Sweetlore世界のお菓子図鑑(534)

ビカ・アンボン
Bika Ambon
発酵で細い穴を作る、メダンのココナッツ菓子
ケーキ / インドネシア・メダン

ビカ・アンボン(Bika Ambon)は、タピオカ粉、卵、砂糖、ココナッツミルクなどを合わせ、発酵させて焼くインドネシアの菓子だ。切った面には細長い穴が幾筋も通り、黄色い生地はやわらかく、噛むと弾力がある。名前に「アンボン」と付いているが、特に名物として知られるのは、北スマトラの都市メダンだ。
断面の穴は、泡を抱えた生地の跡
ビカ・アンボンは、卵を泡立てて空気だけを抱き込ませるスポンジケーキとは作り方が異なる。タピオカなどの粉、乳白色のココナッツミルク、卵、甘みを合わせた流れる生地を、酵母の働きで発酵させる。表面に小さな泡が現れ、焼いた後には多数の穴が残る。
粉には、キャッサバから取るでんぷんのタピオカのほか、サゴでんぷんを使う例もある。2つは同じ植物の別名ではない。小麦粉を加えるルセット(材料の配合と作り方)もあり、粉の選択は製品の弾力や生地の扱いと結びつく。
発酵の長さは、単純に延ばせばよいものでもない。発酵が進むと泡は増えるが、長すぎると酵母のにおいや苦みが強くなることがある。気温や酵母の活動に合わせて、発酵の進み具合を見極める工程である。
泡を作るだけでなく、上へ通す
細長い孔が揃うかどうかには、発酵で泡を作ることに加え、焼く間に泡が上へ抜けられる生地と加熱の仕方が関わる。試作を重ねた料理家レスリー・テイの方法では、流れやすい生地に下から熱を加え、泡が上へ進んだ長い跡を残す。上面が先に固まると、厚い層ができて泡の上昇を妨げ、細い孔が上まで通りにくくなる。
この方法では、卵を強く泡立てず、発酵後の生地を混ぜたら落ち着かせ、表面の泡を除いてから加熱する。上にたまった細かな泡も、密な層の原因になるためだ。型を温めて油をなじませる離型の手順や、全体の加熱後に上面だけへ焼き色をつける仕上げもある。卵の泡立て、発酵、下からの加熱、最後の焼き色を分けて扱うことで、長い孔のある断面を狙っている。
乳に香りを移してから、酵母を加える
ココナッツミルクには、パンダン(pandan)やこぶみかんの葉、レモングラスなどで香りをつける。香りの葉を使う一例では、ココナッツミルクと砂糖、葉を温め、いったん熱を下げてから酵母を加える。香りを取り出す加熱と、酵母を働かせる温度帯を分ける手順だ。
粉や卵と混ぜた生地を休ませ、発酵して泡が出たところで焼く。タピオカは底へ沈みやすいため、型へ流す前に穏やかに混ぜ直す方法もある。焼き上がってすぐに薄く切るのではなく、型から外し、冷ましてから切り分けるルセットもある。
焼き色のついた表面と、中の黄色い穴の多い部分では食感が違う。大きな1枚を四角く焼くほか、丸い型や小型の型も使われる。断面の穴と弾力が共通していても、形と一切れの大きさは揃っていない。

図版:Chairy・Jhanghiz Syahrivar「Bika Ambon of Indonesia: history, culture, and its contribution to tourism sector」(2019年)図2。CC BY 4.0。画像は変更せず掲載。原論文/ライセンス。
「アンボン」はどこから来たのか
ビカ・アンボンには、メダンのアンボン通りで売られたためその名になった、という説がある。その筋では、華人系の女性がこの菓子を作り、その菓子に通りの名が付いたと語られる。別の説では、アンボンから来た商人がメダンへ運び、現地で人気が出たとされる。しかし、これらは現在の名前を説明する物語で、発明時の帳簿や同時代の製造記録が一つの説を確定しているわけではない。
「ビカ」はビンカ(bingka)という菓子の名とも関係づけられる。ビカ・アンボンという名から連想されるアンボン島とは離れたメダンで、発酵させた穴の多い菓子が名物になった。
樹液の発酵から、選ばれる土産へ
ビカ・アンボンには、ニラ(nira)と呼ぶヤシの樹液や、それを発酵させたトゥアック(tuak)を使う作り方が伝わっている。現在はパン酵母を使う方法も広まり、材料を選ぶ際には、イスラームの食の規範であるハラール(halal)も大きな意味を持つ。
メダンで土産菓子となった時期は、作り手の記憶から少しずつたどれる。2002年、モジョパヒット通りの店主カエンは、1950年代にはすでに家庭で食べる菓子だったと語った。同じ取材で店主ラトナは、1979年にペティサ市場で売り始め、1987年にモジョパヒット通りへ移ったと話す。カエンによると、別の家族も1985年に市場から同じ通りへ移ったという。これらの証言が伝えるのは、菓子の発明年ではなく、家庭や市場の菓子が旅行者も訪れる商店街へ集まっていった過程だ。
当時ラトナの店では、ニラを発酵させた液を生地に使っていた。宗教上の材料選択が求められる中、2003年に参入したズライカの店は、ハラールを意識して商品を作り、味の種類も増やすことで買い手を広げた。古い発酵の方法と、新しい材料表示への要請が、同じ街の商売に重なっている。
モジョパヒット通りには販売店が集まり、旅行者が箱入りを買う。パンダン、ドリアン、チョコレートなどの味も作られる。大きな1枚を切り分ける菓子は、家庭の食卓にも、持ち帰って分ける土産にも使われるようになった。
用語解説
- タピオカ
- キャッサバの根から取るでんぷん。弾力のある菓子に使われる。
- サゴでんぷん
- サゴヤシなどの幹から取るでんぷん。タピオカとは原料植物が異なる。
- パンダン(pandan)
- 東南アジアの菓子や料理に香りをつける葉。
- ニラ(nira)
- ヤシなどから採取する樹液を指すインドネシア語。
- トゥアック(tuak)
- 樹液などを発酵させた飲料の呼称。
- ハラール(halal)
- イスラームで許されること。食品では材料や製造方法にも関わる。
- ビンカ(bingka)
- 東南アジアで使われる焼き菓子の名称。
- ルセット
- 材料の配合と作り方の一式。
- カエン
- 2002年のメダンで、1950年代に家庭でビカ・アンボンを食べた記憶を語った店主。
- ラトナ
- 1979年にペティサ市場で売り始めたと2002年の取材で語った菓子店主。
- レスリー・テイ
- シンガポールの食文化著述家。ビカ・アンボンの試作とルセットを公開している。







