表示も、この広い歴史の中の一地域型に対するものです。古代の発明者や帝国全体の発祥地は、なお定まっていません。
国境を越える名の、未確定の語源
トルコ語の baklava、アラビア語の baqlāwa、ギリシャ語の baklavás、ペルシャ語の bāqlavā。名も各地の言語に根づきました。『イラン百科事典』は語源を未確定とし、語末をペルシャ語の料理名の接尾辞と関連づける案を挙げる一方、語頭の由来は不明としています。「葉」やアラビア語の「草」による説明は可能性が低いとされ、中央アジアの「折る」に由来するという説も確定していません。交流の広がりを感じさせる似た名から、最初の製法の土地までは絞れないのです。
宮廷から兵士へ、婚礼から隣家へ
オスマン帝国には、ラマダン月の十五日に、宮廷の厨房で作ったバクラヴァをイェニチェリの兵へ運ぶバクラヴァ・アラユという儀礼がありました。大きな盆を運ぶ行列は、宮廷と軍の関係を示す場でもありました。ラマダン明けの祝祭だけでなく、断食月の途中にも菓子が特別な意味を持っていたのです。
ガズィアンテプでは婚礼、婚約、割礼の祝い、弔問などに供されます。アゼルバイジャンでは春の祝いと結びつくように、広がった土地ごとに菓子を囲む暦も異なります。
用語解説
- カトー
- 共和政ローマの政治家・著述家。『農業論』にプラケンタなどのルセットを残した。
- トラクタ
- カトーのルセットでチーズと交互に重ねる穀物の生地。現代のフィロと同一ではない。
- イヴィ・ヴァルダニス
- ギリシャの家庭料理を紹介する作り手。断食期の油脂を替えるバクラヴァについて記す。
- コンスタンティーヌ
- アルジェリア北東部の都市。薄皮とアーモンド・蜂蜜を使う家庭のバクラワの例がある。
- フィロ/ユフカ
- 非常に薄くのばした生地を指す呼称。バクラヴァでは重ね焼きする皮になる。
- セモリナ
- 主に硬質小麦を粗く挽いた粉。アンテプの生鮮型では乳と加熱してクリームにします。
- 精製した乳脂肪
- バターなどから水分や乳の固形分を除いた脂肪。薄皮の層へ行き渡らせます。
- イェニチェリ
- オスマン帝国の君主直属の歩兵軍団。
- バクラヴァ・アラユ
- 宮廷から兵士へバクラヴァを運んだ儀礼と行列。
- ノウルーズ
- 春の到来を祝う祭り。アゼルバイジャンではNovruz。
- ペクメズ
- 果汁を煮詰めた甘い濃縮液。エルズルムの型では桑の実を原料とする。
- ロル
- トルコで用いられる乳清チーズ。アクシェヒルの型では塩を加えない新鮮なものを使う。
- カタイフィ
- 細い糸状にした生地。薄皮と組み合わせる菓子や、単独で層を作る菓子がある。
- オレンジ花水/バラ水
- 花の香りを移した水。糖液の加熱後に加えるルセットもある。
- ロビン・カラジアン
- アルメニアの家庭料理を紹介する料理教育者。家庭の味を一口のカップ形へ移したパクラヴァを公開している。
- ホマ
- Persian Mamaでイランの家庭料理を紹介する作り手。香辛料とバラ水を用いるルセットを公開している。
- モーリーン・アブード
- レバノン系米国人の料理書著者。家族のバクラワのルセットと贈答の記憶を記録している。
- 地理的表示
- 地域と結びつく品質や評判を持つ産品名を保護する制度。
- カトマ・ユヴガ(katma yuvğa)
- 十一世紀のトルコ語辞典に見える「折り重ねたパン」。現代のバクラヴァと同一のルセットと証明されたわけではない。
- コプテ
- 古代ギリシャ菓子の名。ゴマ、蜂蜜、木の実を重ねる菓子との同定には、薄皮生地との差を考える必要がある。
- ラウズィナジュ
- 中世アラブ圏のアーモンド菓子。バクラヴァの直系とする証拠は未確定。
- メルジェウット・タッバーヒーン
- メフメト・カーミルの一八四四年刊オスマン・トルコ語料理書。既存ルセットを集めた本で、発明年を示すものではない。







