Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

ウェルシュ・ケーキ
Welsh cakes
鉄板に返して両面を焼く、干しぶどう入りの小さな円
焼き菓子 / 英国・ウェールズ

丸く抜いた生地を焼き板の上で返すと、両面に薄い焼き色が付き、間には干しぶどうを抱く柔らかさが残る。ウェルシュ・ケーキは、掌に収まるウェールズの菓子です。バターと卵でつなぐ型も、ラードと酸味のある乳でつなぐ型もあり、板を火へ載せるか炉の前で輻射熱を受けるかにも土地の違いがあります。家庭の茶、鉱夫の食べ物箱、市場の実演へ続く、小さな円の技術です。
油脂を粉へすり込み、延ばせる硬さにする
小麦粉へバターやラードを細かくなじませ、砂糖とカラント、またはサルタナを混ぜます。最後に卵や乳を加えてまとまる硬さにします。油脂を粉へ先に散らすと、生地を長くこねずにまとめられ、噛んだときに細かくほどけるきめができます。
アバーガヴェニーのパン職人キャスリン・ガンターのルセット(材料の配合と作り方)は、膨張剤入りの粉220グラムにバターなど110グラム、砂糖55グラム。卵を一個ずつ加え、硬さを見ながらつなぎます。液体をたっぷり注ぐパンケーキ生地と違い、板の上で伸ばして抜ける柔らかな塊を作ります。
六ミリの一枚を、焦がさず乾かしすぎず
生地をおよそ六ミリに伸ばし、直径五センチほどの円に抜きます。薄く油脂を引いた鉄板へ並べ、中火で片面ずつ焼きます。触れる面に薄い焼き色が付き、中はふっくらした感触になる頃が目安。強い火で急ぐと、表面が焦げても中心に生の生地が残ります。
反対に長く焼きすぎれば、薄い一枚から水分が抜け、乾いた口当たりへ向かいます。片面の色と手に返る弾力を見ながら仕上げ、熱いうちに砂糖を振ります。両面は香ばしく、間には柔らかさが残り、干しぶどうの小さな粒が味に変化を付けます。
ペナントではラードと発酵乳を使う
ポーウィスのペナントに伝わる型は、卵とバターではなくラードと酸味のあるバターミルクを使います。粉へ油脂をなじませ、発酵乳に溶いた重曹でつなぐ作り方です。卵でまとめる現代の職人の型と並べると、一つの名の下に、手元の油脂や乳を生かす家庭の幅が見えます。
どちらにも共通するのは、鉄板に載せられる生地の硬さと、ひっくり返して焼く平たい姿です。特別な飾りや詰め物より、粉と油脂の配分、厚さ、火の当たり方が食感を決めます。
北コーネリーでは炉の輻射熱を使う
ウェールズ国立博物館は、南部グラモーガンの北コーネリーに伝わる「ラウンド・ケークス」も記録しています。粉にバターとラードの両方をすり込み、カラント、砂糖、ナツメグ、卵と乳を合わせる型です。同館の説明では、同地方でウェルシュ・ケーキと総称される菓子を、農家でも小さな家でも食べ、鉱夫の食べ物箱にも入れていました。
焼き板を直火へ載せる方法のほか、グラモーガンの谷では、開いた炉の前へダッチオーブンを置いて焼く方法も好まれました。小さな丸を二、三列に並べ、赤くなった火からの輻射熱を受けます。博物館は、浅い天板をグリルの下に低く置いて焼く置き換え方も示しています。平たい生地の片面ずつを板へ当てる方法だけが、地域の記録にある唯一の焼き方ではありません。
焼き板のパンに、砂糖と果実を加える
焼き板は、甘い菓子だけの道具ではありません。ウェールズではオート麦の平たいパンやパンケーキ、詰め物をした生地にも使われてきました。火の上の平面で穀粉を焼く暮らしから、油脂でほぐれやすくし、砂糖、干し果実、香辛料で味を豊かにした小さな菓子が育ちました。十九世紀後半には、ウェルシュ・ケーキは各地の茶の時間の定番でした。
シナモンやナツメグを包む一枚には、遠くから届く材料の歴史もあります。食文化を研究するヤスミン・ベグムは、無糖で香辛料を入れない平焼きの伝統に対し、現在の甘く香る型が十九世紀末に広まった背景を、輸入品の普及と結び付けています。植民地交易と奴隷労働に支えられた砂糖、港へ入る香辛料が、炭鉱や採石場へ持って行く日々の菓子にも使われるようになりました。
各地の呼び名にも道具との結び付きがあります。pice bach(ピケ・バッハ)、tishan lechwan(ティシャン・レフワン)、tishan ar y mân(ティシャン・アル・ア・マーン)など、博物館が記録した名称には、その土地での焼き板の呼び方が反映されています。英語の「ウェルシュ・ケーキ」は、そうした違いをまとめる名です。
家庭の油脂や乳の違いは、ポーウィスのラードと酸乳、グラモーガンのバターとラードの併用にも残っています。民俗学者ミンウェル・ティボットが一九六九年から聞き取った高齢の女性たちの記憶は、十九世紀末の台所にまで遡ります。農家や炭鉱の家で焼く一枚は、茶の時間に出す菓子であり、鉱夫の食べ物箱へ入れる甘味でもありました。三月一日の聖デイヴィッドの日には、今も祝いの食卓に並びます。
市場の板に加わるチョコチップとリーキ
現在の店では、干しぶどう以外の味も作られます。ウェールズ政府の観光紹介は、カーディフの市場で作るCardiff Bakestonesのチョコチップ入りなどの型を挙げています。ニューポートのRogue Welsh Cakesには、チーズとリーキなど、甘くない型もあります。
卵や乳、穀粉の選択が変わっても、手で形を作り、鉄板で焼く仕事を続ける店があります。十九世紀後半からの茶の時間、地域ごとの道具と呼び名、現代の市場の味が、この小さな菓子の中に重なっています。
用語解説
- カラント
- 小粒の干しぶどう。菓子に甘さと粒の感触を添える。
- サルタナ
- 明るい色の、種なしぶどうを乾燥させたもの。
- ラード
- 豚の脂肪から作る油脂。
- バターミルク
- ウェルシュ・ケーキには酸味のある発酵乳を使う型がある。重曹とともに生地へ加える。
- ベークストーン
- 炉端などで生地を焼くための平たい厚い板。金属製のものもこの名で呼ぶ。
- キャスリン・ガンター
- ウェールズのアバーガヴェニーで伝統的なパン店を営んだ職人。
- 聖デイヴィッド
- ウェールズの守護聖人。三月一日が記念日。
- ミンウェル・ティボット
- ウェールズの家庭料理を聞き取り・録音・撮影で記録した民俗学者。
- ヤスミン・ベグム
- ウェールズの食と植民地史、移民社会などを論じる書き手。
- ピケ・バッハ、ティシャン・レフワン
- ウェールズの地域で使われる、鉄板で焼く小さな菓子の呼び名。
- ダッチオーブン
- ウェールズの炉端では、開いた炉の前へ置き、輻射熱で焼く道具を指す。蓋つき鍋を意味する用法とは異なる。
- 輻射熱
- 熱い火などから放射され、離れたものを温める熱。
- リーキ
- 太い白い茎を食べるねぎの仲間。







