Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

キャロットケーキ
Carrot Cake
すりおろしたにんじんと香辛料を焼き込む、家庭のケーキ
ケーキ / イギリス・アメリカ

ニンジンを細かくおろすか、卵と油で滑らかにすりつぶすか。キャロットケーキは同じ野菜を使いながら、英米、スイス、ブラジルで違う生地になります。英米の密な油脂生地に白いクリーム、スイスの木の実と卵白の泡、ブラジルの均一な橙色とチョコレート。加える順番とニンジンの形が、甘い野菜を異なる組織に取り込んでいます。
細い繊維を油の生地に散らす
英米型では細かくおろしたニンジンを多く使います。細い繊維が生地全体へ分散し、水分だけでなく、粒の食感、橙色、土を思わせる野菜の風味も加えます。大きな角切りを詰める構成とは異なり、おろす細かさによって、歯に当たる粒や水分の分布も変わります。
植物油を使う生地は、バターを柔らかくして砂糖とすり混ぜる工程を必要としません。卵、油、砂糖、香辛料などを混ぜてから粉を加え、最後にニンジンと木の実を合わせます。液状の油脂は冷えてもバターのようには固まらず、ニンジンの水分とともに柔らかな口当たりをつくります。材料の多い生地を膨張剤と卵で支える、比較的密な仕立てです。
細かくおろす生地でニンジンをピューレに替えると、粒の構造が変わります。ブラジル型のように最初から液体とともにすりつぶす設計とは、混ぜ方から異なります。
香辛料と木の実、酸味のある白い上掛け
シナモン、ショウガ、クローブなどは、野菜の風味に温かな香りを重ねます。クルミやピーカンナッツは刻んで混ぜ、ローストすると香りが強まります。レーズン、ココナッツ、パイナップルを使う型もありますが、追加の果実は糖と水分を同時に持ち込みます。具の量と、生地が支えられる量の釣り合いが必要です。
クリームチーズ、バター、粉糖を合わせるフロスティングは、褐色の生地へ白い層と乳の酸味を加えます。温かなケーキではクリームが緩むため、生地を完全に冷ましてから塗ります。一枚の角型で焼くシートケーキにも、丸い生地を重ねるレイヤーケーキにも、カップケーキにも展開します。形を変えても、ニンジンの粒、香辛料、酸味のあるクリームの組み合わせが軸になります。
スイスでは木の実と卵の泡で支える
スイスのアールガウに結びつくリューブリトルテは、おろしたニンジン、卵、挽いたアーモンドやヘーゼルナッツを中心にします。卵白を別に泡立てて加える生地で、クリームチーズの厚い層に代わり、杏のジャムを薄く塗ってから砂糖のグラスをかけたり、粉糖で仕上げたりします。表面の小さなマジパンのニンジンも、よく見られる飾りです。
カイザーアウクストの家政学校の一八九二年の料理集には、ニンジンと砂糖、木の実を多く使い、粉を少量に抑えたルセット(材料の配合と作り方)が残ります。当初は主に家庭で焼かれ、二十世紀半ばには製菓店にも広がりました。今日も子どもの誕生日などに親しまれる家庭のケーキです。
ブラジルではミキサーと温かいチョコレート
ブラジルのボーロ・ジ・セノウラには、生のニンジンを油、卵、砂糖と一緒にミキサーにかけ、滑らかにしてから粉類へ合わせる型があります。細かな繊維を見せる英米型より、橙色が均一な生地になります。ニンジンを先に加熱することが、すべてのブラジル型に共通するわけではありません。
仕上げのチョコレートにも幅があります。粉末チョコレート、砂糖、バター、水を煮てかける型では、温かい生地へ糖液を広げ、冷えると薄く硬い膜を作ります。乳製品を泡立てて冷たいケーキへ塗るフロスティングとは、表面を仕上げる温度も固まる仕組みも違います。
甘い根の料理と、煮たピューレのケーキ
一五九一年版の英国料理書には、くり抜いたニンジンへ肝臓、パンくず、砂糖、乾燥果実を詰め、煮汁と供する料理があります。野菜を甘く調味する古い例ですが、油で焼く現在のケーキとは別の構造です。
一八二七年英訳のアントワーヌ・ボーヴィリエ『フランス料理の技法』には、生ではなく塩水で煮て裏ごしし、水分を飛ばしたニンジンの「Carrot Cakes」があります。粉入りのクレーム・パティシエール、砂糖、卵と卵黄、バター、オレンジの花の砂糖漬けを合わせ、泡立てた卵白で軽さを加えて焼きます。生のおろしニンジンと油を混ぜる英米型とは、野菜の状態も生地を支える方法も異なります。
配給の小量のニンジンと、戦後の販売促進
英国政府の一九四三年七月「War Cookery Leaflet No. 4」には、小麦粉、オートミール、油脂、乾燥果実、シロップ、すりおろしたニンジンのケーキがあります。地域博物館が再掲するルセットでは、ニンジン三大さじ、砂糖一・五大さじです。配給下の限られた材料を使う型で、クリームチーズの厚い上掛けを持つ現在型とは、甘味の配分も外観も異なります。
米国の普及を論じたエド・ウィンステッドは、戦後の余剰乾燥ニンジンを菓子に使ったという事業家ジョージ・ペイジの回想を、一九六〇年代末のクリームチーズ糖衣の流行やメーカーのルセット宣伝へ結びつけています。一人の販売経験を含む解釈ですが、現在の姿を広めた背景には、節約ばかりでなく、食品流通と乳製品の販売促進もあったのです。
用語解説
- フロスティング
- ケーキの表面や層の間へ塗る、糖と油脂、乳製品などのクリームです。
- ピーカンナッツ
- クルミ科の木の実。比較的細長い形で、香ばしさと歯ごたえを添えます。
- レイヤーケーキ
- 複数の焼き生地を重ね、間にクリームなどを挟むケーキです。
- リューブリトルテ
- スイスのニンジンのトルテ。リューブリはスイス・ドイツ語でニンジンを指します。
- マジパン
- アーモンドと砂糖を中心に練った菓子生地。ニンジンなどの小さな飾りにも成形します。
- ボーロ・ジ・セノウラ
- ポルトガル語でニンジンのケーキを指す呼び名です。







