Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

スペキュロス
Speculoos
木型の模様と香辛料、低地地方の冬のビスケット
焼き菓子 / ベルギー・オランダ

聖人や動物を彫った木型から生まれる人形と、コーヒーに添える褐色の小さな一枚。ベルギーなどのスペキュロスは、祭りの贈り物と日常の喫茶を行き来するビスケットです。オランダ語のスペキュラースと近い名を持ちますが、香辛料の混ぜ方、糖の風味、厚みは地域や作り手によって異なります。生地を写す木型の仕事から、後にパンへ塗るスプレッドまで、香りと用途を広げてきました。
褐色を作る糖、地域で変わる香辛料
オランダ語のスペキュラースは、オランダとベルギーで少し異なる菓子を指す呼称です。オランダではシナモン、クローブ、ショウガ、ナツメグ、カルダモン、白胡椒などの混合香辛料を使います。ベルギーではカラメル化した菓子を指し、シナモンを含むことはあっても、同じ混合スパイスを必須とはしません。
ベルギーのメーカーの中には、この差を示すためスペキュロスという呼称を意識的に選ぶところがあります。褐色の砂糖の風味を中心にシナモンを添えるベルギーの型と、多種の香辛料を重ねるオランダの型では、同じ茶色い一枚でも香りの強さや組合せが異なります。
ダンドワの家庭用ルセット(材料の配合と作り方)は、濃いカンディ糖のカソナードを使います。明るい糖へ替えると焼き上がりも淡くなるため、褐色は香辛料の色だけで決まりません。バター、糖、香辛料、塩を合わせ、水を少しずつ加え、粉と膨張剤を入れた後は長くこねません。
ダンドワの型には、シナモンに少量のクローブも入ります。ベルギーの中にも、褐色糖に香辛料を重ねる作り手の選択が残っています。
押す、切りそろえる、型から外す
模様は表面へ描くのではなく、型の凹凸を生地に移して作ります。焼くと線の深さに陰影が生まれ、縁や突き出した部分には焼き色がつきます。平たい一枚でも、形を抜くだけのクッキーとは違う、小さな立体の細工があります。
ダンドワの家庭用配合では、木型に粉を振って生地を手で押し込み、はみ出しをワイヤーで切りそろえ、台に打ち付けて外します。押して模様を写す操作に加え、厚みをそろえる余分の除去と、線を壊さない離型の作業があります。粘りつく場合には冷蔵してから成形します。
木型を使わず、二〜五ミリに延ばして抜く選択肢も示されています。この店の家庭用例は百八十度で約十分ですが、厚み次第で長く焼きます。薄い型抜きと厚い木型の製品で、同じ焼成時間になるわけではありません。
鏡の説と、一七四九年の古い語形
オランダ語の speculaas、ベルギーでよく使う speculoos の語源には、ラテン語 speculum(鏡)に結ぶ説明があります。木型の彫りは焼き上がりと左右逆に作るためです。フランデレンの無形文化遺産の記録もこの説を「おそらく」として紹介しますが、確定した語源というわけではありません。聖ニコラ祭の古い人形型には、聖人や動物などの姿が押されました。
これとは別に、歴史語彙を重視する説明があります。オランダ語語源辞典は、1749年の文書にある「スペキュラティー」という平たい香辛料菓子の名から、現在のスペキュラースへ変わったと説明します。古い語には「考察」のほか「楽しみ、満足」の意味もあり、美食家向けの菓子や想像を凝らした菓子という解釈が示されています。鏡に映す菓子の姿と、食べる楽しみを表す古い語に、それぞれ名の由来を求める説が残ります。
靴に届く贈り物と求婚の人形
ベルギーやオランダの聖ニコラの日は十二月六日。五日から六日へかけて子どもが靴を置き、聖人が贈り物を残すという慣行があります。甘い人形型のビスケットもその贈り物に含まれます。オランダ野外博物館はヤン・ステーンの十七世紀の聖ニコラ祭の絵にこの菓子の人形があり、所蔵する一七七二年刊の料理書には婚姻を連想させる名 hylikmaker のルセットがあると説明します。婚姻を連想させる菓子名と、求婚に人形を贈る慣行が、聖人の祭りに重なっていました。
ベルギーでは聖ニコラの日である十二月六日に結びつく人形型の製品も作られ、ブリュッセルのダンドワなどで木型の仕事が受け継がれています。大きな聖人像の菓子と、喫茶に添える小さな長方形では用途が違っても、糖を含む生地を型で表現する発想を共有します。
アーモンド入りの層、ハッセルトの厚い一個
オランダには、二枚の香辛料入り生地でアーモンドの練り物を挟んで焼く gevulde speculaas があります。木型の一枚と比べると、香りだけでなく中身の湿り気と厚さが変わります。オランダ製パン博物館は聖ニコラの時期にこのアーモンド入りを扱います。一方、ベルギーのハッセルトにも厚く柔らかな地域型があり、薄くぱりっとした一枚をベルギー全体の標準にしてはいけません。ハッセルトでは、ジャン/ヨアンネス・アントニウス・ドプレーの家が、準工業的な生産で市外へ菓子を広めました。一八七〇年には特許を申請しましたが、似た商品が既に多く、最終的に認められたのは個人の製品「スペキュラシオン・ドプレー」でした。家の商いの発展に先立ち、町には同種の菓子が作られていたのです。
遠来の香辛料と、小さな模様の量産
混合香辛料の香りは、海上交易と結び付いていました。フランデレンの伝承では、ブルッヘの港を通って入った香辛料を、裕福な人々がもてなしの豊かさを示すために使ったといいます。ナツメグを運んだオランダ東インド会社の交易には、十七世紀のバンダ諸島での独占と暴力も伴いました。身近な菓子の甘い香りには、遠い産地との不均衡な関係も重なっています。
型の仕事も量を変えました。職人が木板へ押し込む方法に対し、半工業的な製造では銅製ローラーで小さな模様を連続して付けます。大きな人形を家で分ける菓子から、一杯ごとに添えられる小さな菓子へ、道具と寸法が変わります。
現在のロータスのフランス向け製品には、バターに代わってパーム油と菜種油が使われ、砂糖、カンディ糖のシロップ、シナモンが風味を作ります。バターと褐色糖を練るダンドワの型とは、形の大小に加え、油脂の選択も異なります。
コーヒーに添える一枚からスプレッドへ
ロータスの社史は、1932年にヤン・ブーンがカラメル風味のビスケットを作り、1956年には飲食店でコーヒーに添える商品として広めたと記します。五〇年代に始まった個包装は、一枚ずつ客へ渡す売り方を支えました。大きな人形を分ける祝祭だけでなく、一杯の飲み物に一枚を添える売り方が、国外の普及にもつながりました。1990年代の米国への展開には航空会社での提供が介在します。
同社は2008年、味を残してパンへ塗れるスプレッドを発売しました。砕いて柔らかい形へ組み替えると、木型の彫りやぱりっと割れる食感は失われる一方、糖と香辛料の香りを別の菓子やデザートへ移せます。祭りの人形、喫茶の小さな一枚、塗る材料へと、同じ褐色の香りが違う形で使われるようになりました。
ビスコフという商標、スペキュロスという名
ロータスは二〇二〇年、海外で用いていたビスコフ Biscoff を、翌年からベルギー、オランダ、フランスにも導入すると発表しました。biscuit と coffee を組み合わせた商標で、一杯に添える一枚という売り方を名前にしたものです。
国際的な商標をそろえる決定に、地元では反応が起こりました。同社の年報でヤン・ブーンは、包装にスペキュロスの名は残るものの、目立たなくなることを惜しむ人がいる一方、ベルギー企業の海外での成長を喜ぶ人もいたと振り返っています。祭りや家族の記憶を含む菓子の名と、国境を越えて売る一商品の名が、同じ小さな包装の上で向き合ったのです。
生地の手仕事を支える木型の彫り手
ブリュッセルでは二〇二〇年十二月四日、スペキュロスの手仕事と伝統が、地域の無形文化遺産の目録に登録されました。対象は一社の材料配合だけではなく、菓子店、職業学校、道具の作り手、家庭などが関わる技術と食習慣です。
登録資料には、ダンドワが木型を頼んでいた職人の死後、手仕事の性格を保って作れる次の製作者を探すのが難しかったという記録もあります。生地を押す技術を残すには、型を彫る仕事も必要です。大きな人形型を家族で割って食べる習慣から、日常のコーヒーに添える小さな一枚まで、道具と売り方の変化も、この菓子の広がりを支えています。
用語解説
- 聖ニコラ
- 子どもなどの守護聖人として信仰される聖人。祝日は12月6日。
- スペキュラース
- オランダ語の菓子名。オランダとベルギーでは香辛料の構成など、指すものが異なる。
- カソナード
- 褐色の砂糖の呼称。ダンドワの配合では、濃いカンディ糖を用いる。
- ゲヴルデ・スペキュラース
- オランダの、二枚の香辛料生地にアーモンドの練り物を挟む型。
- ヤン・ステーン
- 十七世紀オランダの画家。聖ニコラ祭の家庭を描いた。
- ドプレー
- ハッセルトの菓子を準工業的に生産し、市外へ広めた家。
- オランダ東インド会社(VOC)
- 十七世紀に設立され、アジア交易と植民地支配を行った会社。
- バンダ諸島
- 現在のインドネシアのモルッカにある島々。ナツメグの交易と独占を巡る暴力の舞台になった。
- ハッセルト
- ベルギー・リンブルフ州の都市。厚く柔らかなスペキュラースの地域型がある。







