Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

バウムクーヘン
Baumkuchen
年輪を焼き重ねるドイツの技術と日本の贈答文化
焼き菓子 / ドイツ

回る芯へ生地を掛け、一層が焼けたら次を掛ける。バウムクーヘンの年輪は、この繰り返しが作った焼き面です。ドイツ語のバウムは木、クーヘンはケーキ。輪切りには、一度に焼く型のケーキにはない、中心から外へ育った順序が現れます。
年輪を一層ずつ焼き重ねる
一度に型へ流して焼くケーキとは違い、既に焼けた面へ次の生地を付けます。回ごとに表面が色づくため、最後に切ると明暗の細い線が重なります。現在の製菓工房では、回転する金属の芯を生地の槽へ浸し、付いた生地を焼いて、また浸す方法もあります。一層ずつ焦がさず色づけるには、芯の回転と火加減を見続けなければなりません。
伝統的な回転焼きでは、一回に重ねる層は五ミリ以下。薄い層へ順に火を通すことで、卵と油脂の多い生地を中心から外へ育てます。
卵とバターの多い流動生地
ドイツの製菓業界が示す材料構成では、穀粉やでんぷん一〇〇に対し、バター一〇〇以上、全卵二〇〇以上を用います。卵と油脂の豊かな生地に、アーモンドやナッツ、マジパンなどを加える型もあります。薄く焼ける流動性と、冷めたときに口でほどける組織を両立させる配合です。
焼き上がりには砂糖のグレーズやチョコレートを掛けます。外面の波は生地が自然に垂れただけの形ではありません。職人は層を重ねる途中から専用の櫛で生地を寄せ、次の焼成でも形を重ねます。ドレスデンの製菓店では二十層ほどのうち後半を櫛で整え、冷めてから芯を抜き、輪の大きさに切り分けています。滑らかな円筒に仕立てる型もあります。小さく切ってチョコレートで包むバウムクーヘンシュピッツェンも作られます。
芯に巻く古い生地、掛ける後の生地
古代の串焼きパンを祖先とする説明もありますが、発酵生地を芯に巻くものと、流れる生地を掛けて焼き面を重ねるものでは製法が違います。一五八一年のドイツ語ルセット(材料の配合と作り方)は、紐や板にした生地を巻いて留める型でした。一六九二年の『ブランデンブルク料理書』には、卵と生クリーム主体の液状生地を串に掛け、落ちた分を鍋で受けて再び掛ける工程が現れます。
ザルツヴェーデル市が伝える一六八二年のエルスホルツの著作にも、「Baumkuchen」の記述があります。EUの地理的表示申請文書は、この町の製造史の一つの起点に、一八〇七年のヨハン・アンドレアス・シェルニコウのルセットを挙げ、一八四三年には地名付きの製品が記録されたとします。古い菓子名、町のルセット、地名を冠した商品は、異なる時期の記録に残っています。
炉が変わり、職人の設備が残る
十九世紀初め、家庭の台所に閉じた火室をもつかまどが広がると、むき出しの火の前で芯を回す菓子は作りにくくなりました。専用の設備を持つ菓子職人の店が、製造の中心になります。ベルリンは重要な製造・消費の場となり、北部や中部の町へも職人と店が広がりました。
ガス炉や回転を助ける機械が作業を変え、鉄道と郵便はコトブスやザルツヴェーデルなどの店から遠方への発送を支えました。貴族の祝宴を飾る大きな菓子は、市民の婚礼や家族の祝い、離れた人への贈答にも受け入れられました。
ザルツヴェーデルの製造と名
ザルツヴェーデルの製造者は、一八四一年の王の来訪時に菓子が供されたことと、その後のホテル・工房の継承を伝えます。一八八三年の地方史に描かれた郵送用の木箱は、この町の一本が遠くの祝いへ運ばれた姿を伝えています。
二〇一〇年にEUの保護地理的表示(PGI)へ登録されたのは「Salzwedeler Baumkuchen」という地名付きの名です。定められた地域で、芯へ流動生地を薄く掛けて焼く製法が名と結びつきます。一般名のバウムクーヘンすべてが同じ産地を示すわけではありません。
一九一九年、広島の展示販売会へ
日本への紹介では、ドイツ人菓子職人カール・ユーハイムの一九一九年の販売が知られます。第一次世界大戦の捕虜として似島に収容されていた彼は、広島の物産陳列館で開かれた捕虜の技術工芸品の展示販売会に、バウムクーヘンを出品しました。
戦後は横浜に店を開き、関東大震災の後に神戸で再出発しました。彼の没後も妻エリーゼと職人たちが事業を継ぎ、日本での普及を支えます。一本を芯に巻いたまま贈る形だけでなく、輪へ切ったもの、小さな一切れを包んだものまで、日本でも年輪を分ける仕立てが広がりました。
上から削るショレン、横に切る輪
ザルツヴェーデルの工房には、立てた一本の上から、表面を一周するように薄い小片を順に切り取る食べ方があります。「ショレン」と呼ばれる小片を上から下へ取り進めると、波のある外面と焼き重ねた層が一切れごとに現れます。
一方、芯を抜いた一本を軸に直角に切れば、中心の穴から外へ広がる層が一枚の輪に収まります。輪は四つや八つの一切れにも分けられます。小さな片を外側から取るか、年輪全体を横断する輪を取るかで、同じ焼き重ねを違う形に分けるのです。
用語解説
- エルスホルツ
- ヨハン・ジギスムント・エルスホルツ。一六八二年の著作に「Baumkuchen」の名を記した医師。
- ヨハン・アンドレアス・シェルニコウ
- ザルツヴェーデルの製パン職人。一八〇七年のルセットが町の製造史の起点の一つとして記録される。
- ショレン(Schollen)
- 一本のバウムクーヘンから上から順に取る薄い小片。
- マジパン
- アーモンドと砂糖を練り合わせた製菓材料。
- グレーズ
- 菓子の表面に掛ける、砂糖などの薄い被膜。
- バウムクーヘンシュピッツェン
- 層状生地を小さく切り、チョコレートなどで覆う形式。
- カール・ユーハイム
- ドイツ出身の菓子職人。一九一九年の広島での紹介と、日本での普及に関わった。
- エリーゼ・ユーハイム
- カールの妻。戦後に日本の職人たちの求めで戻り、菓子事業を継いだ。
- ザルツヴェーデル
- ドイツ・ザクセン=アンハルト州の町。地名を冠するバウムクーヘンだけがEUのPGI対象。
- PGI
- EUの保護地理的表示。ザルツヴェーデルの地名付き製品にも適用される。







