Sweetlore世界のお菓子図鑑(234)

ガゼルの角(カアブ・エル・ガザル)
Kaab el Ghazal
薄い皮でアーモンドを包む、モロッコの三日月
焼き菓子 / モロッコ

薄い皮の中へアーモンドを密に詰め、先の細い三日月に曲げる。モロッコなどマグレブで作られる「ガゼルの角」は、生地の膨らみよりも、木の実と花の香りを包む膜の薄さを見せる菓子です。フランス語のコルヌ・ド・ガゼルと、モロッコのカアブ・アル・ガザルは同じ姿を思わせますが、借りた動物の身体部位は同じではありません。
薄い皮を中身へ沿わせる
現代のアーモンド入りの基本構成は、小麦粉の皮と、アーモンド、糖、バター、オレンジ花水の中身です。二つを別々に作り、中身を先に指ほどの棒へ整えます。柔らかくても形を保つ詰め物へ、薄く延ばした皮を沿わせるため、パンのように厚い生地を膨らませる菓子とは設計が違います。
外皮はこねて休ませると、薄く延ばしたときに縮みにくくなります。中身に沿って押さえ、空気を残さず接合し、重なる余分を切り落とします。焼く前に小さな穴を開け、表面が膨れるのを防ぐ方法もあります。詰め物を先に形作る順序と、皮の余分を除く仕事が、太さを整えながら先へ細くなる弧を支えます。
オレンジ花水は果汁ではなく、花の香りを水へ移した芳香水です。酸味を加える材料とは役割が違い、アーモンドの油脂と糖の甘さへ花の香りを重ねます。シナモンなどを加える家庭もあり、香りの構成は一つではありません。
三日月の表面は一色ではない
皮の薄い姿を残すほか、粉糖で厚く覆う、木の実を付けるといった仕上げがあります。モロッコ北部テトゥアンには縁を波形に飾る型があり、カアブ・グザル・ムファンナドは、やや厚い皮を厚い粉糖で覆います。ラルースのルセット(材料の配合と作り方)は、包んだ皮へ卵黄を塗り、アーモンドスライスを付けて焼く型です。アルジェリアのタシャラク・ムサッカルでは、シロップを含ませて粉糖をまとわせます。
中身のアーモンドにはオレンジ花水のほか、バラ水やシナモンを香らせる仕立てもあります。家庭のタシャラク・ナカシュはデーツを詰め、専用のつまみ具で模様を付ける型。アーモンドの棒と果実のペーストでは、切り口の色も噛み心地も違います。蜂蜜をアーモンドの中身へ混ぜ、焼いた表面にも塗る現代の作り方なら、糖の膜ではなく蜜の艶が先に舌へ触れます。
モロッコでは、蜂蜜を使うブリワットやグリーバとともに、イードなどの祝いの菓子に数えられます。婚礼ではアーモンドの角をほかの小菓子と盛り合わせ、茶とともに客へ供する仕事もあります。誕生祝いにも菓子の取り合わせを用意しますが、角だけを必ず供するという決まりとはいえません。祝いの卓を含むモロッコの食文化には、アマズィグ、アラブ・アンダルシア、ユダヤの背景が重なっています。
「角」と「足首」の間
フランス語 cornes de gazelle とアラビア語 qarn al-ghazāl(カルン・アル・ガザル)は、尖った弧を「角」と呼びます。一方、モロッコでも用いる kaʿb al-ghazāl(カアブ・アル・ガザル)の kaʿb は、この名では「足首」や「かかと」を指します。仏語名をそのままアラビア語の直訳とすると、この見立ての違いが隠れます。
13世紀の『亡命者の料理書』にも、「ガゼルの足首」という名の菓子があります。アラブ料理史家ダニエル・ニューマンが翻訳・再現したその姿は、現在の三日月ではなく、細い巻き棒です。皮は粉、オリーブ油、湯、塩にフェンネルやアニスなどの香辛料を用い、中身はアーモンド、砂糖、バラ水。松の実を足す贅沢な作り方にも触れています。
木の実を薄皮で包む発想と名は近くても、輪郭、油脂、花の香りは同一ではありません。中世の棒と現在の角の間には変化があり、ニューマンは現代のアルジェリアのムサッカルも、同系の菓子として紹介しています。
母のボウルで量る、アルジェリアの三日月
料理人サミア・ブシュナファのタシャラク・エル・アリアンでは、三角に延ばした生地へアーモンドの棒を置き、クロワッサンのように巻き、卵を塗って木の実を付けます。中身を覆って輪郭を切る型とは、包み方から違います。
アルジェリアの製菓を母から学んだ彼女は、職業では精密に量るようになっても、伝統菓子には母のボウルを使い、「山盛り」「指一本分少なく」といった量り方を残していると語ります。菓子を受け継ぐのは配合の数字だけではなく、家の器を使う加減でもあります。
彼女の家庭では祝いに限らず一年中作り、ミント茶やトルコ式コーヒーへ添えます。蜜を掛けないので、持ち歩いても手が汚れにくいという楽しみ方も伝えています。シロップと粉糖で覆うムサッカルとは異なる日常の三日月が、同じ呼び名の周囲にあります。
用語解説
- ムファンナド
- モロッコのカアブ・グザルの一型。やや厚い皮を使い、表面へ厚い粉糖の層をまとわせる。
- サミア・ブシュナファ
- アルジェリアの家庭料理・製菓を公開する料理人。母から受け継いだ菓子と家庭での量り方を伝える。
- タシャラク・エル・アリアン
- 糖衣で覆わず、卵と木の実などで仕上げるアルジェリアの型の呼称。
- カルン・アル・ガザル/カアブ・アル・ガザル
- 前者は「ガゼルの角」、後者は「ガゼルの足首」を表すアラビア語系の名。
- マグレブ
- 北西アフリカの地域名。モロッコ、アルジェリア、チュニジアなどを含む。
- オレンジ花水
- 主にビターオレンジの花の香りを持つ芳香水。果汁とは異なる。
- イード
- イスラムの祝祭。断食月明けや犠牲祭などがある。
- ダニエル・ニューマン
- アラビア語と食文化を研究し、中世アラブ料理書を翻訳・再現する研究者。
- バラ水
- バラの香りを持つ芳香水。オレンジ花水とは香りが異なる。
- フェンネル/アニス
- 種子などを香りづけに使う香草。
- タシャラク・ムサッカル
- アルジェリアで用いられる、糖をまとった同系菓子の呼称。
- タシャラク・ナカシュ
- デーツを詰め、つまみ具で模様を付けるアルジェリアの型。







