Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

パンデピス
Pain d’épices
はちみつと香辛料を、土地の配合で焼く
焼き菓子 / フランス

蜂蜜を含む粉の生地へ香辛料を練り込み、褐色に焼く。フランスのパンデピスは、「香辛料のパン」という名の菓子です。細長い柔らかな一台を切る型と、薄いハートや動物を抜く型では、形だけでなく、休ませ方やふくらみも違います。アニス、シナモン、ジンジャー、クローブの香りは、飾りの上だけでなく生地の中へ続きます。
ライ麦のランス、小麦のディジョン
蜂蜜は生地を作る甘味料です。糖や糖液を併用するものも、甘味料を蜂蜜だけにするピュール・ミエルもあります。小麦粉、ライ麦粉、その混合へ、果皮やナッツを加えることもあります。
ランスの名物はライ麦と結びつき、ディジョンでは小麦主体で卵黄を加える製法が継がれます。古い低脂肪型はバターを多く使うケーキと異なる均衡を持ちますが、現代には乳やバターを使う製作者もあります。同じ名が、蜂蜜の濃さ、油脂、軽さの異なる生地を包みます。
二週間の母生地を、焼く日に練り直す
ディジョンのミュロ・エ・プティジャンは、小麦粉、蜂蜜、糖類の母生地を最低二週間休ませます。焼く前に再び柔らかく練るブラカージュで、卵黄、膨張剤、香りを加え、のばして抜くか型へ入れます。同店の製法は脂肪分3%未満。バターの泡を大きく作るのでなく、保存した蜂蜜生地を焼く状態へ整えます。
休ませる時間と、焼くときにふくらませる力は別に考えます。製パン技術を論じるマルク・デワルクは、蜂蜜を多く含む母生地の長い休ませを、強い発酵力を得るためというより、柔らかな食感を整える過程として説明しています。蜂蜜が水の代わりになるほど濃い生地では、食事パンのような酵母発酵をそのまま期待できません。卵黄や膨張剤を保存の初めから混ぜず、ブラカージュで加える製法は、母生地を休ませる段階と焼成の準備を分けています。
抜き型、木の型、模様を彫った機械
アルザスのゲルトヴィレールでは、薄い生地を金属型でハートや動物へ抜きます。ブロックなら木や紙の型へ流し、ラング・ド・シャ、すなわち猫の舌のような細長い型には、模様を彫ったシリンダーを備える成形機も使います。輪郭は、上へ載せる飾りでなく生地そのものです。
リップスの工房の家庭型は、長期保存の母生地を省き、蜂蜜、糖、粉、アーモンド、砂糖漬け柑橘皮、香辛料を合わせ、最後に膨張剤を加えます。涼しい場所で最低48時間置き、練り直して、硬ければ水で粘土状へ整え、のばして抜きます。
この生地は乳、バター、卵を使いませんが、表面の糖衣は卵白、粉糖、キルシュを使います。生地と上掛けは別の配合です。貼り絵や名入れをすれば、贈る相手のための一枚になります。
職能集団が作り、冬の市で贈る
1571年のランスには、パン職人や一般の菓子職人と異なる、パンデピス職人の独占的な仕事が確認できます。徒弟として学び、作品で技量を示す専門職で、宮廷や町の賓客へも贈りました。
アルザスでは聖ニコラの日、クリスマス、村の市と結びつき、恋人へハートを贈り、子どもは表の絵を集めました。ハートの輪郭や貼り絵は、食べる前にも贈り先や祝いの日を示す飾りです。ディジョンのノネットは、オレンジジャムを包む小さな丸い近縁菓子。大きな一台に対し、一個ごとに果実の甘酸っぱい中心があります。
原料と鉄道が変えたディジョン
ディジョンでは18世紀半ばに職人の痕跡が現れ、世紀末にはパン職人や菓子職人の組織から独立します。1852年の鉄道到来は工業的生産への契機となり、1881年には約十の製造者がいました。ランスに対して名声を高めるのは19世紀後半です。
小麦と蜂蜜のボワシェ、16世紀に現れるキビ粉のガルドリーという菓子を経て、小麦のパンデピスが土地の型になりました。19世紀には高価な蜂蜜を安い糖蜜へ替える動きもあり、炭酸カリウムなどの膨張剤は、平たい型抜きから柔らかなふくらみへの変化に関わります。原料価格、膨張法、輸送が、ともに姿を変えたのです。
大量生産へ向かった二十世紀
二十世紀には、一都市の名物が全国へ出荷する工場製品にもなりました。ブザンソンのブロシェ兄弟の工場は、1939年に約100人が働き、一日5〜6トンを製造。1943年の爆撃で壊れた後、1944〜46年に再建され、1960年にはパンデピスだけで年間6,500トンを生産しました。
1959年には、ブロシェ、ディジョンのフィルベー、ヴァンダム、ヴァン・リンデンの四製造者をまとめる販売会社ユニメルが設けられます。ブロシェは1963年にジェネラル・アリマンテールへ入り、1964〜65年には新工場が建設されました。産地ごとに別の工房が競った時代から、販売と生産を大きな企業へ集める時代への変化です。今日のミュロ・エ・プティジャンやゲルトヴィレールの工房が伝える母生地、型、装飾は、そうした大量生産とは異なる規模でも継がれてきた技術です。
パリの豚形に重なる物語
現在のフォワール・デュ・トローヌにつながるパリの市では、1841年にトローヌ広場の円形部分への出店が認められ、周辺へ広がりました。カルナヴァレ博物館には、その「パンデピスの市」を描く19世紀後半の木版画も残ります。地域の菓子が都市の娯楽の中で売られた場所です。
豚形には、豚を伴う姿で描かれる聖アントワーヌ、すなわち聖アントニウスにちなむという伝承があります。もう一つは、1131年、フランス王ルイ六世の息子フィリップが、豚に驚いた馬から落ちて亡くなった事故へ結びつける話です。町を歩く豚が禁じられた後も、聖アントワーヌの修道士たちの豚だけは首に鈴を付けて通行を許され、その礼に豚形を焼いたと語られます。事故の後日談として伝わる由来話で、菓子が1131年に生まれたと示すものではありません。1957年の市では、修道士に扮した露天商たちが豚形を配り、この物語を祝いの形にしました。
肉の鍋へ入れると、ソースになる
菓子皿の外では、パンデピスは煮込みの材料にもなります。ジュリー・アンドリューの作り方は、ウサギ肉へ干しぶどう、プルーン、パンデピス、タイム、ビールを加えて煮るもの。ストウブのカルボナード風も、ソースの古いパンをパンデピスへ替えます。液を吸って崩れれば厚みを与え、蜂蜜と香辛料が肉とビールへなじみます。最後にトーストした角切りを添える仕立てとは、入れる時期も役割も違います。
用語解説
- ユニメル
- 複数のパンデピス製造者が販売を共同化した会社。
- ジェネラル・アリマンテール
- フランスの食品企業群。ブロシェの工場は1963年にその傘下へ入った。
- ボワシェ/ガルドリー
- 前者は小麦と蜂蜜の古い菓子、後者はキビ粉を用いたディジョンの菓子名。
- 糖蜜
- 糖の製造時などに得る濃い糖液。蜂蜜とは原料が異なる。
- 炭酸カリウム
- 酸性の生地などと反応して気体を生み、膨張に使われたアルカリ性の塩。
- ピュール・ミエル
- フランス語で「純粋な蜂蜜」。パンデピスでは甘味料を蜂蜜だけにする型を指す。
- 母生地
- 仕上げの材料を加える前に用意し、休ませる基礎の生地。
- ブラカージュ
- 母生地を練り直し、膨張剤や卵黄、香りの素材などを加えて焼く生地へ仕上げる工程。
- ミュロ・エ・プティジャン
- ディジョンのパンデピス製造店。母生地を休ませ、ブラカージュで仕上げる伝統製法を継ぐ。
- ラング・ド・シャ
- フランス語で「猫の舌」。細長い外形の菓子にも使う名。
- キルシュ
- サクランボを原料とする蒸留酒。糖衣の香りにも使う。
- 聖ニコラの日
- 一二月六日の祝日。欧州の一部には子どもへ菓子などを贈る習慣がある。
- ノネット
- 蜂蜜や香辛料を使う、小さな丸い菓子。ジャムを包む型が代表的。







