Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

ボストン・クリーム・パイ
Boston cream pie
スポンジとカスタードを、チョコレートが覆う
ケーキ / 米国

パイ生地の器はなく、二枚の柔らかなケーキが厚いカスタードを挟みます。その上をチョコレートで覆うのが、米国のボストン・クリーム・パイです。淡い生地、黄色いクリーム、褐色の上掛け。一切れを口へ運ぶと、柔らかい土台と冷たい詰め物にチョコレートの濃さが重なります。パイの名が残る理由と、ホテルで育った三層の来歴をたどります。
フォークで切れる二枚の土台
生地には、卵白と卵黄を別々に泡立てて合わせ、粉と溶かしバターを加えるスポンジの型があります。一台に焼いて冷まし、横に切ると、同じきめの二枚ができます。
家庭向けのルセット(材料の配合と作り方)では、卵と砂糖を泡立て、油と粉を加えてから、熱い乳とバターを合わせるものもあります。柔らかな生地を二つの丸型へ分け、焼いて十分に冷まします。どちらも、厚いカスタードを支えながらフォークで切れる土台を作る方法です。
挟める固さのカスタード、上を覆うガナッシュ
詰め物は、乳、卵、砂糖、でんぷんなどを加熱するカスタードです。温めた乳を卵に少しずつ加えてから鍋へ戻すと、卵の一部だけが固まるのを防ぎやすくなります。混ぜながら熱を通し、でんぷんの働きで、流れ出にくいとろみを付けます。
表面を覆って膜を防ぎながら冷まし、冷えた生地へ均一に広げます。ラム酒やバニラを加えると、乳と卵の香りに奥行きが生まれます。生地もクリームも温度を落ち着かせてから組むことが、層を保つ準備です。
上掛けをガナッシュにする場合は、チョコレートと生クリームをなめらかに合わせ、少し冷ましてから流します。上面を覆う濃い味が、穏やかなカスタードと対になります。
浅い丸型のケーキにも「パイ」の名
十九世紀の米国には、浅い丸型のケーキを重ねてジャムなどを挟むワシントン・パイがありました。ケーキを使うこの菓子にもパイの名が残る背景です。一八七八年の『Granite Iron Ware Cook Book』のボストン・クリーム・パイはカスタードを挟むものの、チョコレートの上掛けはありません。一八八七年のマリア・パーロアの料理書では、チョコレート・クリーム・パイという別名に、バターのケーキ、バニラカスタード、チョコレート糖衣の三要素がそろいます。菓子名と現在の組み合わせは、別々の活字記録にも残っているのです。
パーカー・ハウスに伝わる創作の話
ボストンのパーカー・ハウスは、ハーヴェイ・パーカーが一八五五年に開いたホテルです。運営会社オムニは、料理人オーギュスタン・フランソワ・アネザンと厨房が、スポンジとバニラカスタードへ、当時飲み物などに使われることが多かったチョコレートを糖衣として加えたと伝えます。初めは「パーカー・ハウス・チョコレート・クリーム・パイ」と呼んだという、ホテルの由来話です。
ただし、現在の三層をアネザンが何年に完成させたかは、ホテルの伝承だけでは決まりません。十九世紀後半の料理書では、カスタードを挟む菓子と、チョコレート糖衣まで備える菓子が別々の名で記されていました。
白い模様とアーモンド、家庭の簡潔な上掛け
ホテルの伝統的なルセットには、ラム風味のクリーム、チョコレートと白いフォンダンの上掛け、側面のローストアーモンドがあります。現在ホテルが公表する別のルセットは、ガナッシュに白いチョコレートで渦を描き、ナイフの先を中心から外へ動かして蜘蛛の巣模様を作ります。同じホテルでも、仕上げには変化があります。
二十世紀半ばには、ケーキミックスによって家庭にも広がりました。複雑な糖衣を簡潔なチョコレート上掛けに替えても、ケーキ、カスタード、チョコレートの組み合わせは残りました。現在、マサチューセッツ州の公式デザートにも位置づけられています。
用語解説
- カスタード
- 乳、卵、砂糖などを加熱するクリーム。ボストン・クリーム・パイではでんぷんを加え、挟める固さにする。
- ガナッシュ
- チョコレートと生クリームなどを合わせる、なめらかな混合物。
- フォンダン
- 煮た糖液を冷まして練り、細かい結晶を作った糖衣材料。チョコレートで風味を付けることもある。
- オーギュスタン・フランソワ・アネザン
- ホテルが菓子の考案者とする料理人。採用と考案の年には、ホテルの回顧の中でも不一致がある。
- ハーヴェイ・パーカー
- 一八五五年にボストンのパーカー・ハウスを開いた人物。
- パーカー・ハウス
- 米国ボストンの歴史的なホテル。現在のオムニ・パーカー・ハウス。
- マサチューセッツ
- ボストンを州都とする、米国北東部の州。
- マリア・パーロア
- 十九世紀米国の料理教育者・料理書著者。クリームを挟むケーキやチョコレート菓子のルセットを残した。







