Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

レープクーヘン
Lebkuchen
香辛料とナッツが香る、ドイツの冬の菓子
焼き菓子 / ドイツ

蜂蜜と香辛料を粉へ練り込むもの、木の実と卵を薄い台へ載せるもの、別の餡を包むもの。ドイツのレープクーヘンは、生姜味のビスケット一種類ではない、広い焼き菓子の一族です。硬い切り菓子から柔らかな丸い一枚まで、どの材料を骨格にし、いつ膨らませ、どう仕上げるかが違います。ニュルンベルクの名物も、その中の一つです。
粉を寝かす生地と、木の実を主にする生地
ドイツ食品典の指針が分ける大きな二系統は、粉と蜂蜜や糖液を練り、成形、型抜き、切断して台なしで焼く褐色型と、木の実や卵を主にしてオブラーテへ載せる型です。ハートや家を組む生地と、柔らかなエリーゼンを同じ配合では説明できません。
ザクセン州プルスニッツのゲオルク・グレーフェでは、小麦粉とライ麦粉へ、蜂蜜または転化糖、濃い糖液を合わせ、基本生地を2〜4か月寝かせます。香辛料、膨張剤、ナッツ、果実はその後に加えます。基本には油脂を足しません。寝かせる間に生地の一部の糖から酸が生じ、後で加えるポタッシュが働く条件にもなります。香りが落ち着くだけでなく、膨らませる準備にもなる時間です。焼いた後の詰め物や被覆でも仕上げを変えます。市の博物館に残る焼き型、抜き型、機械、缶は、このプフェッファークーヘンの製造の仕事を伝えます。
膨らませ方も形と関わります。研究者アレクサンドラ・シェベスタとイザベラ・ヒュプシャーが解説するポタッシュは、炭酸カリウムを主とし、高温で生地を流れやすくして横へ広げます。鹿角塩は炭酸水素アンモニウムを主とし、気体を発生させて主に高さを出します。アンモニアが抜けるよう薄い菓子へ使う性質もあり、寝かす時間、加える時点、厚みは切り離せない条件です。
柔らかなエリーゼンと、薄い台
ニュルンベルクの高級な一形式、エリーゼンレープクーヘンは、木の実が多く粉が少ない生地です。ドイツ食品典のエリーゼン分類では、生地の少なくとも4分の1をアーモンド、ヘーゼルナッツ、くるみが占め、穀物は1割以下です。普通の粉生地に木の実を散らしただけでは、この名の組成になりません。でんぷんの細かな上限や併用条件は参考資料の指針に定められています。
市の公開ルセット(材料の配合と作り方)の一例は、卵と糖を泡立て、挽いた木の実、砂糖漬けのレモン皮とオレンジ皮、少量の粉、香辛料を合わせ、薄いウエハー状のオブラーテへ置いて焼きます。柔らかいため、型で抜くより台で支えられます。冷めてからチョコレートで覆う場合もあり、粉末の香辛料と、噛んだときに触れる果皮の粒が、違う位置へ香りを置きます。
ニュルンベルクに伝わる修道士の話も、柔らかな生地が天板へ付かないよう台へ載せた、と説明します。柔らかな一枚を焼き台から離すための、薄いオブラーテの仕事を伝える話です。
エリーザベトは助かったのか、亡くなったのか
同市の観光局が伝える伝説は、妻を病で失った菓子職人の娘エリーザベトも、重病になる場面から始まります。医師でも治せず、父は香辛料の価値を頼み、小麦粉を省いて良い材料だけで特別な菓子を焼きます。食べた娘は力を取り戻し、名が最上級の菓子へ残った、という筋です。木の実の多い配合が、愛情と回復の物語になります。
一方、製造者レープクーヘン・シュミットは、1864年に17歳で亡くなった職人の娘を記念したという伝説と、パン職人らの守護聖人エリーザベトにちなむ可能性を挙げます。助かる娘、亡くなる娘、聖人は、それぞれ別の名の説明です。現在の配合分類は確かめられても、物語を一つの伝記にはできません。
交易の都市と、専門の職人
ニュルンベルクは交易路の交点で、周囲の養蜂の蜂蜜に加え、シナモン、クローブ、カルダモン、ナツメグ、アーモンドなどを得られました。材料の流通が、複数の香辛料と糖、木の実を組む菓子を支えます。
グレーフェの文献史紹介は、1296年のウルムのプフェッファークーヘン、1370年のミュンヘン税簿のレープツェルター、1395年のニュルンベルク文書のレープキューヒナーを挙げます。都市の専門職としての発達は、ニュルンベルク市が示す1643年の職人組合認可にも現れます。これらは、蜂蜜菓子全ての始まりを一つの年へ定める記録ではありません。
名の前半も、現代ドイツ語の Leben「生きること」とは必ずしも結びつきません。ドゥーデンは中高ドイツ語 leb(e)kuoche を挙げ、パンの塊を指す Laib との関係を可能性としています。「生命の菓子」は確定語源ではなく、プフェッファークーヘンやレープツェルテンという別の呼称にも、土地と時代の差があります。
平たくなったアーヘンのプリンテン
プリンテンは、平たく細長い型で知られます。アーヘンの歴史解説では、ディナンから来た金属職人が木型で模様を付ける菓子を伝え、名は「押す」ことを表す prenten と結びつきます。
ナポレオン期の大陸封鎖で甘味料の調達が変わり、甜菜糖や糖蜜を使う生地は、木型で細かく成形しにくくなったため平たい姿へ移った、と同市は説明します。平たくなった後も姿は一つに固まらず、今日には硬い型、柔らかい型、糖衣、チョコレート、木の実入りなどがあります。
切るレッカーリ、包むビーバー
バーゼルのレッカーリは、蜂蜜と香辛料へ粗い木の実と砂糖漬け柑橘皮を加え、薄い糖衣を掛けて四角く切る比較的硬い型です。スイス食文化遺産は、15世紀のバーゼル公会議発祥という説について、当時の関税・商館記録に重要材料が市場へ現れないことから退けています。蜂蜜とライ麦の菓子があった時代に、現在の品まであったとはいえません。18〜19世紀には、収入を得るために焼く未亡人と菓子職人の営業権争いがあり、自由な仕事として製造を認められた経緯もあります。
ザンクト・ガレンのビーバーは、蜂蜜と香辛料の生地でアーモンド餡を包み、木型の図を付けます。食文化遺産の調査は、15世紀の古い名称と、1800年ごろから料理書で見えるアーモンド入りを区別し、修道院の巡礼菓子から直接始まったという説明にも十分な文書はないとします。取材された職人は、アッペンツェルとの違いも州境一律でなく工房ごとのルセットにあると語ります。
リグニッツでボンベが商品になるまで
現在のポーランドのレグニツァ、かつてのリグニッツにちなむボンベは、香辛料生地へマルツィパンや果実を詰め、チョコレートで覆います。再製造するピェルニキ・ヴロツワフスキェの品は、木の実、オレンジとアンズのジャム、オレンジリキュールを組み合わせます。
同社掲載の研究者グジェゴシュ・ソベルの新聞調査は、よく挙がる1853年をミュラー家の開業と区別し、1875年の皇帝来訪と商品化を論じます。店の始まりと品の登場は同じとは限りません。平たく成形するもの、具の粒を残して切るもの、餡を包むものは、同じ丸い台付き菓子の大小ではないのです。
肖像を贈る、料理のソースにする
ニュルンベルク旧市街の歴史調査が検討する1487年の話では、帝国議会へ来た皇帝フリードリヒ3世が、町の子どもへ菓子を贈ります。型に皇帝の肖像を付ける「カイザーライン」は、食べ物へ顔と権威を残すものです。後世の祝い缶にも引かれる、肖像と贈答を結ぶ話です。
一方、フランケンのゾーセンクーヘンは、カラメル糖液で控えめに甘くした料理用です。バイエルン州の食文化遺産案内では、水やワインでどろりとふやかし、ザウアーブラーテンなどの濃いソースへ混ぜ、香りととろみを加えます。牛肉、野生肉、鯉などへ使う、菓子を別の料理の材料にする用途です。
焼いた後に変わる硬さ
焼きたての褐色型は比較的硬く、保存中に少しずつ柔らかくなるものがあります。菓子業界団体は、冷涼で乾きすぎない保管や、硬くなった一枚をパン・リンゴ片と一緒に容器へ入れる方法を挙げます。糖の多い焼き菓子は空気との間で水分が移り、乾けば硬く、適度な湿りを得れば柔らかくなります。乾燥を避ける仕事は、数か月寝かせる焼成前の生地とは別の時間です。
産地名と、配合名は別の条件
ニュルンベルガー・レープクーヘンは、市の説明では1996年から地理的表示で保護され、名を使うには市内での製造が必要です。全材料が市内産である条件ではなく、エリーゼンの配合分類とも別です。クリスマスに食べ、装飾缶や箱で贈る一枚の背後に、原料の流通、工程の違い、職人の権利、名を守る仕組みが、それぞれの歴史を持っています。
用語解説
- ポタッシュ
- 炭酸カリウムを主とする膨張剤。生地を横へ広げる働きがある。
- 鹿角塩
- 現在は炭酸水素アンモニウムを主とする膨張剤。薄い菓子などに使われる。
- フリードリヒ三世
- 15世紀の神聖ローマ皇帝。ニュルンベルクで子どもへ菓子を贈る話に登場する。
- ゾーセンクーヘン
- フランケン地方などで、ソースの香り付けととろみに使うレープクーヘン。
- ザウアーブラーテン
- 肉を酸味のある液へ漬けてから調理するドイツの料理。
- エリーゼンレープクーヘン
- 木の実を多く、粉を少なく用いる、高級なレープクーヘンの分類。
- オブラーテ
- 小麦粉やでんぷんなどでつくる薄いウエハー状の台。
- 地理的表示
- 地域と結び付いた品質や評判を持つ産品の名称を保護する仕組み。
- プルスニッツ
- ドイツ東部ザクセン州の町。プフェッファークーヘンの製造で知られる。
- 転化糖
- ショ糖を分解して得られる糖の混合物。シロップ状の製菓材料として使う。
- ドイツ食品典の指針
- 食品名から通常期待される組成や製法をまとめたもの。エリーゼンなど、レープクーヘンの配合分類も示す。







